ある聖女の記録   作:黄金りんね

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聖女と夜霧

 ほろ酔い気分で、風にあたる。寒い風が、ちょうどいいくらいだ。パレードも終わり、今は劇団が物語を公演している。――愚歓劇だ。道化の滑稽話で、皆を和ませる。時に権力批判を織り込み、そのブラックなユーモアが人々の活力にもなりえる。演目は騎士の礼賛だろうか。厳格な家で生まれた騎士だが、見栄っ張りな性格でトンチキなマナーを教えられて聖堂で恥をかくというものだ。

 見ながらくすくす笑っていると、隣に大きな影が並んだ。

 

「滑稽話は好きか、エリザ」

「ゲレーデン……先生」

 

 私の育ての親である、ゲレーデンである。前は口論で終わっちゃったので、少し気まずい。劇場に目をやって、視線から逃げる。

 

「デュラハンを倒したそうだな。竜王も」

「竜は必ずしも教会の敵ではありませんが……デュラハンと盟約を結ぶなど、許されませんから」

「構わんさ。――それより。奇跡の多用が過ぎるぞ。ずいぶん憔悴していたようだが」

 

 先生には、何もかもお見通しなようだ。

 

「まったく、そんな状態で酒など飲んで――それも、あんなはしたない飲み方をする奴があるか! 教会の大司教がこれとは、つくづく情けない……」

 

 そういいながら、笑っている。本気で怒るつもりはないらしい。

 

「年始まで休むといい。働きすぎれば、いつか糸が切れる」

「切れません。魔族を滅ぼし、魔王を倒すまで。私はそのために生まれてきたんですから」

「エリザ。人間に全うすべき使命なんてものはない。それは人間が作ったものだ」

 

 そっか。先生は、私のことを心配してくださっているのだ。ありがたい話だ。

 

「先生。ご心配は受け取りますが……でも、大丈夫です。魔族の侵攻が苛烈になるのに、どうして休めましょうか」

「――は?」

 

 おっと。酔っているからか、口が軽くなっている。

 

「デュラハンは、魔王がお怒りだといっていました。人間など、あの害獣にとってはただの獲物のはずなのに。殺すだけの素材のはずなのに。それを、連中は敵として認めた。優れた狩人に過ぎないデュラハンごときじゃなく、きっと本当の精鋭を放ってくるようになります。――まぁ、万集めたところで私一人すら殺せない獣が、何をしようと無意味ですけどね」

「……そうか。わかった」

 

 ゲレーデンは、それを聞いてため息をついた。

 

「お前みたいな少女に、世界の命運が託されている。残念だが――既存の魔法や、奇跡の体系では人類は魔族に勝てないのだ」

「――悲観する必要はないでしょう。私の生きているうちは、時間稼ぎもできますから」

「……いや。中央でも南方でも、退魔の技術が新たにつくられ始めている」

 

 ゲレーデンは、中央の事情に詳しい。昔は偉かったりするのだろうか。

 

「まぁ、なんであれ。お前の負担を、少しでいいからみんなに分けることだ」

「先生。ありがとうございます」

 

 さて。寄進も、聖罰も。できる人だけが、力いっぱいすればいい。私の負担など、軽い。

 例えばだが、食事に事欠く人が現にいる。圧政に、暴力に、病に喘ぐ人がいる。私は、圧政も、病も癒せる。大司教として、私はすでにすべきことの多くをできていない。魔族を優先しているのは、退けることをできるのが私しかいない……とは言わないが、私より効率的にできる人はいないのだ。圧政は監察官に。病は司教に癒してもらう。食事は、できるかぎりの支援をしている。中央での穀物収穫高を調べ、穀物の価格基準を決定する。その多くは教会で購入し、貧者に分配する。

 そうした政策は私になる前から進められてきた。私は、そういった面で何一つ動けていない。

 

「――私は、恵まれています」

 

 よき人、強い力、ただしい環境。すべて、偶然手に入ったものだ。ふるっているのは私でも、この力をふるわせている者は私ではない。

 芝居の騎士が、有り金をすべて領民に配って、滑稽な踊りをしていた。皆が、笑っている。

 

 

「これが、正しい」

 

 私が行く道が間違いなわけがないんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 教会の秘匿せし十二の奇跡。

 

 聖霊結界。清浄の奇跡。他のどれもが、きわめて強力な力で、聖句を唱えねば決して起こすことのできない奇跡。奇跡というものは、他の代替手段がないものをいう。

 

 奇跡は、本当は十三であった。一つが、魔法により再現されたため、その座を失った。神の子が起こした奇跡と、かつてから現存する聖堂二百をつなぐ奇跡。聖堂と聖堂の間を一瞬で移動し、かつての迫害から逃れた、「秘められた瞬間移動」の奇跡。

