深夜。
ホロライブ事務所、配信機材倉庫。
シグレは一人、薄暗い部屋の中で機材ケースを整理していた。
シグレ「……ふむ。この“HDMI”なるもの、何故こんなにも絡まるのだ」
真剣な顔でコードを解こうとする。
だが数秒後。
シグレ「……もう切った方が早いのでは?」
その瞬間。
「それやったらスタッフ泣くぞ〜」
後ろから声が飛んだ。
振り返ると、そこには白上フブキ。
缶コーヒー片手に、呆れた顔をしている。
フブキ「こんな時間まで残業?」
シグレ「貴様こそ」
フブキ「配信編集終わんなくてね〜。あ、これ飲む?」
缶コーヒーを投げ渡される。
シグレは受け取りながら、不思議そうに缶を見る。
シグレ「……未だに思うのだが、人間は何故“苦い液体”を好む?」
フブキ「それを深夜二時に聞く?」
フブキは笑いながら、機材ケースの上に腰掛けた。
少し沈黙。
やがて彼女は、何気ない口調で言った。
フブキ「ねぇ、シグレ」
シグレ「なんだ」
フブキ「シグレってさ。“何やったら神界追放”なんてされるの?」
その言葉で、空気が少し変わった。
シグレ「…………」
彼はしばらく黙っていた。
だがやがて、ゆっくり口を開く。
シグレ「……神の世界にも、“序列”が存在する」
フブキ「序列?」
シグレ「力。信仰。支配する領域。人々へ与える影響。全てを数値化し、“格”として定める制度だ」
フブキは少し眉をひそめる。
フブキ「なんか嫌だね、それ」
シグレ「人の世と変わらぬよ」
神界。
そこは人々が想像するような、平和で神聖な場所ではなかった。
神々は祈りを奪い合い、 信仰を競い合い、 格を上げるため互いを蹴落としていた。
大きな宗教を持つ神は強い。
何億もの信仰を集める神は絶対。
逆に、小さな土地神や忘れられた神は、徐々に力を失っていく。
シグレ「神とは、本来“祈り”で成り立つ存在だ。ゆえに、祈られぬ神は弱い」
フブキ「……」
シグレ「そして弱き神は、“不要”とされる」
静かな声だった。
怒りも、憎しみもない。
だからこそ重かった。
フブキ「シグレって、昔は強かったの?」
シグレ「一応な。地方神としては上位だった」
フブキ「へぇ〜」
シグレ「雨を降らせ、豊穣を司り、人の願いを聞き届ける。それが我の役目だった」
だが時代が変わった。
人は神へ祈らなくなった。
科学が発展し、 生活が便利になり、 “奇跡”は必要なくなっていく。
それでもシグレは、人間を見捨てなかった。
弱っていく小さな神々へ、自分の信仰を分け与えた。
消えかけた土地神を庇い、 忘れ去られた神社を守り続けた。
フブキ「……優しいじゃん」
シグレ「愚かだったのだ」
神界では、“信仰の譲渡”は禁忌だった。
自分の格を下げ、 他者を生かす行為。
それは、“神としての敗北”を意味する。
シグレ「上位神どもは言った。“価値なき神を延命させるな”とな」
フブキ「……最低」
シグレ「神とは、本来そういうものだ」
ある日。
神界の大広間へ、シグレは呼び出された。
そこには、高位神たちが並んでいた。
空を統べる神。 海を支配する神。 戦を司る神。など色々の神
そして中央にいたのは、“大神”。
神界最高位に座す存在だった。
《アマツカミ=シグレ》
《貴様の信仰値低下を確認した》
《加えて、下位神への霊格譲渡。禁忌違反である》
シグレは反論した。
《消えゆく神を見捨てろと言うのか》
《神とは、人の祈りに応える存在ではないのか》
だが返ってきたのは、冷たい声だった。
《弱者に価値はない》
《信仰を失った神は、“終わるべき存在”だ》
フブキ「…………」
シグレは静かに笑った。
シグレ「滑稽だったよ。人を導くはずの神々が、誰より“数字”に囚われていた」
フブキ「……それで、追放?」
シグレ「うむ」
最後の裁定。
《アマツカミ=シグレ》
《貴様を神位剥奪の上、人間界へ降格処分とする》
その瞬間。
神としての力の大半を奪われた。
羽衣は裂け、 神格は砕け、 空から堕ちた。
――あの日の雨。
それが、神だった自分の終わりだった。
フブキはしばらく黙っていた。
やがて小さく息を吐く。
フブキ「……なんかさ」
シグレ「?」
フブキ「神様の世界って、人間よりめんどくさいね」
シグレは少し目を丸くしたあと、ふっと笑った。
シグレ「否定できぬ」
フブキ「でもさ」
フブキは立ち上がり、シグレを見る。
フブキ「その“弱い神助けた”って話、白上は嫌いじゃないよ」
シグレは何も言わない。
フブキ「ホロライブってさ。結構そういう場所だから」
シグレ「……?」
フブキ「一人じゃ立てない時、誰かが支える。落ち込んでたら引っ張る。そうやって、みんなで前行くんだよ」
その言葉に、シグレは静かに目を伏せた。
神界では、“助け合い”は弱さだった。
だがここでは違う。
誰かを支えることは、 誇るべきことなのだ。
フブキ「だからさ」
彼女は笑う。
いつもの、柔らかい笑顔で。
フブキ「神界よりこっちの方が向いてるよ」
数秒の沈黙。
やがてシグレは、小さく吹き出した。
シグレ「……かもしれぬな」
倉庫の隅。
絡まり続けていたHDMIケーブルが、ふわりと自然に解ける。
フブキ「あ、神パワー使った」
シグレ「うるさい」
その声には、ほんの少しだけ笑いが混じっていた。
――To Be Continued.