アンセルムとフラウは南大陸で最も高い山へと登っていた。
岩肌は鋭く、風は言葉のように彼らの耳を裂いた。だが、二人の歩みは止まらなかった。
その頂にそびえるのは、白亜の城。 伝説の“白金の王座”があるとされる、神々の居城とも噂された場所。
彼らが白の最奥部の重い扉を押し開いた時、薄明の空間に、ただ一人の男が座していた。
「……来たか、アンセルム。フラウ」
フィリップだった。
だがその背は、かつての仲間のものではなかった。光すら吸い込むような荘厳な気配に包まれていた。
「俺の話を……少しだけ聞いてくれ」
フィリップは、ゆっくりと語り始めた。
「俺は……人間牧場で生まれた。名もなき奴隷の子。母は死んで、ただ生きるだけの日々だった」
「だが、“理解者”が現れた。俺を拾い、“人間”として扱ってくれた。そして、ある日、旅の占い師がこう言ったんだ」
“この世界に秩序をもたらす者は、血の中から生まれ、人を捨て、人を支配する
”
「……それが、俺だと」
彼の眼差しは、懺悔のようで、どこか誇らしかった。
「俺の選択は、すべて予言通りだった。ジルに会ったのも、アンジェリカと出会ったのも、君と出会ったのも」
沈黙の中で、フィリップは言う。
「赤鷲騎士団を裏切ったことに罪悪感はある。だが、それでも……この世界を救うためなら、俺は、暗闇に魂を投げ込むことを選ぶ」
そう言って、フィリップは王座に足を向けた。
座した瞬間、城が震えた。
白金の王座が光を放ち、彼の姿が変貌していく。
顔は神のように美しく整えられ、黄色い法衣が身を包み、巨大なクレイモアを背に携え、白蛇が首に絡みついた。
そして、彼は語った。
「フィリップは……私を生誕させるための器だった。私は血族“黄衣と予言”のフィリップ」
その声は、フィリップのそれでありながら、まったく異なる響きを持っていた。
「さあ、アンセルム、フラウ。我に従え。我が予言は未来を定め、秩序を築く。世界は救われる」
「断る」 アンセルムは剣を抜いた。 「お前が救おうとしてるのは、命ではなく、形骸化した支配だ」
フラウも手に魔法陣を展開する。「私たちの歩いてきた道は、あんな冷たい玉座のためにあったんじゃない」
戦いが始まった。
黄衣のフィリップは、予言の剣技を振るい、まるで未来を読むように二人の攻撃をかわした。
魔術は歪んだ光をまとい、時間すら揺らがせた。
白蛇は癒しの魔法で彼の傷を癒し続ける。
剣が交差し、魔法が爆ぜ、数刻にも及ぶ激闘の果て――
フラウの火球が蛇を焼き払い、アンセルムの剣がフィリップの胸を貫いた。
「ぐ……あ……」
フィリップの顔が、元の彼に戻りかけた。
「……俺は……世界を……」
その言葉を最後に、彼は崩れ落ちた。
アンセルムは剣を床に落とし、静かに玉座を見つめた。
フラウが口を開いた。 「……座るつもり?」
「……ああ」
彼は頷く。「ここまで来た。俺はこの王座に座って皆ができなかったことを成し遂げる」
アンセルムはゆっくりと玉座に近づく。
「フラウ……ありがとう。お前と旅ができて、俺は……」
「……やめろ、別れみたいな顔をするな」
アンセルムは微笑む。 そして、白金の王座に腰を下ろした。
*
気づけば、彼は一面の星空に包まれていた。
夜の深淵。地と天の境もなく、ただ無数の星が輝き、銀河のうねりが彼の足元すら照らしていた。
そこにいたのは――もう一人の“自分”。
裸の上半身には奇妙な文様が刻まれ、手には光を吸い込むような黒い剣。
瞳は深い夜のように暗く、しかし底知れぬ力が宿っていた。
「やっと来たな、アンセルム」
彼は笑った。
アンセルムは目を細めた。「お前は……俺か?」
「血族としての“お前”だ。白金の王座はただの玉座ではない。そこは、力の根源。神の座にして、血の契約が成される場所だ」
その言葉とともに、周囲の星々がゆっくりと流れ始めた。まるで時間が巻き戻されるように。
「……俺たちの旅路を、共に振り返ろうじゃないか」
***
奴隷牧場での幼き日々。
逃亡、喪失。
赤鷲騎士団との出会い。アンジェリカの微笑。フラウとの言葉の応酬。血族との死闘。
そして、フィリップとの戦い。
「……お前は幾度も、血を流してきた。何かを守るために、何かを壊すために。だが今、その全ての果てに――“選択”がある
」
星空の“アンセルム”が剣を掲げた。
「ここで問おう。血族となったお前は、この力をもって――」
星が瞬き、空が脈動する。
「この世界を支配するのか。それとも、世界に福音を伝えるのか」
アンセルムは黙って空を見上げた。
流れる星の一つ一つに、仲間たちの顔が浮かんだ。
リカルド。
バリ。
アンジェリカ。
フィリップ。
ドドン。
彼らはそれぞれに理想を持ち、ある者は倒れ、ある者は裏切り、ある者は最期まで光を信じた。
――だが、俺は。
アンセルムは剣の柄を強く握った。
「福音など、誰も聞きたがらない」
その声は静かだった。「人は痛みを恐れ、他者を支配し、差別し、虐げる。フィリップが正しかったとは思わないが――俺もまた、この手で“変える”と決めた」
「俺は、力を選ぶ」
その言葉が告げられた瞬間、星空が爆ぜた。
世界が揺らぎ、銀河が喝采のように輝く。
星々がアンセルムの身体に流れ込み、剣に刻まれ、瞳に映る。
“もう一人のアンセルム”が一歩近づき、その肩に手を置いた。
「授けよう、お前の名は――」