休憩室。
空になった紙コップが机の上に並び、窓の外では夕焼けがゆっくりと夜へ沈み始めていた。
シグレはソファに腰掛けたまま、珍しく静かだった。
先ほど、自分が神界から狙われていることを二人へ打ち明けたばかりだ。
普通なら、もっと混乱されてもおかしくない。怖がられても、距離を置かれても不思議ではない。
だが――。
おかゆ「で、結局どれくらいヤバいの?」
おかゆはポテチを食べながら聞いてきた。
緊張感があるのか無いのか分からない。
シグレ「……“大神”直々に監視が付いている」
すいせい「うわ、重役案件じゃん」
おかゆ「それって神界でいう本社監査みたいな感じ?」
シグレ「まあ……近い」
すいせいは腕を組み、難しい顔をしていた。
すいせい「でもさ、なんか納得いかないんだよね」
シグレ「何がだ」
すいせい「信頼されたら強くなるって、別によくない?」
シグレは少し目を瞬かせた。
すいせい「だってアイドルだってそうじゃん。応援とか、好きって気持ちとか、支えてくれる人がいるから頑張れるわけで」
おかゆ「わかる〜。配信もさ、“見てくれてる人いるんだなぁ”って感じると元気出るし」
二人の言葉に、シグレは静かに視線を落とした。
神界では、そういう考え方は存在しなかった。
信仰は数字。 祈りは力。 崇拝されることに意味がある。
それ以外は価値を持たない。
だが人間は違う。
一緒に笑って。 一緒に悩んで。 支え合うことに価値を見出す。
シグレ「……貴様らは、不思議だな」
おかゆ「そう?」
シグレ「我が神だった頃、人間はもっと“弱き存在”に見えていた」
すいせいが少し眉を上げる。
シグレ「寿命は短い。争い、迷い、泣き、容易く壊れる。だから神が導く必要があると、そう思っていた」
だが。
シグレ「今は違う」
彼はゆっくりと言葉を続ける。
シグレ「人は弱い。だが弱いからこそ、誰かを支えようとする。誰かのために立ち上がる」
それは神界には無かったものだ。
上位神ほど孤独で、誰も信用しない。
序列だけが支配していた。
シグレ「……人間の方が、よほど“温かい”」
ぽつりと漏れたその言葉に、休憩室が少し静かになる。
すいせい「……なんか今日、やたら素直だね」
シグレ「うるさい」
おかゆ「ふふ、照れてる〜」
シグレは咳払いして誤魔化した。
だが、どこか肩の力は抜けていた。
その時だった。
ゾワッ――。
空気が変わる。
シグレの表情が一瞬で引き締まった。
すいせい「……来た?」
シグレは答えない。
だが視線だけが窓の外へ向いていた。
いた。
向かいのビル屋上。
白い仮面。
神使。
しかも今日は一人ではない。
二人。
シグレ「……増えている」
おかゆ「え」
普通なら見えないはずだ。
だが今は、おかゆ達も“気配”だけは感じ取っていた。
理由は分からない。
おそらく、シグレの近くにいることで多少神気に当てられているのだろう。
すいせい「……マジでいるんだ」
彼女の声が少し低くなる。
シグレ「下がれ」
おかゆ「でも」
シグレ「これは我の問題だ」
その瞬間。
ピシッ――。
空間が薄くひび割れる。
休憩室の空気が重く沈んだ。
おかゆ「っ……なにこれ」
息苦しい。
まるで見えない何かが部屋を押し潰そうとしているような圧力。
そして。
《アマツカミ=シグレ》
声。
頭の奥へ直接響く。
《人間への接触が過剰だ》
《神格回復率、基準値を超過》
《警告を行う》
すいせい「……っ」
シグレが前へ出る。
シグレ「やめろ」
《対象周辺人類への干渉可能性を確認》
その瞬間。
圧力が一段階強くなった。
机がミシッと音を立てる。
電気が点滅する。
おかゆ「うわっ!?」
シグレの瞳が金色に光った。
シグレ「――やめろと言った」
ドンッ!!
目に見えない衝撃が空間を揺らす。
窓ガラスがビリビリ震え、部屋の空気が弾けた。
次の瞬間。
圧力が消える。
静寂。
シグレは荒く息を吐いていた。
すいせい「……今の」
おかゆ「神様モード?」
シグレは答えない。
ただ窓の外を睨んでいる。
神使たちは、もう消えていた。
だが。
確実に見られていた。
監視ではない。
あれは“牽制”だ。
シグレ「……クソ共が」
珍しく、はっきりと苛立ちを滲ませる。
すいせいは静かに立ち上がった。
すいせい「ねぇシグレ」
シグレ「なんだ」
すいせい「もしさ」
彼女は真っ直ぐシグレを見る。
すいせい「その神界が、あんたを無理やり連れてこうとしたらどうする?」
シグレは少し黙った。
そして。
シグレ「……分からぬ」
それが本音だった。
大神相手に、自分がどこまで抗えるか分からない。
だが。
おかゆがのんびりと言う。
おかゆ「じゃあ連れてかれないようにしなきゃね〜」
シグレ「……は?」
すいせいも頷く。
すいせい「うん。せっかく就職したんだから」
シグレは呆気に取られる。
おかゆ「今さら神界に転職とかダメだよ神様」
すいせい「離職率高そうだしね」
シリアスが続かない。
だが。
その軽口が、不思議と救いだった。
シグレは小さく笑う。
シグレ「……貴様ら、本当に変な人間だな」
けれど。
もし神である自分が、“人の側にいたい”と思ってしまったのなら。
それはきっと。
もう戻れないということなのだろう。
――To Be Continued.