ある聖女の記録   作:黄金りんね

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聖女様の転生前のお話もややこみ。ちょっとだけ胸糞かも。


聖女じゃないならただのゴミ

 ――あいつ、リスカしてるらしいぜ。

 

 聞こえてくる声に、長そでを掴む。それが原因で隠してはいない。傷跡が恥ずかしくて、人間を続けられるものか。俺が隠しているのは、殴られた跡とやけど。

 早く授業が始まればいいのにと祈りながら、寝たふりをして皆を無視した。

 

 ――ちょっと来い。

 

 兄貴が、俺の髪を掴んで、浴室まで連れていく。抵抗しても無駄だと、体は動かない。浴室に顔面を突っ込まれ、がぼがぼともがく。

 

「お前がさぁ! 弟ってだけでぇ、めちゃくちゃ恥ずかしい思いしてるわけ。わかる? クソ、まともな家族じゃなかったせいで、俺まで……あぁッ、だめだお前。殺すぞ。おい、聞いてんのか!」

 

 俺の家族は、半ば崩壊している。否。崩壊しっぱなしだ。

 

 きっかけは、小学校のころ。いじめられている子を助けて、それからいじめは俺に向いた。いじめの標的は定期的に変わる。ただ、俺はその定期を耐えられずに――大きな暴力事件を起こしてしまった。

 失明した同級生と、その慰謝料。町からつまはじきにされ、母親は精神を病み、父は兄と俺に暴力を振るうようになった。兄も、俺を疎ましく思うようになった。

 結果として、俺も少し……臆病になってしまった。

 

 

 人と関わりたくない。家に帰りたくない。外にいたくない。どこにもいたくない。

 

 

 いじめられる方に理由があるとかないとか。そういうのって、あんまり関係なくて。俺が思ったのは、かばったせいでいじめられたとか、あの時ああしなきゃよかったとか。もっとうまく立ち回れたらとか。

 本当に、自分勝手な言い訳ばかりが浮かんできた。

 

 

 そんな自分勝手な自分が死ぬほど嫌いだった。きっと、成功者とか、立派な人っていうのは。苦難の中でも自分を信じられる人のことだと思った。

 

 

 

「もういいや。死ね。お前、いいわ」

 

 浴槽に落とされたドライヤーを見ても、何が起こるのかがわからなかった。俺は、どうなったんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――今でも、覚えている。私が「俺」だったころの記憶。

 

 あれが私の正体。あれが私の本性。意地汚いのはいつもの私。他人を言い訳に使う私。そして、愛される価値なんてない、正しさのかけらもない私。

 自分の本性は自分がわかっている。

 

 ――救われた。この世界で、愛されて育ち、愛を受け、生を受けた。恩寵に他ならない。これは、神が下さったすべてをやり直す機会。

 私は、この世界ですべてをいただいた。

 

 

 

 

 奇跡を使うたびに。祈りを唱えるたびに。私の心には怯えと恐れがある。いつかきっと、この身体は、魂は裁きを受ける。神に見放される時が来る。皆の愛を受け取れなくなる日が来る。

 

 私を、見捨てないで。

 

 神に祈る。皆に願う。――こんな浅ましさをあざ笑うように、魔族は家族を奪った。

 

 祈るだけではだめだった。聖句を覚え、神の意をくみ、隣人を愛し、人をめでる。楽しみを楽しみ、苦難を嘆く。私は主の座を清め、皆のために家を建てる。

 

 いつかきっと、本当の意味での救いが来る。痛いのも、苦しいのも。魔族を殺すとか、そういうのも。したいわけじゃない。向き合いたいわけじゃない。でも、そこから逃げて。逃げたらきっと、この夢みたいな世界が覚めて、私が俺になってしまう日が来るんじゃないかと思ってしまう。

 

 私の腹の内を知って、それでも聖女様と呼んでくれる人は、いない。

 

 私は愛を受けている。それは、エリザが受けている愛なのだろうか。エリザの為す御業が受けている愛なのだろうか。きっと後者だ。そして、神が望むのも。奇跡を為す私だ。……チート無双でいいじゃないか。それが役割なのだから。それが、私のここにある価値なのだから。

 

 

 皆が怖い。私をきっと裏切るであろう人の群れが怖い。

 

 おねがいだから、わたしをみすてないで。

 

 

 結局のところ、わが身可愛さで力をふるっている自分を許せない。こんな私が、聖女だなんて、ちゃんちゃらおかしな話だけれど。

 ――それを望まれているならば。聖女でも、聖人でも。なんでもいい。

 

 

 

 目を覚ます。隣を見ると、クリスがすぅすぅと息をしながら眠っていた。

 

「……もうちょっとだけ、眠ろうかしら」

 

 あれから、クリスは要人暗殺の危険性を鑑みて添い寝をするようになった。お前がいるから何が変わるんだ、という正論は言わなかった。隣に人がいると、あたたかくて涙が出そうになる。

 痛いのは嫌いだ。戦いも、苦しいのも。――でも、それでも。

 

 やるべきことをやって、大事な人が守れるなら。

 

 そういえば、ちょうどベアトリスも隣で寝てくれたのを思い出す。そっと、クリスの頭をなでてから、もう一回目を閉じる。

 聖句を唱えなくても。何をするわけでなくとも。ここにいられることが、奇跡だと思った。

 

 

 このあいだクリスの言っていた「聖樹軍」は、かつて異教徒を打倒するために教皇が組織した大規模遠征隊である。約束の国家、悲願の王国と呼ばれたアルティアを奪回するための遠征だが、結局野望は果たせず、その後結成した教皇は奇跡の行使の際罰された。

 

 それからは背教軍として結成されることは減ってしまったが。私が誓言を成功させ、教皇を退け、はらわたを神にささげたことを以て神威を示す遠征隊が必要だと言えば寄進も増え、魔族も倒せると考えたらしい。

 

 さすが貴族。私にはない発想だ。だが、魔族との闘いは私でも死にかける程度には難しい受難。私対策をした結果、ほかの軍人には弱くなるとかそういうことはないはずだが。

 火力をあげる必要があるかもしれない。非効率な火力手段もあるにはある。身を焼いて、相手を浄化する奇跡とか。いろいろあるけど、あんまり使える気がしない。指向性のない範囲自爆なんて、集団戦でやるやつはバカだと思う。

 

 まぁ、竜踏をはじめとする教会武術はありかもしれない。空を蹴る竜踏(ロンド)、打撃を討ち飛ばす葬討(ソナタ)。ここら辺は奇跡による肉体強化だけで放てるコスパのいい攻撃手段だが、あまり得意じゃない。なんか、対人戦を意識しすぎているというか……。あれ、これって夜霧の術か? なんか嫌な気分である。……となると、神罰を受けるべき人間にも使える術なのか。生身で使えるかもしれない。

 

 うん、奇跡を回しっぱなしにする戦法は少し継続戦闘に向かない。遠征を起こすなら、新しい戦い方を考えようか。

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