朝。
ホロライブ事務所。
シグレ「…………」
段ボールを持ったまま、彼は廊下の真ん中で止まっていた。
スタッフ「シグレさん? その荷物、会議室お願いしまーす」
シグレ「……あ、うむ」
数秒遅れて動き出す。
明らかに様子がおかしかった。
◇
違和感があった。
昨日からずっと。
誰かに見られている。
それも、人間ではない。
もっと冷たく、 もっと“高い場所”から。
シグレ「…………」
廊下を歩く。
その途中でも、何度も後ろを振り返る。
だが誰もいない。
それでも。
いる。
確実に。
◇
休憩室。
猫又おかゆ「神様、今日めっちゃソワソワしてない?」
ソファでゲームをしていたおかゆが、ちらりと顔を上げる。
シグレ「……そう見えるか」
おかゆ「うん。さっきから三回くらい何もない廊下見てる」
シグレは黙る。
おかゆ「どしたの?」
シグレ「……少し、気になることがあるだけだ」
その瞬間。
ゾワッ――
背筋が凍る。
シグレの視線が、窓へ向いた。
外。
事務所向かいのビル屋上。
誰かが立っていた。
白い狩衣。 黒い仮面。 人ではあり得ない静かな佇まい。
そして。
目が合った。
シグレ「ッ……!」
次の瞬間、姿が消える。
おかゆ「え、なに?」
シグレ「……いや」
だが額には汗が浮かんでいた。
見間違いではない。
あれは。
“神使”。
神々に仕える監視者。
しかも、ただの使いではない。
◇
昼過ぎ。
倉庫整理中。
シグレは脚立の上で機材を片付けていた。
だが集中できない。
視線を感じる。
天井。 窓。 廊下の奥。
どこからでも。
シグレ「……っ」
ガタッ。
足を踏み外しかける。
「うわっ!?」
すぐ下にいた桃鈴ねねが驚いて飛び退いた。
ねね「危ないよ!?」
シグレ「す、すまぬ」
珍しく、本当に余裕がない。
ねね「今日変だよ~? 具合悪い?」
シグレ「問題ない」
ねね「絶対問題ある人の顔!」
するとその時。
ピシッ。
空気が軋んだ。
シグレだけが反応する。
空間の端。
一瞬だけ、“裂け目”が見えた。
その奥に見えたのは――
白い世界。
巨大な門。
そして。
無数の目。
《霊格反応安定》
《“人間界への定着傾向”》
《観察継続しよう》
シグレの顔色が変わる。
シグレ(……やめろ)
《……》
その奥。
巨大な影が、静かにこちらを見ていた。
“大神”。
神界上位存在。
かつてシグレを裁いた側。
その圧力だけで空気が重くなる。
《アマツカミ=シグレ》
《何故まだ人間界へ執着する》
頭の奥へ直接響く声。
シグレは歯を食いしばる。
シグレ(貴様らには関係ない)
《……感情維持を確認》
《危険性上昇》
ゾワリ、と。
“敵意”が向く。
ただ見られるだけではない。
測られている。
値踏みされている。
まるで、“不要なら消す”と言わんばかりに。
シグレ「……ッ!!」
ドン!!
突然、脚立から飛び降りる。
ねね「ひゃっ!?」
周囲のスタッフが驚いて振り返る。
シグレは呼吸を乱していた。
ねね「ど、どうしたの!?」
数秒。
シグレは黙ったまま。
やがて、無理やり笑みを作った。
シグレ「……いや」
ねね「?」
シグレ「脚立、思ったより高かった」
ねね「絶対違う!!」
◇
夕方。
屋上。
シグレは一人で立っていた。
風が吹く。
東京の空。
その遥か上。
見えない場所から、確かに“視線”を感じる。
シグレ「……大神の使いか」
かつてなら。
神使が現れることなど誇りだった。
上位神に認識されることは、“格”の証明だったから。
だが今は違う。
あれは監視だ。
そして恐らく――。
排除の前段階。
ガチャッ。
扉が開く。
振り返ると、そこにはすいせい。
すいせい「いた。探したんだけど」
シグレ「……なんだ」
彼女は缶コーヒーを投げ渡す。
すいせい「はい」
受け取る。
すいせいは隣へ来ると、空を見るシグレをちらりと見た。
すいせい「……なんか最近、変じゃない?」
ドキリ、とした。
すいせい「ぼーっとしてるし、ミス増えてるし」
シグレ「……」
すいせい「なんかあった?」
シグレは少し黙る。
言うべきか。
神界が動いていることを。
自分が再び狙われ始めていることを。
だが。
シグレ「……大したことではない」
すいせい「ほんとに?」
シグレ「うむ」
彼は肩をすくめる。
シグレ「少し、“昔の知り合い”に見つかっただけだ」
半分本当で、 半分嘘。
すいせいはしばらく彼を見ていたが、やがてため息を吐いた。
すいせい「……無理しないでよ」
シグレ「む?」
すいせい「最近、あんた普通にうちの戦力なんだから」
その言葉に。
シグレは少しだけ目を細めた。
戦力。
かつて神界で使われた言葉とは、全く違う響きだった。
シグレ「……善処しよう」
風が吹く。
その背後。
誰にも見えない場所で。
白い仮面の神使が、静かにシグレを見下ろしていた。
まるで、“観察対象”を見るように。
――To Be Continued.