虚無と期待のアンセルム   作:yumui

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杭名の剣

図書館での死闘を終えた数日後、アンセルムとドドンはある“伝説”を口にしていた。

 

「この近くに、“杭名の剣”が封印されている遺跡があるらしい。真実なら、俺たちの戦力になる」

 

 そう語るドドンの眼はいつになく真剣だった。

 

「それ、ただの酔っ払いの噂じゃないのか?」

 

 フラウが口を挟む。なぜか彼女もついてきていた。

 

「お前達が騒ぐと、妙に面白いことが起きる。暇潰しにはちょうどいい」

 

 こうして三人は、山深くに眠るとされる“封印の遺跡”へと足を踏み入れた。

 

 

 遺跡は、自然と融合したような構造をしていた。  苔むした石柱、天井から滴る水。魔力の残滓が漂い、誰も近づかぬ理由がすぐにわかる。

 

「これは……重力を操るギミックか?」

 

 アンセルムが床の模様を踏んだ瞬間、部屋全体が低く唸った。

 

「ちょっ、なにか押した!? 押したな!?」

 

 フラウの非難めいた声と同時に、石壁が震え、奥の封印の扉が轟音と共に開いた。

 そして、空気が変わった。

 扉の向こうから現れたのは、異様に巨大なゴーレムだった。片目を失ったその顔面の奥、左目の窪みに異様な“眼球”のような光が宿っている。

 

「……ようやく解放されたか。我は血族“知識と権力”のカムネア」

 

 それはゴーレムの体に宿る意識であり、真の本体は左目に寄生した異形だった。

 

「な、なんかすっごくヤバいの出てきたんだけど!?」

 

 ドドンが叫ぶより早く、ゴーレムの拳が振り下ろされ、床が爆発するように崩れた。

 

「散開! フラウ、回避を優先しろ!」

 

 アンセルムが叫ぶも、フラウは冷静だった。

 

「言われなくてもわかってる」

 

 三人はそれぞれ攻撃を試みるも、ゴーレムの圧倒的な物理防御と、カムネアの魔術障壁によりすべて弾かれる。

 

「剣が……通らない!」

 

 ドドンの渾身のが、メイスがゴーレムの膝に当たるも、火花を散らしただけだった。

 

「この身体は、かつて王を守った盾でもある。お前たち程度に壊されると思うか」

 

 カムネアの声が洞窟中に響く。次の瞬間、眼球が赤く発光し、重力が反転したような衝撃が三人を襲う。

 

「ぐっ……! 体が、浮かされる……!」

 

「このままじゃ殺される!」

 

 フラウが叫んだ。

 その直後、巨大な腕が地面を薙ぎ払い、衝撃で岩壁が崩落し始めた。

 

「今しかない! 退くぞ!」

 

 アンセルムは叫び、ドドンの肩を引きながら飛び退いた。その隙にフラウも駆け出す。

 だが。

 

「――あっ!」

 

 崩れた天井の瓦礫が、フラウの道を塞ぐ。

 

「フラウ!」

 

「いいから行け! 私は大丈夫だ、すぐ追いつく!」

 

 そう叫ぶフラウの姿が、瓦礫の向こうに消えた。

 

 

 遺跡の崩壊が進む中、アンセルムとドドンは壁を伝い、瓦礫を避けながら懸命に逃げていた。

 

「クソ……! どこまで追ってくるんだ、あの化け物は!」

 

 だが、すぐに振動が迫る。背後から巨大な影が姿を現した。カムネアのゴーレムが再び動き出したのだ。

 

「逃走は無駄。我に知識の限界はない」

 

 その声と共に、魔力の重圧が空気を歪ませる。

 

「アンセルム、どうする!?」

 

「……こうする!」

 

 アンセルムは道端に転がっていた、小柄なゴブリンをひっ掴んだ。叫ぶ間もなく、彼はそれを高々と持ち上げてカムネアに叫んだ。

 

「ま、待てカムネア! こいつを見ろ! ただのゴブリンじゃない! “ゴブリン・デビルキング”だ!こいつに寄生すれば最強になれるんじゃないか?…多分。」

 

「……は?」とドドン。

 

「……ほう。」

 

 カムネアの声が一瞬だけ止まり、冷ややかに続く。

 

「ならば、これを殺せば……我が最強となるな」

 

「お、おいおい! 話が違うだろ!」

 

 ゴブリンの悲鳴と共に戦闘が再開された。アンセルムとドドンは破れかぶれで剣を振るい、渾身の魔術を浴びせる。

 だが、カムネアの圧倒的な力の前に、あらゆる攻撃が無力だった。

 吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。

 

「……く、そ……っ」

 

「もうダメか……?」

 

 絶望が二人を覆う。

 

 だがその時、天井を破って一体のゴーレムが乱入してきた。

 

