元神様、アイドルに仕えます   作:ただの片栗粉

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忘れられた社

休日の昼。

 

珍しく予定の空いたすいせいは、事務所のソファでだらりと寝転がっていた。

 

 

 

すいせい「……平和だ」

 

 

 

配信なし。 収録なし。 打ち合わせもなし。

 

 

 

完璧な休日である。

 

 

 

だが。

 

 

 

シグレ「すいせい」

 

すいせい「やだ」

 

シグレ「まだ何も言っておらぬのだが!?」

 

 

 

気配だけで察して拒否された。

 

 

 

すいせいはソファに埋まりながら片目だけ向ける。

 

 

 

すいせい「どうせ“ちょっと付き合え”とかでしょ」

 

シグレ「……何故わかった」

 

すいせい「最近の神様、完全にイベント発生フラグの立て方覚えてるから」

 

 

 

シグレは少し咳払いした。

 

 

 

シグレ「……行きたい場所がある」

 

 

 

その声色が、少しだけ静かだった。

 

 

 

すいせい「……珍しいね」

 

シグレ「うむ」

 

 

 

数秒の沈黙。

 

 

 

やがてすいせいは立ち上がり、帽子を被った。

 

 

 

すいせい「まあ、暇だし。付き合うよ」

 

シグレ「感謝する」

 

すいせい「その代わり帰りなんか奢って」

 

シグレ「現実的だな」

 

 

 

 

 

 

数時間後。

 

 

 

二人は電車を乗り継ぎ、さらにバスへ揺られ、山奥へ来ていた。

 

 

 

すいせい「……いや待って?」

 

 

 

目の前には、鬱蒼とした山道。

 

 

 

すいせい「ここ本当に人来るの?」

 

シグレ「昔は賑わっていた」

 

すいせい「“昔”って絶対百年以上前のテンションじゃん」

 

 

 

舗装も剥がれ、 雑草が伸び、 石段には苔がびっしり張り付いている。

 

 

 

シグレは迷いなく山道を進んでいく。

 

 

 

すいせい「うわ、滑る滑る! ちょ、待って神様足速い!」

 

シグレ「何故そんなに体力がないのだ」

 

すいせい「普段インドア仕事なんだよこっちは!」

 

 

 

途中。

 

鳥居が見えた。

 

 

 

だがそれは、半分崩れていた。

 

 

 

すいせい「……」

 

 

 

朱色は剥げ落ち、 木材は腐り、 蔦が絡みついている。

 

 

 

人の気配はない。

 

 

 

シグレは立ち止まり、静かに鳥居へ触れた。

 

 

 

シグレ「……まだ残っていたか」

 

 

 

その声音に、すいせいは何も言えなくなる。

 

 

 

 

 

 

さらに山道を進む。

 

 

 

石段は途中から崩れ、 落ち葉が積もり、 社へ続く道はほとんど自然へ呑まれていた。

 

 

 

それでもシグレは、迷わなかった。

 

 

 

まるで。

 

何千回も歩いた道をなぞるように。

 

 

 

やがて。

 

 

 

開けた場所へ辿り着く。

 

 

 

そこにあったのは――

 

 

 

崩れた神社だった。

 

 

 

屋根は半壊し、 拝殿は傾き、 賽銭箱も朽ちている。

 

 

 

風が吹くたび、木材が軋んだ。

 

 

 

すいせい「……ここ、が?」

 

 

 

シグレは静かに頷く。

 

 

 

シグレ「我が祀られていた社だ」

 

 

 

沈黙。

 

 

 

山の空気は静かだった。

 

人の音が何一つしない。

 

 

 

すいせいはゆっくり周囲を見る。

 

 

 

かつて誰かが掃除していたであろう石畳。

 

祭りの名残らしき古びた柱。

 

風鈴が吊られていた跡。

 

 

 

全部、時間に置き去りにされていた。

 

 

 

すいせい「……なんか、思ったよりキツいね」

 

シグレ「うむ」

 

 

 

シグレは崩れた拝殿へ歩み寄る。

 

 

 

その表情は穏やかだった。

 

