ある聖女の記録   作:黄金りんね

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聖女の帰還

 北方の大司教、腐敗した中央教区を救う! はらわたをこぼしながら! このニュースが世界を駆け巡り、帰ってきた私を襲ったのは怒号だった。爺さんは教皇就任の報せを聞いて顔を真っ赤っかにして怒り、クリスは私の血まみれの聖衣を見てめちゃくちゃ泣き喚いた。

 どうして……?

 

「このバカ! 治癒の奇跡で疵一つ残らないからって、そんな無茶していいわけないでしょ! 護衛もつけずに、一人で勝手に王都? 最低です!」

 

 クリスが顔を真っ赤にして涙を流しながら、ぽこぽこ殴ってくる。私は弁解する。

 

「痛いのは痛いですが、聖人がこの程度で死ぬわけないので」

「痛い思いをして解決する必要がないでしょ! 余計なものを背負うな! 聖女っていうなら、血じゃなくて知恵を使いなさい!」

「えと、枢機卿ですよ私……敬語は……」

「言われておけ愚か者。お前は言ってもわからんようだからな」

 

 にやにやと笑っているのは、白い聖衣の爺。ゲレーデン・ザルツバート。

 

「……台下に置かれましては、早く教区を治めるべきではないでしょうか……?」

 

 私の言葉に、ふふんと首を振るゲレーデン先生。

 

「まったくだ。だが、老体に奇跡は響く。のんびり馬車で行くさ」

 

 爺さんを教皇にしたのは間違いだったか……! 私の後悔をよそに、クリスが胸元で泣き続けている。ぽこぽこ殴ってくる。

 

「痛い、痛いですってクリス……、クリスって私のことをあんまり好きじゃないのかなって思ってましたが……あっ」

「は? 誰が、誰を好きじゃないって?」

 

 額を手で覆いながら、「主よ……」とかつぶやいているゲレーデン。いや、わけわからん。

 

「いや、貴族様が平民上がりの信徒に傅くのは、プライド的に屈辱でしょう……」

「愚か者……愚か者すぎる……信心が取り柄の無学な小娘よ……」

「……嫌いな人のためにこんなに泣けるなら、聖人と呼ばれるべきは私になりませんか? 枢機卿猊下」

「げいかって……ちょっと、えっと、そうですね、信仰心さえあれば聖人と信徒に区別なんてきっとありません」

 

 私の回答に、ますます眦を吊り上げるクリス。とうとう笑い出すゲレーデン。

 

 ほんとに、どういうことなんだ……?

 

「ってか、聖女様。跡形もなく治癒できるんですね。ひょっとして、これまでの戦いも……」

 

 ……いや、こないだの冬至くらいだよ、殺されかけたのは。自分の奇跡で死にかけたことは度々あったかもしれない。

 ごまかしておこう。

 

「さて……。どうだったんでしょうね? クリスだって私は見たことありますわよね? これまでの魔族は、指先一つです」

「ゆびさき……? こほん、とにかく。これからは、勝手が違うわけですね」

 

 クリスは私をぎゅぅっと抱き寄せながら頭をポンポンしてくる。殴ったことを悪いと思っているのだろうか?

 

「まぁ、強さで言えば大きくは変えられないでしょうが……おそらく、私対策の魔族が増えるでしょうね」

「それは良かった。じゃあ、――こうしましょうか。私が檄文を書きます」

 

 

 

 聖女は帰還し、枢機卿位を利用し北方を枢機卿区へと変更。より強化した権限を以て、布告を発した。

 

「魔族の脅威は去らず。未だ魔族はますます盛んなり。奇跡だけでなく、戦士を募る。魔法使い、異教の奇術を扱うもの、これを認める。人類は皆等しく魔族を怨敵とするものであり、境なし。魔族を滅ぼし、魔王を討つことが人類の急務である。志高き戦士を募る。北方枢機卿が、聖樹軍を起こす。防衛の冬は終わる。春より攻勢に転ずる」

 

 第七次聖樹軍。第一次北方聖樹軍と呼ばれる人類の反転攻勢が始まる。

 

 

 

 

 

 冒険者ギルド、「水晶の牙」。一流ギルドの見習い槍使いが、檄文を拾って走ってきた。

 

「旦那ァ! 聖女様が、戦士を募っています! これは俺たちも加わるべきじゃないですかい?」

 

 見習いの名はライオス。ちょっとした恩を聖女に受けている。隻眼のギルド長、レグルス・ゴールデンバックはにやりと笑っていった。

 

「水晶の牙は解散だ。――これからは、『エリザの牙』だぁ!!!」

「う、うおおおおおおおお!!!!!!」

 

 槍使いはバカが多い。全員、とある聖人に命の借りがあった。――余談だが、エリザの牙という名前は聖女本人から直々に「恥ずかしい」といわれ、却下されている。

 

 

 

 

 

 救国魔法連盟。奇跡は信心という選民思想を以て万民の救済を拒んでいるという主張をしている民間信仰団体である。そこには、世界を渡る救世主の伝説があった。

 

 救国魔法連盟は、長らく救済の魔法を研究し、ついにその思いは成った。

 

「あれ、俺は確か、帰り道で……」

 

 学ランの少年。神城ひじり。きょろきょろとあたりを見回す彼が、魔法使いとしての「勇者」として頭角を現したのは南方教区、魔族との戦いが続く辺境。

 未熟で、少しだけ臆病な少年は。聖女の噂を聞き、魔王討伐の決意を固める。

 

「――俺が、元の世界に帰還するためにも」

 

 

 

 

 

 

 聖女による檄文を読み、無精ひげを生やした男が豪気に笑みを浮かべた。

 

「エリザのくせに、こんなことするか……?」

 

 放浪騎士。王立騎士団に所属し、しかしふらふらと諸国を漫遊しては気ままに旅をする落第騎士。だが、その技術は圧倒的だと人はうわさする。

 

「……クソ、久々に会ってみるか。……腹決めて、逃げるのはやめだ」

 

 漫遊のアルベール。彼にとって、エリザの姿は昔から変わらない。いたずら好きで、乱雑で、でも、誰よりも優しい妹分である。

 

 

 

 

 

 

 

 北方討伐は熾烈を極めた。きわめて悲惨な結果だと評する者もいれば、魔王討伐のために仕方なかったと言うものもいる。この遠征を企図したといわれる、クリスの日記には凱旋の日の記録が、ただ一言で残っている。

 

 ごめんなさい。

 

 




反転攻勢も正解。徒党を組むのも正解。クリス。あなたは、間違ってなんかいない。
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