朝。ホロライブ事務所のスタジオ控え室。
シグレ「……なぜ、神がこのような“箒”なる道具を持たねばならぬ」
彼は不満げに、使い慣れぬ箒を手にしていた。
フブキ「掃除はね、心の修行にもなるんだよ。神様なら余裕でしょ?」
シグレ「我が神域では、風神が風を巻き起こし、一瞬で塵を吹き飛ばしていたのだが」
すいせい「それやったら書類も配線も全部飛ぶから。ダメ。絶対」
シグレ「む……そなたたち、人間界の“効率”というもの、だいぶ不合理だな」
おかゆ「やっほ〜、新入り神様くん、がんばってる〜?」
ふいに入ってきたのは猫又おかゆ。緩んだ猫背にコンビニのおにぎり。
シグレ「……猫の眷属まで働いているとは、人間界、混沌深し」
おかゆ「なにそれ。褒めてる? それとも神の目線?」
シグレ「いや、若干混乱している」
おかゆ「じゃあはい、エナドリ。掃除中に飲むと仕事した気になるよ」
シグレ「……これは何だ。神酒か?」
すいせい「飲みすぎると心臓バクバクするだけだからほどほどにね」
その後、シグレはスタジオ掃除に取りかかった。
だが――
シグレ「この……“ルンバ”なる機械、我の導きに従わぬ!なぜそこばかりをぐるぐると!」
フブキ「それ、たぶん壁だと認識してるね。コードが床に散らばってるから、ちゃんと巻いてあげないと」
シグレ「コード? む、また新たなる神術か?」
すいせい「神様、それ“足元の配線”って意味。あとルンバの前で仁王立ちするのやめて」
おかゆ「完全に“神バリア”張ってるじゃん……」
午後、掃除も一段落し、次の作業へ。
フブキ「じゃ、次は“ファンレターの仕分け”お願いね〜」
シグレ「……これは祈り文か」
すいせい「まぁ、似たようなもんだよ。ホロメンへの感謝の言葉とか、応援メッセージとか。神様としては嬉しいでしょ?」
シグレ「……ふむ」
封筒を一つ手に取る。そこに綴られていたのは、小学生の筆跡で書かれた手紙。
《いつもげんきをくれてありがとう。ぼくも、すいちゃんみたいに、がんばれる人になりたいです》
シグレは、少しだけ黙りこんだ。
シグレ「……人間の言葉とは、時に神託よりも真っ直ぐだな」
すいせい「うん。神様じゃなくても、ちゃんと届くんだよ。言葉って」
シグレ「……ならば。我も、祈られずとも、応えよう」
おかゆ「お、やる気モード入った?」
シグレ「見ていろ、塵一つ、残さず清めてみせようぞ!」
バッ!と箒を構えた瞬間――
バチンッ!
すいせい「って、ちょ、コンセント引っかかってんじゃん!照明全部落ちたよ!? 機材止まった!」
シグレ「な、なに!?これは“天罰”ではないのか!?いや違う、我かッ!?」
おかゆ「神様パワーで配線トラブル起こすの、逆に才能かも……」
照明が落ち、機材が沈黙したスタジオの中。
静まり返る空間に、すいせいの声が響いた。
すいせい「……ちょっと、神様。やってくれたね?」
シグレ「……我に悪意はなかった。ただ、邪悪なる配線が我を欺き……」
おかゆ「その“邪悪な配線”ってうちの超高級ケーブルなんだけど」
すいせい「まぁいいや、ブレーカー見てくるから、おかゆ先輩ちょっと照らしてて」
おかゆ「はーい、スマホのライト〜」
スタジオがほのかに明るくなる。
その中でシグレは、そっとしゃがみ込み、静かにコード類を手に取った。
シグレ「……すまぬ、汝ら。我が不用意であった」
おかゆ「へぇ、謝るの早いんだね」
シグレ「我は“過ちを悔い、正す者”に祝福を与える神であった。ならば己にも、それを適用すべきだろう」
すいせい「うん、偉いよ。じゃあその祝福で、今すぐ電気直してくれる?」
シグレ「ふむ……わかった。試してみよう」
神妙な顔で立ち上がるシグレ。両手をゆっくりと組み、何やら呟き始めた。
シグレ「――天に坐す雷の君よ、我が声に応えたまえ。清き流れよ、正しき路を通り、再び光を灯せ……!」
