夜。
ホロライブ事務所の屋上。
シグレは一人、静かに夜空を見上げていた。
東京の空は明るい。
かつて神界から見下ろした夜とは違い、星の数は少なかった。
シグレ「……人の灯りが増えたのだな」
その時。
屋上の扉が開く。
さくらみこ「お〜、いたにぇ。神様」
現れたのは、巫女服姿のさくらみこ。
片手にはコンビニ袋。
みこ「ほい、肉まん。こんな寒いとこで黄昏れてると凍るにぇ」
シグレ「……感謝する」
肉まんを受け取ったシグレを見ながら、みこは隣へ腰掛ける。
みこ「なんか最近さ、夜になるとここ来てるよね」
シグレ「静かだからな。考え事をするには丁度良い」
みこ「ふーん……“昔”のこととか?」
シグレは少し黙った。
みこ「図星だにぇ」
シグレ「……貴様は妙に勘が鋭いな」
みこ「エリート巫女だからね!」
シグレ「どの辺がエリートなのだ」
みこ「今ちょっといい空気だったじゃん!?」
屋上に笑い声が響く。
だが少しして、シグレは静かに口を開いた。
シグレ「……我にも、“祀られていた場所”があった」
みこ「神社?」
シグレ「うむ」
彼の目が、遠い昔を見るように細められる。
◇
まだ、人々が神を身近に信じていた時代。
山深い村の奥に、小さな社があった。
そこに祀られていたのが、“天雨神(あまつかみ)シグレ”。
雨と豊穣、そして“人の願い”を司る神だった。
春には豊作を祈られ、 夏には雨を願われ、 冬には静かな感謝が捧げられる。
大きな神ではなかった。
だが、確かに愛されていた。
子供たちは社の階段で遊び、 老人たちは毎朝手を合わせ、 祭りの日には灯りが夜空を埋めた。
シグレ「……あの頃の人間は、不思議だった」
みこ「不思議?」
シグレ「神を恐れながら、同時に家族のように接してきた」
《今年も見守ってください》 《息子が元気になりますように》 《雨、もう少しだけ待ってください》
小さな願いが、毎日のように届いた。
シグレ「神とは本来、“願われる存在”だ。祈りが力となり、信仰が神を形作る」
みこ「うん」
シグレ「……だが、時代が進むにつれ、人は空を見上げなくなった」
便利な時代になった。
雨を予測する技術ができ、 作物を育てる方法が増え、 “神頼み”をしなくても生きていけるようになった。
社は古くなり、 参拝客は減り、 やがて祭りも開かれなくなった。
最後に残ったのは、一人の少女だけだった。
みこ「……少女?」
シグレ「毎日、社へ来る子供だ」
まだ小学生くらいの女の子。
赤い髪を揺らしながら、毎日のように神社へ来ていた。
《今日ね、学校でね!》 《みこ、将来すごい巫女さんになるんだにぇ!》 《だから神様、見ててね!》
みこ「…………」
シグレは、ゆっくり隣を見る。
シグレ「覚えておらぬか?」
みこ「……え」
さくらみこの目が、大きく見開かれた。
シグレ「転びそうになりながら石段を登り、“にぇ!”と叫んでいた幼子を、我は知っている」
みこ「う、そ……」
彼女の脳裏に、幼い頃の記憶が蘇る。
山奥の小さな神社。
夕暮れ。
誰もいない社で、毎日ひとり喋っていた自分。
みこ「……あそこ?」
シグレ「うむ」
みこはしばらく言葉を失っていた。
みこ「じゃ、じゃあ……ほんとにいたの? あの神様」
シグレ「いたとも。毎日騒がしい娘だと思って見ていた」
みこ「うわ最悪!! 黒歴史見られてた!!」
シグレ「毎回団子を供えたあと、自分で食べていたな」
みこ「やめろぉぉぉぉぉ!!」
顔を真っ赤にして暴れるみこ。
シグレは珍しく楽しそうに笑った。
だがその笑みは、少しだけ寂しそうでもあった。
みこ「……その神社、今は?」
静かな問い。
シグレ「もうない」
風が吹く。
シグレ「人が減り、山道も閉ざされ、社は取り壊された」
みこ「…………」
シグレ「最後の日まで来ていたのは、貴様だけだった」
みこは俯く。
みこ「……ごめん」
シグレ「何故謝る」
みこ「だって、みこがもっとちゃんと通ってたら……」
シグレは静かに首を振った。
シグレ「違う。人は前へ進む生き物だ」
彼は東京の夜景を見る。
シグレ「神とは、“忘れられるもの”でもある」
その声には、不思議な穏やかさがあった。
怒りでも悲しみでもない。
長い時間を経て、受け入れた者の声音。
みこ「……でも」
みこは小さく拳を握る。
みこ「みこ、忘れてなかったよ」
シグレ「……」
みこ「ちゃんと覚えてる。あの神社も、お願いしたことも、“神様がいる”って信じてたことも」
その言葉に、シグレの目が少しだけ揺れた。
みこ「だからさ」
彼女は笑う。
いつもの、少しドジで、でも真っ直ぐな笑顔。
みこ「また見守ってよ、シグレ」
静かな沈黙。
やがてシグレは、小さく笑った。
シグレ「……うむ」
その瞬間。
夜風がふわりと吹き抜ける。
どこか懐かしい、祭りの日のような暖かな風だった。
遠い昔、山奥の小さな神社で。
幼い巫女が届けていた祈りは。
確かに、今も神へ届いていた。
――To Be Continued.
ちょっと無理シグレ様とみこちを繋げてみました。
今のみこちの電脳桜神社とは別の神社なのでご安心を...