夜。
ホロライブ事務所の配信ブースでは、珍しく重たい空気が流れていた。
スタッフ「……コメント欄、荒れてますね」
スタッフB「切り抜きの一部分だけ拡散されちゃってるみたいで……」
モニターに映るのは、とあるホロメンの配信画面。
そこには、悪意ある切り抜き動画から流れてきたコメントが大量に書き込まれていた。
《調子乗ってない?》 《最近変わったよね》 《昔の方が良かった》
シグレ「…………」
少し離れた場所で、その様子を見ていたシグレは静かに眉をひそめる。
おかゆ「ネットって、時々こういうのあるんだよねぇ……」
すいせい「まぁ、配信やってると避けられない部分ではあるけど」
その時。
控室の扉が開き、トワが入ってきた。
常闇トワ「……あー、やっぱりこっちでも見えてるか」
普段より少しだけ元気がない。
それでも彼女は、いつものように強気な笑みを浮かべていた。
トワ「ま、別に気にしてないけどね。この程度」
すいせい「……ほんとに?」
トワ「…………」
沈黙。
その一瞬だけ、笑顔が揺らいだ。
シグレ「……気にしているのだな」
トワ「は?」
シグレ「我には分かる。“傷ついていない顔”をしている者ほど、心の奥では傷ついている」
トワは少し目を細めた。
トワ「……神様って、そういうのも見えるわけ?」
シグレ「昔は、人の願いも絶望も、空から見ていた」
おかゆ「重いこと言うねぇ」
トワは近くの椅子に腰を下ろす。
トワ「……別にさ。アンチとか、今さらなんだよ」
すいせい「うん」
トワ「でも、“好き”って言ってくれてた人が離れてくの見るのは、ちょっとくる」
静かな声だった。
強がりでは隠しきれない、本音。
シグレ「……信仰とは、難しいものだな」
トワ「信仰?」
シグレ「人は簡単に熱狂し、簡単に失望する。神々もまた、それに振り回されてきた」
彼はゆっくりモニターを見る。
流れ続けるコメント。
好意も悪意も、全て同じ速度で通り過ぎていく。
シグレ「だが、不思議だ」
トワ「何が?」
シグレ「貴様らは、“否定”よりも“応援”を信じようとしている」
その言葉に、すいせいが少し笑った。
すいせい「そりゃまぁね。じゃなきゃ続けられないし」
おかゆ「百個いい言葉もらっても、一個の悪意って刺さるからねぇ」
トワ「……ほんとそれ」
少しだけ空気が軽くなる。
だがその時。
スタッフ「……あ」
モニターが一瞬ブラックアウトした。
すいせい「え?」
スタッフ「配信ソフト落ちました!?」
おかゆ「うわ最悪!」
コメント欄が止まり、映像が消える。
復旧作業の声が飛び交う中、トワは苦笑した。
トワ「……はは。今日ついてないな、マジで」
その瞬間。
シグレが静かにモニターへ近づいた。
シグレ「違うな」
トワ「え?」
シグレ「これは、“届かなくなる”ことへの恐れだ」
彼は画面へそっと触れる。
シグレ「言葉とは祈りだ。画面の向こうへ届けたいという願いそのもの」
ふわり、と。
微かな光が、彼の指先から広がった。
シグレ「ならば――繋ごう」
次の瞬間。
ブラックアウトしていた画面が、静かに復帰する。
スタッフ「えっ!? 復旧した!?」
おかゆ「また神パワー!?」
すいせい「便利すぎるでしょその能力!」
コメント欄が再び流れ始める。
その中に、ぽつりぽつりと新しい言葉が現れた。
《待ってたよ》 《おかえり!》 《大丈夫?》 《配信ありがとう》
トワはその画面を見つめたまま、小さく息を吐いた。
トワ「……ほんと、不思議だよね」
シグレ「何がだ」
トワ「嫌な言葉って、すぐ刺さるのにさ。こういう一言で、また頑張ろうって思える」
シグレは静かに頷く。
シグレ「人の心とは、脆く――そして温かい」
トワは立ち上がる。
その表情には、さっきまでより少しだけ力が戻っていた。
トワ「よし。じゃ、続きやるか」
すいせい「お、復活した」
おかゆ「切り替え早いねぇ」
トワ「応援してくれる奴いるなら、止まってらんないし」
そう言って、彼女は配信ブースへ戻っていく。
その背中を見ながら、シグレは小さく呟いた。
シグレ「……なるほど」
すいせい「なにが?」
シグレ「“悪魔”とは、人を堕とす存在ではないらしい」
おかゆ「お?」
シグレ「暗闇の中でも、誰かの灯になろうとする者のことか」
数秒の静寂。
トワ「……っ、は!? な、何それ急に!?」
ブースの向こうから、真っ赤になったトワの声が飛んできた。
すいせい「あはは! トワ照れてる!」
おかゆ「神様、距離感バグってるんだよなぁ」
騒がしい笑い声が、事務所に広がっていく。
その音を聞きながら、シグレは静かに目を閉じた。
かつて空の上から見ていた人間たちは、弱く、愚かで、脆かった。
だが今は違う。
傷つきながらも、誰かの言葉で立ち上がる。
その姿はきっと、神々よりもずっと強い。
――To Be Continued.