午後のホロライブ事務所。
珍しく仕事が早く終わったシグレは、休憩スペースで静かにお茶を飲んでいた。
シグレ「……ふむ。最近ようやく、“急須”という神器の扱いにも慣れてきたな」
湯呑みを傾けながら、満足げに頷く。
その時――
ガチャッ!!
宝鐘マリン「見つけた神様ぁぁぁぁ!!」
シグレ「ぬおっ!?」
勢いよく入ってきたのは宝鐘マリン。
その後ろには、
白銀ノエル「こんにちは〜」
桃鈴ねね「やっほー!!」
ラプラス・ダークネス「ふははは! 愚民ども!」
という、妙に騒がしいメンバーが揃っていた。
シグレ「……なんだこの混沌は」
ラプラス「貴様に言われたくないわ!!」
マリンがずいっと顔を近づける。
マリン「今日はオフ組で買い物行くのよ! で、神様も来なさい!」
シグレ「断る」
マリン「即答!?」
シグレ「我は休日にまで人混みへ赴く趣味はない」
ねね「え〜! 絶対面白いのに!」
ノエル「みんなで出かけるの、楽しいよ?」
シグレは真顔でお茶を飲む。
シグレ「断固拒否する」
◇
十分後。
秋葉原のショッピングモール。
シグレ「何故こうなった……」
マリン「諦めなさい。ホロライブに入った時点で運命は決まっていたのよ」
ラプラス「ふはは! 連行成功だな!」
シグレ「悪魔め……」
人混みを歩きながら、シグレはげんなりしていた。
一方、女性陣は完全にテンションが高い。
ねね「ねぇ見て見て! この服かわいくない!?」
ノエル「似合いそ〜!」
マリン「おっ、いいねぇ。ちょっとアイドル感ある」
シグレは少し後ろを歩きながら呟く。
シグレ「人間の雌たちの群れ行動、情報量が多すぎる……」
ラプラス「聞こえるし言い方やばいぞ」
◇
数分後。
マリン「よし、次ここ行きますよ!」
連れてこられたのは、女性向け雑貨店。
シグレ「…………」
店内を見回し、彼は固まった。
シグレ「なぜこんなにも“良い香り”が充満しているのだ」
ねね「アロマショップだからだよ!」
ノエル「リラックス効果があるんだよ〜」
シグレ「ほう……つまり結界術の一種か」
ラプラス「違うと思うぞ」
マリンはニヤニヤしながらシグレを見る。
マリン「神様って、香水とか使わないの?」
シグレ「不要だ。我がいた神界では、常に清浄なる風が――」
ねね「つまり体臭ゼロ!?」
シグレ「その言い方はやめよ」
すると、店員が試供品を差し出した。
店員「よかったらこちら、お試しどうぞ〜」
シュッ。
シグレ「うおっ!?」
突然香水を吹きかけられ、神様が飛び退く。
ノエル「あははっ、大丈夫だよ!」
ラプラス「完全に猫の反応ではないか」
マリン「神様、“シュッ”に弱すぎ問題」
シグレは手首の匂いを嗅ぎ、少し驚いた顔をした。
シグレ「……花、か?」
ねね「お〜、なんか乙女っぽい反応!」
シグレ「む……悪くない香りだ」
マリン「えっ、気に入った?」
シグレ「春の神域を思い出す。昔、花を司る女神が――」
ラプラス「また壮大な話始まったぞ」
◇
さらに数十分後。
フードコート。
シグレ「……疲れた」
テーブルに突っ伏す元神様。
その前にはクレープ。
ねね「神様甘いの好きそう!」
シグレ「この“生クリーム”なるもの、甘味の暴力ではないか……」
とか言いながら普通に完食している。
ノエル「気に入ってるじゃ〜ん」
マリン「胃袋は完全に人間化してるわね」
その時。
ラプラスがジュースを取ろうとして、盛大にバランスを崩した。
ラプラス「あっ!?」
ガタン!!
ジュースが宙を舞う。
ねね「うわぁぁ!?」
ノエル「危ない!」
だが次の瞬間。
シグレが反射的に手を伸ばした。
シグレ「――詠唱破棄...留まれ」
ピタッ。
空中でジュースが静止する。
店内沈黙。
ラプラス「…………」
マリン「…………」
ねね「…………」
ゆっくりとジュースが元の位置へ戻る。
店員「えっ?」
シグレ「……ふぅ」
マリン「いや待って!? 今めちゃくちゃ自然に神秘起こさなかった!?」
ノエル「普通に時間止まってたよね!?」
ラプラス「な、ななな……!」
シグレは真顔でクレープを食べる。
シグレ「食物を粗末にするのは良くないからな」
ねね「基準そこなんだ!?」
ラプラスはしばらく固まっていたが、やがて小さく呟いた。
ラプラス「……貴様、本当に神なのだな」
シグレ「今さらか?」
ラプラス「いや、普段がポンコツすぎて忘れる」
マリンが吹き出す。
マリン「わかる!! いつも掃除機と戦ってるから!!」
ノエル「この前ルンバに負けてたしね〜」
シグレ「その話は禁句だ!!」
周囲が笑いに包まれる。
その騒がしさの中で、シグレは少しだけ目を細めた。
神だった頃、人とこうして笑い合うことはなかった。
崇められ、恐れられ、遠くから祈られるだけだった。
だが今は違う。
騒がしくて、落ち着かなくて、妙に疲れる。
それでも――。
シグレ「……悪くないな」
ねね「ん?」
シグレ「人間の休日というものも」
その言葉に、マリンがニヤリと笑う。
マリン「でしょ〜? 今度はもっとカオスなメンツで行きますからね!」
シグレ「待て。それは不穏な予告ではないか?」
ラプラス「ふははは! 逃げられると思うなよ元神!」
騒がしい笑い声が、フードコートに響き渡る。
今日もまた、元神様は少しずつ“人間の楽しさ”を覚えていくのだった。
――To Be Continued.