休日、午後一時。
シグレ「…………」
新居。
元神様の部屋は、驚くほど質素だった。
布団。 小さな机。 ノートパソコン。 段ボール三箱。
以上。
シグレ「……人間の“最低限”とは難しい」
生活感が壊滅している。
冷蔵庫の中には水しかない。
しかも何故か全部ぬるい。
そんな時だった。
ピンポーン。
シグレ「む?」
玄関を開ける。
そこには――
戌神ころね「やっほーーーー!!」
猫又おかゆ「遊び来たよ〜」
ラプラス・ダークネス「ふははは! 視察に来てやったぞ!」
騒がしい三人組が立っていた。
シグレ「……何故」
おかゆ「すいちゃんから住所聞いた」
シグレ「情報漏洩!」
ころねは既に靴を脱いでいる。
ころね「おじゃましまーす!!」
ラプラス「ふむ……これが“元神の住処”か」
数秒後。
ラプラス「狭くない?」
シグレ「貴様いきなり失礼だな!?」
ころねが部屋を見回し、目を輝かせる。
ころね「なんか秘密基地みたい!」
おかゆ「生活感ゼロだねぇ」
冷蔵庫を開ける。
おかゆ「水しかない」
ラプラス「しかも冷えておらんぞ!?」
シグレは腕を組む。
シグレ「食事は基本、事務所かコンビニで済ませている」
おかゆ「ダメ人間の一人暮らしだこれ」
◇
数十分後。
何故かゲーム大会が始まっていた。
ころね「うぉおおおお!! やれやれやれぇ!!」
ラプラス「待て待て待てズルい!!」
テレビ画面には格ゲー。
シグレ「……人間は何故、仮想空間で争う」
おかゆ「暇だからかなぁ」
シグレはコントローラーを持ちながら真顔だった。
そして弱い。
圧倒的に弱い。
ころね「よわよわ神様だー!!」
シグレ「ぐぬぬ……!」
神界にゲーム機は無かった。
その結果。
ボコボコである。
ラプラス「ふははは! 見よ、この華麗なるコンボを!」
シグレ「待て何故空中で十回殴れる!?」
さらに。
映画鑑賞会まで始まった。
ころね「ホラー映画みよ!ホラー!」
シグレ「嫌な予感しかしないのだが」
二十分後。
映画『呪怨系ホラー』上映中。
テレビ 「………………」
シグレ「…………」
真顔。
ころね「神様リアクション薄いな〜」
おかゆ「怖くないの?」
シグレは静かに答えた。
シグレ「我、神界で本物の怨霊を見慣れている」
説得力が違った。
だが次の瞬間。
テレビ 「ドンッ!!!」
シグレ「うぉっ!!?」
びっくり演出には普通に驚いた。
ラプラス「雑魚では?」
シグレ「音がデカいのだ!!」
◇
夕方。
騒ぎ疲れた一同は床に転がっていた。
ころね「腹減ったー」
ラプラス「何か食うものはないのか」
シグレ、冷蔵庫を見る。
水しかない。
ラプラス「終わっている」
おかゆが笑う。
おかゆ「じゃ、コンビニ行く?」
ころね「行くー!」
二人が立ち上がる。
ラプラス「吾輩も行こう」
三人でわちゃわちゃと玄関へ向かう。
だが。
おかゆだけが途中で立ち止まった。
おかゆ「あ、ころさん先行ってて〜」
ころね「ん? りょーかーい!」
ラプラス「早く来いよ!」
バタバタと玄関が閉まる。
部屋に残ったのは。
シグレと、おかゆだけだった。
急に静かになる部屋。
シグレ「……どうした」
おかゆ「んー」
おかゆは窓際へ座り込み、ぼんやり外を眺める。
その横顔は、いつもの気の抜けた笑みより少しだけ静かだった。
シグレ「何かあるな」
おかゆ「わかる?」
シグレ「最近学んだ。人間は“元気そうに誤魔化す”」
おかゆは少し笑った。
おかゆ「神様、変なとこだけ鋭いねぇ」
しばらく沈黙。
やがて、おかゆがぽつりと口を開いた。
おかゆ「たまにさ」
シグレ「うむ」
おかゆ「“自分って必要とされてるのかな”って思う時あるんだよね〜」
シグレは静かに聞いていた。
おかゆ「みんな頑張ってるじゃん。歌も、配信も、企画も。すごい人ばっかでさ」
ゆるく笑う。
だがその笑顔は、少しだけ無理をしているようにも見えた。
おかゆ「だからたまーに、“自分ってちゃんと役に立ててるのかな”って」
シグレは少し考える。
神界では、価値は数字だった。
信仰。 格。 力。
だが人間は違う。
シグレ「……人は、“凄い”から必要とされるわけではない」
おかゆ「ん?」
シグレは静かに続ける。
シグレ「貴様がそこにいるだけで安心する者がいる。声を聞くだけで救われる者がいる」
それは数値化できない。
だが確かに存在するものだ。
シグレ「“居てほしい”と思われる時点で、既に価値はある」
おかゆは少し黙る。
窓から差し込む夕日が、静かに部屋を染めていた。
やがて。
おかゆ「……そっか」
小さく笑う。
おかゆ「神様って、たまにズルいこと言うねぇ」
シグレ「元から神だ」
その瞬間。
ぽうっ――。
シグレの胸元が、微かに光る。
おかゆ「……また光った」
暖かな神気。
誰かの悩みに寄り添い、 誰かを救い、 安心させるたび。
少しずつ。
確実に。
シグレの力は戻ってきていた。
シグレ「……また、か」
以前よりもはっきり分かる。
これは“崇拝”ではない。
もっと近くて。 もっと温かいもの。
おかゆ「神様って相談乗るとレベルアップするタイプ?」
シグレ「なんだそのゲームみたいな扱いは」
その時。
玄関が勢いよく開いた。
ころね「ただいまーーー!!」
ラプラス「肉まん買ってきたぞ!」
一気に騒がしくなる部屋。
おかゆ「プリンは?」
ころね「あっ」
ラプラス「忘れた」
おかゆ「最悪〜」
シグレはそのやり取りを見ながら、小さく笑った。
神界には無かった。
こんなくだらなくて、 騒がしくて、 暖かい時間。
だが今は。
こういう日常こそが、自分を“神”として繋ぎ止めているのだと。
少しずつ理解し始めていた。
――To Be Continued.