聖女暗殺未遂事件! 聖女いわく、犯人は下賤な魔法研究者――。その一報は、やはり世界を駆け巡る。そう。聖女は執行者をとらえている。つまり、中央教区の人間は首根っこを掴まれたのだ。
「――しくじったな、愚か者め! あの聖女を排することができずに、何が夜霧か! クソ、くそぉ!」
男は、新聞を見て泡を吐きながら怒鳴り散らす。自身の邪悪な計画が阻まれたと知り、怒りをあらわにした。
「早まりましたな、ゴティエ司教閣下」
こつん、と靴音を鳴らしながら入ってきたのは――白の聖衣の、鼻の曲がった老人だった。
「す、枢機卿猊下……」
「あなた方のせいで、北方教区の司祭たちは嚇怒している。聖女様はことを大事にしたくないがゆえに、矛を収めるつもりのようだが……」
「そ、それは……その、違う。聖女は魔女なんだ! あれは、魔法に精通し、異教を崇拝している!」
「恥を知れ! この痴れ者がッ!!!!!」
枢機卿の大喝に、ゴティエと呼ばれた男は飛び上がる。
「私が北方にどんな条件を飲まされたかわかるか? 私が、中央が、どれだけ北方に譲歩したかわかるか? クソ、貴様らごとき小物が早まったせいで……許さんぞ、不信心者が……」
「――なぜあなたは私に問うのか。あなたはすでに神のしるしを見て、受け取っているではないか。なぜまだわかろうとしないのか。信仰の薄きものよ。なぜ、疑うのか――へぇ、これが私を殺そうと計画された方ですか。本当に、教会の聖衣を着ているんですね、ふぅん……」
赤い目が、枢機卿の後ろで輝く。純白の聖衣。真珠のように輝く髪。おっとりとした目に、つんとたった鼻。少女と言って差し支えない無邪気な表情の中に、ひどく酷薄な――。否、狂信者の熱がともった目が、強烈に男を睨みつけていた。
ルミーリアが、口を開く。
「移動の奇跡を使えば、暗殺は完全に成功していましたわ――。ええ、そうでしょうとも。魔法を使って転移門を開いたということは、つまりは神罰を受けるとわかっていたからですわね、不信心者よ。――枢機卿猊下と私が、三度あなたの信仰の薄さをとがめました。なぜ、未だ聖衣を着ているのかしら――」
イチジクのブレスレットが、薄く輝く。奇跡を以て信徒を殺すことはできない。神の懲罰が死を招くから。魔法を以て信徒を襲えば、異教徒として神の裁きはくだらない。異教徒を滅ぼすことは、地上の子らの役目であるがゆえに。神は自ら手を下さない。
異教徒に成り果てたものであれば、奇跡は人をも殺せる。
「――主は丘の上で、三日間休まれた。その時、傍らでこうささやくものがいた。『私にひれ伏せば、世界のすべてをあなたの国としよう』。主は、こう仰った」
ルミーリアが、怒鳴った。北方でも、下手をすれば魔族相手にも見せぬ激怒である。
「――悪魔よ、我が前より失せよ! 汝は、七日の後に父より見放される。汝は、最後の戒を破った。何故偽りを述べるのか。何故形を偽るのか。次に、我が前に同じ姿で現れた時――怒りに満ちた懲罰をもって、災いを下す。その瞬間に――」
ブレスレットが光を閉ざした。ルミーリアが詠唱を辞めたからだ。
「……いいえ、ここまでです。私は異教徒であっても、力を人には向けませんから」
枢機卿に一礼して、聖女は姿を消した。
枢機卿は、熱い息を吐いた。怒りが覚めやらぬようだ。
「……貴様の下らん行動のせいで、あの聖女は中央においても枢機卿の地位を得た。北方大司教にして、中央教区王都第三区域の枢機卿。ヘルべチア大学の名誉学長の地位に、北方の不輸不入権。――中央教区は、もはや力を失った。聖女に骨抜きにされたも同然だ。教皇台下は、もとより争う気がない。何もかも、お前のせいだ。無様に死ね」
やってきました王都! ずっと来てみたかったんですよね、にぎやかなところだって言いますし……。
「まさか教会が下手人とは思いませんでした」
ほんと許せない。信仰に泥を塗るってのが許せないですよね。というわけで、北方に魔族が来る前に王都で物資補給とかいろいろやっておかないとね……。
奇跡を使っての移動ならば、いきなり中央大聖堂までひとっとびである。うん、やっぱりこの手に限る。さて、舐めた真似をしてくれた異教徒にお仕置きしてやった。
