神界。
そこは雲の上などという生易しい場所ではない。
無限に広がる白銀の空間。
光で編まれた巨大な柱。
数え切れぬ神格の気配。
そして中央。
神々の頂点たる存在のみが座す場所――“天理殿”。
静寂に包まれたその大広間で、一柱の神使が跪いていた。
白い狩衣。 黒い仮面。
人間界でシグレを監視していた存在だった。
《報告します》
《監視対象、アマツカミ=シグレ》
《人間界への定着を確認》
《霊格反応、緩やかに上昇中》
その声は感情を持たない。
だが。
玉座の上にいた神々は、静かにざわめいた。
《……上昇だと?》
《あり得ぬ》
《追放神が信仰を取り戻している?》
重々しい声が響く。
その場に集っていたのは、神界上位層。
海神。 武神。 雷神。 星神。
人間界で名を残し続ける、大いなる神々。
そして。
最奥。
巨大な光の中に、“大神”が座していた。
姿は見えない。
だが、その場の全神が頭を垂れるほどの圧力があった。
《詳細を述べよ》
神使が答える。
《対象は現在、人間界にて、とある集団へ所属》
《雑務、労働、支援活動を継続》
《その過程で、複数の人間から継続的信頼反応を取得》
沈黙。
次の瞬間。
《…………は?》
誰かが素で聞き返した。
《雑務?》
《労働?》
《神が?》
神界、ざわつく。
《待て。“信仰”ではなく“信頼”だと?》
《人間との精神接続による微弱霊格循環か……?》
《そんな非効率な方法で神格維持が可能なのか?》
混乱が広がる。
それも当然だった。
神界において、“神”とは支配される側ではない。
人に崇められ、 祈られ、 奉納される存在。
だがシグレは違った。
掃除し、 荷物を運び、 機材を直し、 料理で電子レンジを爆発させていた。
《意味が分からぬ……》
《何故それで神格が回復する》
《神としての在り方から逸脱している》
ざわめきが広がる。
だが。
大神だけは沈黙していた。
やがて。
《……だから危険なのだ》
その一言で、空気が凍る。
全神が黙った。
大神の声が、静かに響く。
《アマツカミ=シグレは、“従来の神格体系”から外れ始めている》
《本来、神は信仰によってのみ成立する》
《だが奴は違う》
空間に、シグレの姿が映し出される。
段ボールを運ぶ姿。 ホロメンに笑われる姿。 迷子を助ける姿。
そして。
誰かに「ありがとう」と言われる姿。
《感謝》 《信頼》 《共感》
それらが微弱ながら霊格へ変換されていた。
《そんなものは、旧時代には存在しなかった》
神々がざわつく。
《では何か?》
《人が神を崇めなくとも、“親しむ”だけで力になると?》
《そんなことになれば神界の序列が崩壊するぞ》
その通りだった。
現在の神界は、“信仰量”で成り立っている。
大勢から祈られる神が強い。
だがもし。
“身近な繋がり”や、 “感謝”程度で神格が維持できるなら。
古い神々の支配構造は意味を失う。
《……危険因子だ》
《早急に処分を》
《再封印すべき》
声が飛び交う。
だがその中で、一柱だけ静観している神がいた。
星神・アマノセイ。
長い銀髪を持つ女神。
彼女は映像の中のシグレを見つめ、静かに呟いた。
《……随分と楽しそうじゃん》
周囲が怪訝そうに見る。
《アマノセイ、何を》
彼女は小さく笑う。
《かつての奴は、もっと息苦しそうな顔をしてたし》
神界では常に競争だった。
より多く祈られろ。 より多く崇められろ。 価値を示せ。
誰もが数字に追われていた。
だが今のシグレは違う。
泥臭く、 人間臭く、 騒がしく生きている。
それなのに。
かつてより遥かに、“神らしい顔”をしていた。
《戯言を》
《情に流されるな》
空気が冷える。
大神が静かに告げた。
《神使を増員する》
《アマツカミ=シグレの監視を継続》
《必要であれば、直接介入も許可する》
その言葉に、神々が頭を垂れる。
決定事項だった。
◇
その頃。
人間界。
ホロライブ事務所。
シグレ「……くしゅん」
突然くしゃみした。
フブキ「うわ珍し。風邪?」
シグレ「いや……なんか今、嫌な予感がした」
彼は窓の外を見る。
夕焼け空。
その向こうにある“視線”には、まだ気づいていなかった。
自分が今、 神界そのものを揺るがしかけていることも。
そして。
“元神様の雑用生活”が、神々にとって最大級の異常事態になっていることも。
シグレ「……?」
ただ一つ分かるのは。
何故か最近、監視の気配が増えているということだけだった。
――To Be Continued.