元神様、アイドルに仕えます   作:ただの片栗粉

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届いた声

夜十一時。

 

ホロライブ事務所。

 

 

 

配信もほとんど終わり、事務所の中は静けさに包まれていた。

 

スタッフたちの姿もまばらで、聞こえるのはパソコンのファン音と、自販機の低い駆動音くらい。

 

 

 

そんな中。

 

 

 

シグレ「…………」

 

 

 

休憩スペースのソファで、シグレは静かに目を閉じていた。

 

 

 

今日も色々あった。

 

機材搬入。 収録準備。 フレアに「料理で天井汚した責任取って」と言われ掃除。 わために「神様って羊数えなくても眠れるの?」と真顔で聞かれた。

 

 

 

騒がしくて、疲れて。

 

それでも、不思議と嫌ではない日常。

 

 

 

シグレ「……人間の暮らしというものは、存外忙しいな」

 

 

 

ぽつりと呟き、目を閉じる。

 

その瞬間だった。

 

 

 

――たすけて。

 

 

 

シグレの目が開いた。

 

 

 

「…………」

 

 

 

今のは、誰かの声だった。

 

耳で聞いたものではない。

 

もっと奥。

 

魂へ直接触れるような、小さな“願い”。

 

 

 

――こわい。 ――だれか。 ――たすけて。

 

 

 

シグレはゆっくり立ち上がった。

 

 

 

空気が変わる。

 

 

 

彼の周囲を、淡い青白い光が揺らいだ。

 

 

 

その時。

 

 

 

白上フブキ「あれ? シグレ、まだいたの?」

 

 

 

缶ジュースを持ったフブキが、廊下から顔を出す。

 

だがシグレの表情を見て、すぐ笑みを引っ込めた。

 

 

 

フブキ「……どうしたの?」

 

シグレ「今、“願い”が届いた」

 

 

 

静かな声。

 

 

 

フブキ「願い……?」

 

シグレ「助けを求める声だ。かなり弱い。だが確かに聞こえた」

 

 

 

フブキの顔が少し真剣になる。

 

 

 

フブキ「それって……ヤバいやつ?」

 

シグレ「分からぬ。だが、放置すべきではない」

 

 

 

その瞬間、再び。

 

 

 

――こわいよ。

 

 

 

シグレははっと顔を上げた。

 

 

 

シグレ「北だ」

 

フブキ「えっ」

 

シグレ「声が、北から聞こえる」

 

 

 

 

 

 

数十分後。

 

 

 

夜の東京。

 

 

 

シグレとフブキは、人気の少ない住宅街を走っていた。

 

 

 

フブキ「待って待って! なんでこんなRPGイベント始まってるの!?」

 

シグレ「急げ。願いが消えかけている」

 

 

 

彼の瞳は、淡く発光していた。

 

まるで、見えない何かを追っているように。

 

 

 

フブキ「神様って、普段からそういう声聞こえてるの?」

 

シグレ「昔はな」

 

 

 

走りながら、シグレは静かに言う。

 

 

 

シグレ「人々の祈りは、常に空へ届いていた。“助けてほしい”“生きたい”“守ってほしい”……そういう願いが、神々の元へ流れ込む」

 

フブキ「……」

 

シグレ「だが現代では、声が少ない。人は神へ祈らなくなったからな」

 

 

 

だからこそ。

 

今聞こえた声は、異常だった。

 

 

 

それほど強い“助けて”だった。

 

 

 

 

 

 

やがて二人は、小さな公園へ辿り着いた。

 

 

 

街灯が一つだけ灯る、古い児童公園。

 

夜風でブランコが軋んでいる。

 

 

 

フブキ「……ここ?」

 

 

 

シグレはゆっくり頷く。

 

 

 

シグレ「まだ、近い」

 

 

 

彼は静かに歩き出す。

 

 

 

砂場。 ベンチ。 滑り台。

 

 

 

そして。

 

 

 

シグレ「……いた」

 

 

 

公園の隅。

 

植え込みの影に、小さな人影が蹲っていた。

 

 

 

女の子だった。

 

小学校低学年くらい。

 