その瞬間。
ピッ――。
スタジオの天井照明が、音もなく静かに戻った。
ブーンと機材のファンが回り始め、モニターが起動音を奏でる。
おかゆ「……え、マジで直った?」
すいせい「うそ。ブレーカー触ってないのに……?」
シグレ「……奇跡とは、祈りと修復の合間に起きるものだ」
そう呟いたシグレの背に、少しだけ光の羽根のようなものが、ふわりと揺れた気がした。
すいせい「……やるじゃん、神様」
おかゆ「これはもう“配線担当”決定だね!」
シグレ「む……それは“信頼”と受け取って良いのか?」
すいせい「もちろん。責任もセットだけどね」
おかゆ「あと、壊した分はしっかり働いて返してね~。明日のスケジュールに“段ボール搬入”追加しとくから」
シグレ「うぅ……神威とは、かくも物理的なものだったか……」
すいせい「なに、神様ならきっとできるよ。“高みから降りてきた”わけだしね」
シグレ「ふ……ならば、やってやろう。我が力の及ぶ限り――人の世の、雑用を!」
彼の声が妙に高らかに響き渡ったせいで、隣のブースのAZKiが少しだけ怪訝そうに振り返った。
AZKi「……なんか今日、いつもよりスタジオが賑やかだね?」
シグレ「ふっ、神の加護が届いたとでも思うがよい!」
AZKi「……なんだろ?」
こうして今日も、ホロライブ事務所には“神様っぽい何か”の声が響いていた。
おかゆ「ねぇ神様、ひとつ聞いていい?」
シグレ「なんだ?」
おかゆ「神ってさ、疲れるの?」
シグレ「……かつてはな。祈りを受け取れば力が満ち、奉納があれば宴も開かれた。だが……今の我は、すっかり“祈られない存在”だからな」
すいせい「それって……ちょっと寂しいね」
シグレ「……いや、違う。祈られることがすべてではないと、ようやく理解したのだ。人が笑い、感謝を口にするだけで、心に灯がともる」
すいせい「うわ、いいこと言った風だけど、それ完全に“労働で学んだ教訓”じゃん」
おかゆ「それ、“やりがい搾取”の手前かもよ〜?」
シグレ「なっ……!? 違う!これは“成長”だ!」
ふたりのツッコミに神様が真顔で反論している間に、控室のドアがそっと開いた。
ラプラス・ダークネス「ふん、人間ども。今日も愚かに働いているようだな」
すいせい「うわ、ラプラスご来降~。ちゃんと玄関から入ってよ」
ラプラス「我が従者がこのあたりにいると聞いてな。貴様か?……元・神」
シグレ「……なんだ貴様。雰囲気が“神仲間”の匂いを漂わせているな」
ラプラス「クク……吾輩はラプラス・ダークネスだ。貴様のような“降格神”と一緒にするなよ?」
おかゆ「仲良くできそうじゃん、そういうとこ似てるよ」
すいせい「ラプ様も謎の肩書きのせいで書類提出通らないこと多いしね」
ラプラス「うるさい!吾輩は誇り高き存在なの!」
シグレ「その点では一致するな。我も“誇りだけ”でしばらく飢えを凌いだ」
おかゆ「誇りってカロリーあったんだ……」
わちゃわちゃと軽口が飛び交う中で、どこか“居場所”のような空気が、確かにそこにあった。
シグレはふと、手にした掃除用のダスタークロスを見つめる。
神として持った神器ではない。だが、手を動かせば空間が清められ、誰かが笑顔になる。
それだけで、充分だった。
シグレ「……悪くないな。こういう“祈られぬ奉仕”も」
すいせい「でしょ? ホロライブって、そういうとこだから」
ラプラス「ふん、吾輩が見るに、貴様……多少は見込みがあるぞ。気に入らんが」
おかゆ「わ、ラプちゃんからの超レア好感度!」
シグレ「……ならば、感謝と共に受け取ろう」
こうして神様は、雑用という名の試練を乗り越え、少しだけ“人間”に近づいた。
“祈り”ではなく、“笑い”が飛び交うこの場所で――。
――To Be Continued.