夜更けに門を開いた無礼はとがめられない。私が大司教「かつ」聖人だから。そして、私の糾弾を皆が受け入れるしかなかった。
私は中央教区にも食い込み、余計な手出しを阻むことができる。
小さくため息をついて、椅子に座る。ふかふかのいい椅子だ。贅沢しているな、この教会。金をこんなところにかけるなんて、つくづく清貧の心構えがない……っと。
私のはらからにょきりと刃が生えた。
「こ、この期に及んで暗殺ですか……」
「死ね。ただ死ね。すべて、神のためだ」
最後の反撃に、血をがぼがぼ吐く。あーあ。白い聖衣が汚れちゃった。赤に格下げである。
「夜霧、でしたか」
教会の暗部とやらだ。暗部ってなんだ。教会に暗いところなんているのか? あまねく光を授ける場所じゃないのか? 暗きところなどあるべきじゃないだろ。光あれ――。
腹を引き裂いたくらいで、死ねたのなら暗殺も成功でしたが。
「それでは、参りましょうか」
許しておこうと思ってたけど。もうダメだ。流石に許容できない。腐りすぎだ。中央教区は私がいただく。魔族が滅ぶまえに、このままでは教会が滅びる。昨日の今日でするのは嫌だが、治癒術式を回しながら聖句を唱える。片方は詠唱を行うこと。これだけでもだいぶ体への負担は軽減できる。
聖句を唱えての奇跡発動とかめちゃくちゃ久しぶりだ。
「――告げる。我がのちに、最も偉大なものが現れる。そのものは、天の御座に座りしもの。大いなる門をくぐるもの。大いなる門を築き、我らを招くもの。そのものに比べれば、我ははるかに小さい」
「クソ、この傷でどうして――」
腹に、幾度となく穴が開く。腹が引き裂かれる。臓物がこぼれる。知ったことか。立ち上がり、戸を蹴破る。幾人もの聖職者が、私を見て驚き、そしてひれ伏す。
「我は御座の埃を払う箒である。我は身姿を整えるはしためである。これよりのちに現れるものこそが、主にほかならぬのだから」
聖堂に続く扉が、吹き飛んだ。
「――偉大な神殿を打ち立てしものよ! 汝らの神殿は、礎なく建てられた。誰が、家を建てる時に沼に立てるだろうか。あなた方は沼に家を建てられた! いずれ、主があなたの家を見て、言われるであろう。その時、裁きは下される。我が言葉をきき、姿を見て悟らぬものよ。――主の判断を仰ぐがよい!!!」
教皇の前で、なお私を刺し続ける愚か者と、絶叫する信徒。そして、顔を青くする枢機卿が何名か。聖誓の約定。異端審問における、最大の聖句。この聖句を唱えたものは、心に背く言葉を口にしてはならない。
聖堂でこれを使うということは、命を懸けて教会の正邪を問うている。私は、命を惜しいと思ったことはない。
「……教皇台下。聖句に誓い、私は悪事を企ててはおりません。ですが、教会は血で穢されました。――どうするべきでしょうか。主は、この醜態を見て、神殿をお残しになられるでしょうか。私の言葉は、あなた方への脅しでしょうか。誓いましょう。すべて主のためです。私に、我がごとを考える余裕はありません。私ははらわたを以て主に捧げものをするものです。台下。この事態を、いかにして収めるべきでしょうか」
教皇は、震える舌で、そっとつぶやいた。
「わ、わた、私は……私の代で、こんな、こんな……神に恥ずかしい。私は、生まれるべきではなかった。座を清め、あなたのために譲ろう。あなたが、世の救い主である」
その言葉と同時に、暗殺者は崩れ落ちた。命が絶えている。……神罰である。まさか、この期に及んで聖句を唱えようとしていたのか。
「――到底、私のような若輩者に務まる仕事ではございません」
中央の争いを続けても、私に益はない。中央に私が居座っても、北方に救いはない。さて。ちょっとした意趣返しというか、お手伝いしてもらおうか。
「ですから、我が太師をその席に座らせましょう。ゲレーデン・ザルツバート司祭が今より教皇ということで」
荷物を分けてやる。私を補佐したいなら、隠居暮らしを楽しむべきではないだろう。くそ爺!
聖女様 まどろっこしいことは嫌い。政治なんてわかんないけど、信仰の足りない奴は許しません。治癒しながら聖句唱えて教皇に神の審判を突きつける天意の代行者になってしまった。何故か一番痛い思いをしている。
受肉の奇跡 聖女は暗殺で死ぬようなタマじゃなかったので出番なし。