「……フラウ!?」

 

 それは、遺跡内に保管されていた別個体のゴーレムだった。

 頭部の中心に、フラウの人形が埋め込まれている。

 

「待たせたな、役立たずども」

 

 

 その声には確かに、あのフラウの傲慢さと威厳があった。

 

「お前、自分の魂を……」

 

「カムネアのゴーレムにはスペアがあった。私の人形の体と合体させたんだ」

 

 カムネアの左目が赤く光る。

 

「貴様も……我の器を模倣するか。ならば、比較に値するだろう」

 

 両者のゴーレムが激突する。

 地鳴りのような衝撃が洞窟に響き、互いの拳がぶつかり合う。

 片や支配と知識の塊、片や奔放な魂を宿した異端の器。

 フラウは魔導演算を駆使し、カムネアの行動パターンを読み切っていく。

 だが、それでもカムネアは強かった。

 光線が炸裂し、装甲が剥がれる。フラウの腕が砕け、脚が千切れる。

 同時に、カムネアのゴーレムも大破していく。膝を折り、動力管がむき出しになる。

 やがて、両者が最後の一撃を放ち合い、共に崩れ落ちた。

 

 沈黙の中、左目の寄生核――カムネアの本体だけが這い出てくる。

 

「まだ……終わらん……! 我の知識は永遠……!」

 

 だがその瞬間、ゴーレムの瓦礫の中から、フラウの人形がゆっくりと立ち上がる。

 右手を伸ばし、カムネアの核を掴む。

 

「永遠? なら、ここで終わらせてやろう」

 

 フラウの白い手が、寄生核をゆっくりと、しかし確実に握り潰した。

 

「やめ……っ」

 

 悲鳴を上げる間もなく、カムネアの核は霧のように砕け散った。

 

 

 

 数分後。

 

 アンセルムとドドンは、崩れた石の上に腰を下ろしていた。

 

「……なんてこった。ゴーレムで始まり、ゴーレムで終わったぞ」

 

「策士にしてはずいぶん行き当たりばったりだな」

 

 フラウが、ボロボロの人形の姿で彼らの前に戻ってきた。

 

「お前、無事だったか」

 

「当然。私は一度死んでる。そう簡単にはくたばらない」

 

 アンセルムは笑った。

 

「……ああ、ありがとう。おかげで助かった」

 

 

 

 

戦いが終わった翌日、アンセルムたちは再び遺跡の奥へと足を踏み入れていた。カムネアの破壊によって封印が解かれた更なる深部。そこには、彼らが元々求めていた“黄金の剣”――あるいはそれにまつわる何かが眠っていると信じられていた。

 

「本当にまだ何かあるのか? 俺たち、もう一回死にかけてるんだぞ」

 

 ドドンが肩を回しながら言った。

 

「ある。カムネアが“守っていた”ってことは、何か価値のあるものがこの奥にあるってことだ」

 

 フラウはまだ修復されていない義肢の関節をぎしぎしと軋ませながら先頭に立っていた。

 

「まあ、引き返すつもりはないさ」

 

 アンセルムは短く答え、灯りを掲げて進んだ。

 

 

 遺跡の奥へ進むにつれ、空気は次第に変質していった。湿気は乾き、石壁には金属のような光沢が走る。まるで生きた機構が内部で動いているような錯覚を覚える。

 

「……この雰囲気、図書館の深層に似ている」

 

 フラウが呟くように言った。

 

 やがて、一行は大広間のような場所にたどり着いた。

 天井は高く、中心には黒曜石の台座があり、その上に一本の剣が突き立てられていた。

 剣は“黄金”と呼ばれていたにもかかわらず、光をまったく反射しなかった。

 黒い刀身。重々しい静寂。

 

「……これが、杭名の剣」

 

 アンセルムはゆっくりと近づき、手を伸ばした。

 刃に触れた瞬間、空気が震えた。

 周囲の壁に刻まれた文様が一斉に光り出し、長い時を越えて目覚めを告げるようだった。

 

「拒絶は……ない」

 

 抜き取った瞬間、剣は重さを変えた。

 初めはまるで岩のようだったが、手に収まったとたん、羽根のように軽くなった。

 

「これ、魔力の吸収と変換機能があるかもしれないな」

 

 フラウが即座に剣の構造を分析し始めた。

 

「名前は“杭名”だって話だったな。刺して封ずる、って意味らしい」

 

 ドドンが呟く。

 

「何を……封じる?」

 

 アンセルムは剣の刃を見つめた。刃には波紋のような模様が浮かび、それがまるで意志を持つかのように揺らいでいた。

 

「この剣は……これから何かを止めるためにある。きっとそうだ」

 

 剣を持ち帰った三人は、地上への帰還を開始した。

 

 

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