だが、どこか寂しそうだった。

 

 

 

シグレ「昔はな。ここに多くの人がいた」

 

 

 

夏祭りの日。

 

提灯の灯り。

 

子供たちの笑い声。

 

豊作を願う祈り。

 

 

 

全部、この場所にあった。

 

 

 

シグレ「人々は毎日ここへ来た。願いを口にし、感謝を捧げ、笑って帰っていった」

 

 

 

彼は静かに賽銭箱だった場所を撫でる。

 

 

 

シグレ「……だが、終わりは静かなものだ」

 

 

 

村を出る若者が増え、 人が減り、 神社は維持できなくなった。

 

 

 

やがて誰も来なくなった。

 

 

 

最後には風だけが吹いていた。

 

 

 

すいせいは、隣へ立つ。

 

 

 

すいせい「……嫌じゃなかったの?」

 

シグレ「何がだ」

 

すいせい「忘れられるの」

 

 

 

シグレは少しだけ空を見る。

 

 

 

木々の隙間から、光が落ちていた。

 

 

 

シグレ「……最初は怒った」

 

 

 

神である自分を忘れた人間に。

 

祈らなくなった世界に。

 

 

 

だが。

 

 

 

シグレ「ある時、気づいたのだ」

 

すいせい「?」

 

シグレ「人は、“幸せになるため”に前へ進む」

 

 

 

便利な町へ行き、 新しい暮らしを作り、 神に頼らずとも生きられるようになった。

 

 

 

それはつまり。

 

 

 

シグレ「我が守っていた人間たちが、“神を必要としないほど強くなった”ということでもある」

 

 

 

静かな声だった。

 

 

 

怒りではない。

 

恨みでもない。

 

 

 

どこか、誇らしさに近い響き。

 

 

 

すいせい「……そっか」

 

 

 

風が吹く。

 

 

 

崩れた社の鈴が、かすかに鳴った。

 

 

 

その時だった。

 

 

 

ミシッ。

 

 

 

すいせい「え?」

 

 

 

古びた床板が崩れた。

 

 

 

すいせい「あっ」

 

 

 

体勢を崩す。

 

その瞬間。

 

 

 

シグレ「危ない」

 

 

 

彼が咄嗟に腕を掴む。

 

 

 

すいせい「うわっ!?」

 

 

 

倒れ込んだ拍子に、二人揃って埃まみれになる。

 

 

 

沈黙。

 

 

 

すいせい「……」

 

シグレ「……」

 

 

 

そして。

 

 

 

すいせい「あははっ……!」

 

 

 

突然、すいせいが笑い出した。

 

 

 

シグレ「何がおかしい」

 

すいせい「いや……せっかくシリアスな空気だったのに、最後それ!?って」

 

 

 

シグレは少しだけ呆れた顔をしたあと、小さく笑った。

 

 

 

シグレ「……人間とは、空気を壊す天才だな」

 

すいせい「元神様に言われたくない」

 

 

 

二人は崩れた社へ並んで座る。

 

 

 

しばらく、何も言わなかった。

 

 

 

ただ山の風だけが吹いている。

 

 

 

やがてシグレは、ぽつりと呟いた。

 

 

 

シグレ「……だが」

 

すいせい「ん?」

 

シグレ「完全に消えたわけではないのだな」

 

 

 

彼は静かに、自分の胸へ触れる。

 

 

 

ここへ来てからずっと、 微かに力が戻っていた。

 

 

 

それは、この場所に残った祈りなのか。

 

あるいは――。

 

 

 

すいせい「ま、忘れてるなら、わざわざ来たりしないでしょ」

 

 

 

彼女は笑う。

 

 

 

すいせい「神社はなくなっても、“ここにいた神様”はちゃんと残ってる」

 

 

 

その言葉に。

 

シグレは少しだけ目を見開いた。

 

 

 

そして静かに、笑った。

 

 

 

崩れた神社に、午後の光が差し込む。

 

 

 

忘れられた場所。

 

それでも確かに、ここには“誰かの祈り”が残っていた。

 

 

 

――To Be Continued.

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