元神様、アイドルに仕えます   作:ただの片栗粉

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神だった頃

静かな夜だった。

 

 

 

窓の外では雨が降っている。

 

 

 

アパートの一室。

 

 

 

床に転がったゲームのコントローラー。 食べかけのポテチ。 ラプラスが忘れていった謎のサングラス。

 

 

 

騒がしかった時間が嘘みたいに、部屋は静まり返っていた。

 

 

 

シグレは布団に横になり、ぼんやりと天井を見つめていた。

 

 

 

シグレ「……」

 

 

 

眠気はある。

 

だが、意識が落ちる直前。

 

ふと、胸の奥がざわついた。

 

 

 

まるで。

 

 

 

遠い昔を呼び起こすように。

 

 

 

 

 

 

――空が、近かった。

 

 

 

いや。

 

 

 

違う。

 

 

 

“空そのものが、自分の庭だった”。

 

 

 

巨大な雲海。

 

黄金に輝く天門。

 

空を流れる神気の川。

 

 

 

そこは神界。

 

 

 

まだ、シグレが“天上神”として座していた頃。

 

 

 

神官「アマツカミ=シグレ様。本日の祈願数、三千二百七十件です」

 

 

 

玉座に座るシグレは、静かに目を閉じていた。

 

 

 

若かった。

 

 

 

今よりずっと。

 

 

 

その瞳には神としての威厳があり、纏う神気だけで周囲の空気が震える。

 

 

 

神官「東方領域に干ばつ。降雨祈願が集中しております」

 

シグレ「……わかった」

 

 

 

彼が指先を軽く上げる。

 

 

 

瞬間。

 

 

 

空に巨大な雲が生まれた。

 

 

 

雷鳴。

 

雨。

 

 

 

遠い地上へ恵みが降り注ぐ。

 

 

 

神官達が頭を下げる。

 

 

 

神官「お見事です」

 

 

 

だが。

 

 

 

シグレの表情は変わらない。

 

 

 

それが当然だった。

 

 

 

神とは、そういう存在だった。

 

 

 

祈られ。 願われ。 応える。

 

 

 

それが役目。

 

 

 

それ以上でも以下でもない。

 

 

 

 

 

 

神界・大広間。

 

 

 

数多の神々が並ぶ中。

 

 

 

シグレは中央を歩いていた。

 

 

 

風神。 雷神。 海神。 星神。

 

 

 

どれも強大な神格を持つ存在。

 

 

 

その中でもシグレは上位に位置していた。

 

 

 

だが。

 

 

 

当時から既に、空気は変わり始めていた。

 

 

 

神A「最近、“信仰値”が落ちているらしいな」

 

神B「人間どもが“科学”などというものに頼り始めたせいだ」

 

神C「愚かなことだ。神を忘れれば滅ぶというのに」

 

 

 

冷たい声。

 

 

 

誰も人間を見ていない。

 

 

 

“数字”しか見ていなかった。

 

 

 

シグレは黙って聞いていた。

 

 

 

その頃から少しずつ、違和感があった。

 

 

 

神々は人を導く存在だったはずだ。

 

 

 

なのに。

 

 

 

いつしか人間を“信仰資源”としか見なくなっていた。

 

 

 

大神「アマツカミ=シグレ」

 

 

 

重い声。

 

 

 

空気が張り詰める。

 

 

 

神々の最上位。

 

大神。

 

 

 

姿は見えない。

 

 

 

ただ巨大な神威だけが空間を支配していた。

 

 

 

大神「お前は人に近づきすぎる」

 

 

 

シグレは目を細める。

 

 

 

シグレ「……どういう意味だ」

 

大神「必要以上に人間へ干渉している」

 

 

 

脳裏に浮かぶ。

 

 

 

幼い子供の願いを聞いた日。

 

泣いていた巫女を慰めた夜。

 

祭りの日、人間達と笑った時間。

 

 

 

大神「神は崇められるべき存在だ」

 

 

 

冷たい声。

 

 

 

大神「共に笑う必要はない」

 

 

 

シグレは静かに拳を握った。

 

 

 

その言葉に。

 

 

 

何故か、ひどく苛立った。

 

 

 

 

 

 

地上。

 

 

 

まだ信仰が残っていた頃。

 

 

 

山奥の神社。

 