膝を抱え、泣きそうな顔で震えている。

 

 

 

フブキ「えっ……!?」

 

 

 

シグレはゆっくり近づく。

 

 

 

少女「……ひっ」

 

 

 

少女が怯えて後ずさる。

 

 

 

シグレ「安心せよ。我らは怪しい者では――」

 

フブキ「いや神様、その格好で言っても説得力ゼロ!」

 

 

 

ジャージ姿とはいえ、シグレは妙に威圧感がある。

 

 

 

フブキはしゃがみ込み、優しく声をかけた。

 

 

 

フブキ「こんばんは。どうしたの?」

 

 

 

少女は震えながら答える。

 

 

 

少女「……ママ、いなくなっちゃった……」

 

 

 

話を聞くと、買い物帰りにはぐれてしまったらしい。

 

スマホも持っていない。

 

気づけば夜になり、公園で一人泣いていたのだという。

 

 

 

フブキ「そっか……怖かったね」

 

少女「……うん」

 

 

 

シグレは静かに少女を見つめる。

 

 

 

彼女の周囲には、微かに光が揺れていた。

 

 

 

願いの残滓。

 

 

 

人は極限まで不安になると、無意識に“祈る”。

 

 

 

誰でもいい。 助けてほしい。

 

 

 

その願いが、偶然シグレへ届いたのだ。

 

 

 

少女「……おにいちゃんたち、だれ?」

 

 

 

フブキが困った顔をする。

 

 

 

フブキ「えーっと……」

 

シグレ「元神だ」

 

フブキ「今それ言う!?」

 

 

 

少女はきょとんとしたあと、小さく笑った。

 

 

 

少女「へんなの」

 

シグレ「……否定できぬ」

 

 

 

その時。

 

 

 

「――みーちゃん!!」

 

 

 

遠くから、女性の叫び声が聞こえた。

 

 

 

少女「あっ……ママ!!」

 

 

 

駆け込んできた女性が、少女を強く抱きしめる。

 

 

 

母親「よかった……! よかったぁ……!」

 

少女「ごめんなさい……」

 

 

 

涙声で謝る少女を、母親は何度も抱きしめた。

 

 

 

その光景を見ながら、フブキは小さく息を吐く。

 

 

 

フブキ「……見つかってよかったぁ」

 

 

 

シグレは静かに夜空を見上げた。

 

 

 

願いは届いた。

 

 

 

誰にも知られず、 感謝されなくても。

 

 

 

それでも、“助けて”という声に応えられた。

 

 

 

かつて神だった頃と同じように。

 

 

 

少女がふと振り返る。

 

 

 

少女「あのね!」

 

シグレ「?」

 

少女「ありがとう、神様!」

 

 

 

その瞬間。

 

 

 

ふわり、と。

 

 

 

シグレの胸の奥で、微かな光が灯った。

 

 

 

ほんの小さな力。

 

だが確かに、“祈り”だった。

 

 

 

フブキ「あ」

 

シグレ「……」

 

 

 

彼の周囲に、淡い光が揺れる。

 

まるで失われた神格の欠片が、一瞬だけ戻ったように。

 

 

 

だが次の瞬間。

 

 

 

グゥゥゥゥ……

 

 

 

沈黙。

 

 

 

フブキ「……え?」

 

 

 

シグレは真顔だった。

 

 

 

グゥゥゥゥゥ……

 

 

 

フブキ「……お腹?」

 

シグレ「……夕食を逃した」

 

 

 

フブキ、吹き出す。

 

 

 

フブキ「あはははっ!! せっかく感動シーンだったのに!!」

 

シグレ「仕方なかろう! 人間の身体は空腹になるのだ!」

 

 

 

すると少女が、小さな飴玉を差し出した。

 

 

 

少女「これ、あげる!」

 

 

 

シグレは少し目を丸くしたあと、そっと受け取る。

 

 

 

シグレ「……感謝する」

 

 

 

夜風が吹く。

 

 

 

東京の空には星は少ない。

 

それでも今夜だけは、ほんの少しだけ世界が優しく見えた。

 

 

 

――To Be Continued.

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