休日の昼。
珍しく予定の空いたすいせいは、事務所のソファでだらりと寝転がっていた。
すいせい「……平和だ」
配信なし。 収録なし。 打ち合わせもなし。
完璧な休日である。
だが。
シグレ「すいせい」
すいせい「やだ」
シグレ「まだ何も言っておらぬのだが!?」
気配だけで察して拒否された。
すいせいはソファに埋まりながら片目だけ向ける。
すいせい「どうせ“ちょっと付き合え”とかでしょ」
シグレ「……何故わかった」
すいせい「最近の神様、完全にイベント発生フラグの立て方覚えてるから」
シグレは少し咳払いした。
シグレ「……行きたい場所がある」
その声色が、少しだけ静かだった。
すいせい「……珍しいね」
シグレ「うむ」
数秒の沈黙。
やがてすいせいは立ち上がり、帽子を被った。
すいせい「まあ、暇だし。付き合うよ」
シグレ「感謝する」
すいせい「その代わり帰りなんか奢って」
シグレ「現実的だな」
◇
数時間後。
二人は電車を乗り継ぎ、さらにバスへ揺られ、山奥へ来ていた。
すいせい「……いや待って?」
目の前には、鬱蒼とした山道。
すいせい「ここ本当に人来るの?」
シグレ「昔は賑わっていた」
すいせい「“昔”って絶対百年以上前のテンションじゃん」
舗装も剥がれ、 雑草が伸び、 石段には苔がびっしり張り付いている。
シグレは迷いなく山道を進んでいく。
すいせい「うわ、滑る滑る! ちょ、待って神様足速い!」
シグレ「何故そんなに体力がないのだ」
すいせい「普段インドア仕事なんだよこっちは!」
途中。
鳥居が見えた。
だがそれは、半分崩れていた。
すいせい「……」
朱色は剥げ落ち、 木材は腐り、 蔦が絡みついている。
人の気配はない。
シグレは立ち止まり、静かに鳥居へ触れた。
シグレ「……まだ残っていたか」
その声音に、すいせいは何も言えなくなる。
◇
さらに山道を進む。
石段は途中から崩れ、 落ち葉が積もり、 社へ続く道はほとんど自然へ呑まれていた。
それでもシグレは、迷わなかった。
まるで。
何千回も歩いた道をなぞるように。
やがて。
開けた場所へ辿り着く。
そこにあったのは――
崩れた神社だった。
屋根は半壊し、 拝殿は傾き、 賽銭箱も朽ちている。
風が吹くたび、木材が軋んだ。
すいせい「……ここ、が?」
シグレは静かに頷く。
シグレ「我が祀られていた社だ」
沈黙。
山の空気は静かだった。
人の音が何一つしない。
すいせいはゆっくり周囲を見る。
かつて誰かが掃除していたであろう石畳。
祭りの名残らしき古びた柱。
風鈴が吊られていた跡。
全部、時間に置き去りにされていた。
すいせい「……なんか、思ったよりキツいね」
シグレ「うむ」
シグレは崩れた拝殿へ歩み寄る。
その表情は穏やかだった。
だが、どこか寂しそうだった。
シグレ「昔はな。ここに多くの人がいた」
夏祭りの日。
提灯の灯り。
子供たちの笑い声。
豊作を願う祈り。
全部、この場所にあった。
シグレ「人々は毎日ここへ来た。願いを口にし、感謝を捧げ、笑って帰っていった」
彼は静かに賽銭箱だった場所を撫でる。
シグレ「……だが、終わりは静かなものだ」
村を出る若者が増え、 人が減り、 神社は維持できなくなった。
やがて誰も来なくなった。
最後には風だけが吹いていた。
すいせいは、隣へ立つ。
すいせい「……嫌じゃなかったの?」
シグレ「何がだ」
すいせい「忘れられるの」
シグレは少しだけ空を見る。
木々の隙間から、光が落ちていた。
シグレ「……最初は怒った」
神である自分を忘れた人間に。
祈らなくなった世界に。
だが。
シグレ「ある時、気づいたのだ」
すいせい「?」
シグレ「人は、“幸せになるため”に前へ進む」
便利な町へ行き、 新しい暮らしを作り、 神に頼らずとも生きられるようになった。
それはつまり。
シグレ「我が守っていた人間たちが、“神を必要としないほど強くなった”ということでもある」
静かな声だった。
怒りではない。
恨みでもない。
どこか、誇らしさに近い響き。
すいせい「……そっか」
風が吹く。
崩れた社の鈴が、かすかに鳴った。
その時だった。
ミシッ。
すいせい「え?」
古びた床板が崩れた。
すいせい「あっ」
体勢を崩す。
その瞬間。
シグレ「危ない」
彼が咄嗟に腕を掴む。
すいせい「うわっ!?」
倒れ込んだ拍子に、二人揃って埃まみれになる。
沈黙。
すいせい「……」
シグレ「……」
そして。
すいせい「あははっ……!」
突然、すいせいが笑い出した。
シグレ「何がおかしい」
すいせい「いや……せっかくシリアスな空気だったのに、最後それ!?って」
シグレは少しだけ呆れた顔をしたあと、小さく笑った。
シグレ「……人間とは、空気を壊す天才だな」
すいせい「元神様に言われたくない」
二人は崩れた社へ並んで座る。
しばらく、何も言わなかった。
ただ山の風だけが吹いている。
やがてシグレは、ぽつりと呟いた。
シグレ「……だが」
すいせい「ん?」
シグレ「完全に消えたわけではないのだな」
彼は静かに、自分の胸へ触れる。
ここへ来てからずっと、 微かに力が戻っていた。
それは、この場所に残った祈りなのか。
あるいは――。
すいせい「ま、忘れてるなら、わざわざ来たりしないでしょ」
彼女は笑う。
すいせい「神社はなくなっても、“ここにいた神様”はちゃんと残ってる」
その言葉に。
シグレは少しだけ目を見開いた。
そして静かに、笑った。
崩れた神社に、午後の光が差し込む。
忘れられた場所。
それでも確かに、ここには“誰かの祈り”が残っていた。
――To Be Continued.