 

 

石段を駆け上がる小さな子供達。

 

 

 

「シグレ様ー!」

 

「今年も祭り来てー!」

 

 

 

シグレは社殿の上に腰掛け、それを眺めていた。

 

 

 

人間は弱い。

 

 

 

すぐ泣くし、 すぐ転ぶし、 すぐ迷う。

 

 

 

だが。

 

 

 

彼らはよく笑った。

 

 

 

巫女「今日は豊作祭ですよ、シグレ様」

 

 

 

笑いながら供物を置く巫女。

 

 

 

シグレ「また団子か」

 

巫女「好きでしょう?」

 

 

 

図星だった。

 

 

 

その時。

 

 

 

境内で転んだ子供が泣き出す。

 

 

 

シグレは小さくため息をつき。

 

 

 

そっと風を起こした。

 

 

 

花びらが舞う。

 

 

 

子供は泣き止き、笑った。

 

 

 

その瞬間。

 

 

 

胸の奥が、少し温かくなった。

 

 

 

祈りとは違う。

 

 

 

もっと小さくて、 もっと穏やかな感情。

 

 

 

だが当時のシグレは、その意味を知らなかった。

 

 

 

 

 

 

そして。

 

 

 

神界。

 

 

 

暗い大広間。

 

 

 

大神「アマツカミ=シグレ」

 

 

 

冷たい声が響く。

 

 

 

大神「お前を降格とする」

 

 

 

静寂。

 

 

 

神々は誰も口を開かない。

 

 

 

ただ冷たく見下ろしている。

 

 

 

大神「信仰値低下。思想逸脱。神格運用違反」

 

 

 

淡々と並べられる言葉。

 

 

 

シグレは静かに立っていた。

 

 

 

大神「神は人間と並び立つ存在ではない」

 

 

 

その瞬間。

 

 

 

シグレは理解した。

 

 

 

ああ。

 

 

 

この世界はもう。

 

 

 

“人を見ていない”。

 

 

 

大神「よって、お前の神位を剥奪する」

 

 

 

眩い光。

 

 

 

神気が引き剥がされる。

 

 

 

空が遠ざかる。

 

 

 

落ちる。

 

 

 

どこまでも。

 

 

 

どこまでも。

 

 

 

――その時。

 

 

 

『シグレー!!』

 

 

 

間の抜けた声が響いた。

 

 

 

シグレ「……?」

 

 

 

視界がブレる。

 

 

 

『起きろーー!!』

 

 

 

ドンッ!!

 

 

 

腹に衝撃。

 

 

 

シグレ「ぐぇっ!!?」

 

 

 

目を開ける。

 

 

 

そこには。

 

 

 

ころね「起きたー!」

 

 

 

腹の上に飛び乗っている戌神ころね。

 

 

 

シグレ「な、何をする貴様ァ!?」

 

 

 

現実だった。

 

 

 

狭いアパート。 散らかった部屋。 朝日。

 

 

 

そして。

 

 

 

ラプラス「ふははは! 起床が遅いぞ元神!」

 

おかゆ「コンビニ行くって言ったのに全然起きないからねぇ」

 

 

 

勝手に部屋へ上がり込んでいた。

 

 

 

シグレ「何故いる!?」

 

ころね「合鍵!」

 

シグレ「誰が渡したァ!!?」

 

 

 

おかゆがスマホを掲げる。

 

 

 

おかゆ「すいちゃん」

 

シグレ「情報管理が終わっている!!」

 

 

 

騒がしい。

 

 

 

うるさい。

 

 

 

だが。

 

 

 

シグレは少しだけ黙り込んだ。

 

 

 

さっきまで見ていた夢。

 

 

 

神だった頃。

 

 

 

遠くて。 冷たくて。 孤独だった世界。

 

 

 

そして今。

 

 

 

ころね「朝ごはん行こー!」

 

ラプラス「吾輩は肉が食いたい!」

 

おかゆ「神様のおごりで〜」

 

シグレ「何故そうなる!?」

 

 

 

騒がしく笑う人間達。

 

 

 

シグレは小さく息を吐いた。

 

 

 

……悪くない。

 

 

 

神だった頃より。

 

 

 

今の方が、ずっと。

 

 

 

温かかった。

 

 

 

――To Be Continued.

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