元神様、アイドルに仕えます   作:ただの片栗粉

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天使は努力を知っている

夕方のホロライブ事務所。

 

スタジオ前の廊下には、ダンボール箱が山のように積まれていた。

 

 

 

シグレ「…………」

 

 

 

その前で、シグレは静かに固まっていた。

 

 

 

すいせい「どうしたの、神様。顔死んでるけど」

 

シグレ「聞いていないぞ……“段ボール搬入”が、これほどまでに物理的試練だとは……」

 

おかゆ「昨日ラプちゃんが“神なら余裕でしょ”って追加発注したらしいよ〜」

 

シグレ「悪魔め……!」

 

 

 

ダンボールには、

 

《新衣装備品》 《ライブ小道具》 《配信用マイク》 《ぬいぐるみ(大量)》

 

などのラベルが貼られている。

 

 

 

シグレ「ぬいぐるみだけで何故こんな重量になるのだ……人類は綿に呪いでもかけているのか……」

 

すいせい「ほらほら、文句言わない。台車使えば楽だから」

 

シグレ「台車……この鉄の戦車か」

 

おかゆ「毎回リアクションがファンタジーなんだよなぁ」

 

 

 

その時。

 

廊下の奥から、小走りの足音が近づいてきた。

 

 

 

天音かなた「すみませーん! 誰か、追加の機材ケース見ませんでした!?」

 

 

 

現れたのは、ジャージ姿の天音かなた。

 

額には汗が滲み、片手には大量の資料ファイル。

 

 

 

すいせい「あ、かなたん。レッスン帰り?」

 

かなた「うん……今日自主練長引いちゃって。ライブ近いから、まだ全然完成度足りなくて……」

 

 

 

そう言いながらも、彼女はすぐダンボールを持ち上げ始めた。

 

 

 

シグレ「待て。貴様、かなり疲弊しているぞ」

 

かなた「え? あー、大丈夫大丈夫! 体力だけは自信あるから!」

 

おかゆ「出た、握力50kg超えアイドル」

 

かなた「いやそこ強調しなくてよくない!?」

 

 

 

かなたは笑いながら箱を抱える。

 

だがその笑顔の奥に、どこか無理を押し込めた気配を、シグレは感じ取っていた。

 

 

 

 

 

 

数十分後。

 

搬入作業はようやく落ち着き、休憩スペースにはぐったりした面々が転がっていた。

 

 

 

シグレ「はぁ……はぁ……人の労働とは、何故こうも重力に満ちているのだ……」

 

すいせい「ただ筋力不足なだけでは?」

 

おかゆ「神様、意外とインドア派だった説」

 

 

 

その隣で、かなたはスポーツドリンクを飲みながら資料を見直していた。

 

 

 

シグレ「……休まぬのか?」

 

かなた「ん? あー、まだダンス構成覚えきれてなくて。次のライブ、絶対成功させたいんだ」

 

シグレ「……そこまで努力する理由は何だ」

 

 

 

かなたは少しだけ目を丸くしたあと、ふっと笑った。

 

 

 

かなた「理由なんて簡単だよ。“応援してくれる人がいるから”」

 

 

 

その言葉に、シグレは静かに目を伏せる。

 

 

 

かなた「もちろん、しんどい時もあるよ? うまくいかない時とか、自分だけ置いてかれてる気がする時とか」

 

すいせい「……あるある」

 

おかゆ「わかる〜」

 

 

 

かなた「でもさ。“待ってるよ”って言われると、頑張りたくなるんだよね」

 

 

 

静かな声だった。

 

だがそこには、積み重ねた努力の重みがあった。

 

 

 

シグレ「……不思議だな」

 

かなた「え?」

 

シグレ「我が知る“天使”とは、もっと気高く、完全なる存在だった。だが貴様は違う」

 

かなた「なにそれ、悪口?」

 

シグレ「違う。“人間らしい”と言っているのだ」

 

 

 

かなたは少し吹き出した。

 

 

 

かなた「天使なのに?」

 

シグレ「だからこそ、だ」

 

 

 

その時。

 

スタジオの奥から、突然大きな音が響いた。

 

 

 

ガタンッ!!

 

 

 

スタッフ「すみません!! 機材ラック倒れます!!」

 

 

 

見ると、高く積まれた照明機材が傾いていた。

 

下には、ケーブル整理をしていた新人スタッフ。

 

逃げるには間に合わない。

 

 

 

シグレ「危ない――!」

 

 

 

咄嗟に飛び出そうとしたシグレより先に、かなたが動いた。

 

 

 

かなた「っ、うおおおおおっ!!」

 

 

 

ドゴン!!

 

 

 

凄まじい勢いで突っ込んだかなたが、倒れかけた機材ラックを真正面から受け止める。

 

 

 

スタッフ「えっ!?」

 

すいせい「かなたん!?」

 

おかゆ「うわパワーで止めた!?」

 

 

 

ラックはギリギリで静止した。

 

だが、かなたの腕は小刻みに震えている。

 

 

 

かなた「ぬ、ぬおおお……っ、これ……重っ……!!」

 

シグレ「馬鹿者!! 無茶をするな!!」

 

 

 

シグレはすぐ駆け寄り、ラックを支えた。

 

その瞬間。

 

ふわり、と空気が揺れる。

 

 

 

見えない力が、機材の重さをわずかに軽くした。

 

 

 

スタッフ「……あれ? 急に軽く……」

 

 

 

二人で支えながら、ゆっくりラックを元の位置へ戻す。

 

 

 

かなた「はぁ……はぁ……助かったぁ……」

 

シグレ「……貴様」

 

かなた「ん?」

 

シグレ「何故、己が傷つくかもしれぬのに飛び出した」

 

 

 

かなたはきょとんとして、それから少し笑った。

 

 

 

かなた「だって、“間に合う”って思ったから」

 

シグレ「……それだけか?」

 

かなた「うん。それだけ」

 

 

 

あまりにも自然な答えだった。

 

だからこそ、シグレは言葉を失う。

 

 

 

かなた「応援してくれる人のために頑張るのも、“誰かを助けたい”って飛び出すのも、たぶん同じなんだと思う」

 

 

 

その横顔は、どこまでも真っ直ぐだった。

 

 

 

シグレ「……なるほど」

 

すいせい「どうしたの神様、急に静かになって」

 

シグレ「いや。“天使”とは何か、少し理解した」

 

かなた「え?」

 

シグレ「空を飛ぶことでも、神聖なる輪を持つことでもない」

 

 

 

彼は静かに、かなたを見る。

 

 

 

シグレ「“誰かのために動ける者”こそ、天使なのだな」

 

 

 

一瞬、空気が止まった。

 

 

 

かなた「……っ」

 

おかゆ「お〜、かなたん照れてる〜」

 

かなた「て、照れてないし!? 急にそんな真面目なこと言われると困るんだけど!?」

 

すいせい「でもちょっとかっこよかったね今の」

 

 

 

わちゃわちゃと騒がしくなる空間。

 

その中心で、シグレは小さく笑った。

 

 

 

かつて神だった自分には、きっと見えていなかったもの。

 

奇跡とは、空から与えるものではない。

 

誰かのために、手を伸ばすこと。

 

その行為そのものが、もう“奇跡”なのかもしれなかった。

 

 

 

――To Be Continued.

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