 魔法による転移門が開発され、座を失った。

 

 奇跡である限りは、邪な思いをもっている者は裁きを受ける。だが、魔法であるならばその限りではない。深夜。聖堂に、何かが入り込んだ。魔法が、清らかであるべき大聖堂で使われている。

 

 私がその気配に気づいた時には、すでに状況は終わっていた。身を起こした私の首筋に、冷たい刃が添えられていた。

 

「聖女ルミーリアだな。貴様を殺す」

 

 その言葉は、無機質で、極めて冷徹だった。残る魔力から、相当な手練れであることもわかる。

 

「大司教を殺して。そのあと、あなたはどうするおつもりで?」

「生きられるとは、思っていない。せいぜい抵抗して見せるさ」

 

 思わず、笑みがこぼれた。決死の暗殺。どうせ魔法協会とか、そこら辺のしょうもない邪教集団とかなんだろうな……。

 

「魔法でコーティングした刃。とことん奇跡を嫌っているようですわね。私と真逆。魔法なんて、嫌いですわ」

「お前の戯言に付き合う義務はこちらにはないわけだが?」

 

 首筋に、ちくりと痛みが通る。

 

「そう言わないでくださいな。――私には最後に確認しないといけないことがあるのですから」

「……」

「ほかに、だれかころしましたか?」

 

 私の言葉に、暗殺者は返す。

 

「いいえ、私の標的はあなたです」

「そう。ならば潔く死ぬとしましょう――」

 

 私の言葉に、暗殺者の動きが止まる。

 

「なぜ、だ? なぜ、そこまで落ち着いていられる」

「奇跡が私の許を去っていませんから」

 

 私は、間違って死ぬわけではない。この死は、人が人に与える死だ。

 

「私が正しく使命を遂げたということです。ルミーリア・フォルテ・エリザはデュラハンを討ち取り、冬至で笑いあう人を見て死ぬ。それが天意であれば、逆らうことはありません」

 

 できなかったことはできなかったが、すべきことはすべて成しえた。それが、私の末路ならば。それでよい。

 

「でも、そうですわね……クリスは、私のことを心配してくださっているかもしれませんから――。私が謝っていたとだけ。伝えてください」

「――っ、おまえ、は、本当に――?」

 

 暗殺者の腕が、だらりと垂れた。急いで、距離をとる。治癒の奇跡を回して、首筋を癒し。いつ何が来ても瞬時に再生できるように警戒する。死んでもいいとは思っているが、死にたいわけではないからな。

 

「私に暗殺者の資格はない。――お前の言葉に、嘘偽りを感じなかった。お前は、真に聖女だ」

 

 その言葉に、ない胸を張って答えてやる。

 

「あら、そう? 私、自分が聖女だってことだけには自信があります。――夜と霧よ、すべてを隠せ。あたかも何もかもがなかったかのように。誰も彼を知らぬがごとく――だが、神のしるしだけは隠せない。私は、すべての主であるが故に」

 

 暗殺者は、自分の正義を失ってしまったらしい。また回心させてしまったか……。

 

 いや、なんでだ……?

 

 

 

 

 

 

 

 教会が下手人でした。暗殺者が洗いざらい吐いてくれました。いい子である。……てか、夜霧ってなんだよ。教会に異教徒がいて、異教徒が人を殺したりしてたってことも、それを指示してるやつらがいるってこともめちゃくちゃ気に入らない。

 そして何より。

 

「――魔族討伐に余計な茶々をいれましたね、中央教区が」

 

 ――北方教区(わたしのなわばり)に、土足で立ち入った。許しておけるはずがない。この教区は、私が教皇台下から直々に賜った我が血肉。主の御心そのものである。

 誰に、何をしたか。大司教ルミーリア・フォルテ・エリザが預かる聖堂で、下賤な魔法を使ったことも。聖者を害そうとしたことも。何もかも、許しておけない。決して、決してだ。

 

 聖堂に一人で歩く。白の聖衣に、銀色のブレスレット。

 

 十三の奇跡。門を開き、私が片を付ける。

 




異教徒 聖衣を着ても、神と聖人以外を信仰したら異教徒。そういう仕組みをうまく利用して暗殺とか暗躍をしてるバカもいるみたいだけど、ちゃんと異教徒判定を食らっている。

夜霧 暗殺者。敬虔な信徒を自認しているが、異教徒判定。ゲレーデンみたいに回心しないと奇跡は使えない。

聖女 自分が殺されるとかはさておき、信仰に泥を塗ったのが教会だったことが分かってキレている。今回は運が良かったが、運が悪かったら受肉してしまうところだった。
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