北方教区に、これまでの侵略を耐え抜いた戦士たちが集う。精悍な顔つきの大丈夫から、闇を抱えた魔法使いまで。様々なメンツが、門をくぐった。
ここは、領主の城、北方教区最大の貴族、セレナディア辺境伯の領都。要塞都市セレナディアの中心に位置する高楼から、下を見やる。四方の防壁と、張り巡らされた堀。整備された要塞内部と、防壁の外にある無秩序に形成された市街地。そして、田畑。別の荒野には、――軍営のテントが並び始めている。
私は、その様子を見てふぅとため息をついた。
「あれだけの人数、養っていられる財力なんてありませんが」
「聖女様って困ってる人を見つけるとすぐお金を使っちゃうよね、バカ」
私をバカ呼ばわりする小娘は、辺境伯の娘、リゼル嬢である。さすがの私も……けがれた神殿は踏み壊せても、もとより穢れた俗物の城をぶっ壊すほど愚かではない。こいつらは奇跡では贖えない価値を持っているからな。権力と財宝。……統治の価値を否定するほどに私は愚かであるつもりはない。が、この子の発言は不信心にもほどがある。桃色の髪の毛に、傲岸不遜を体現したような表情。私と同じくらいの背丈だが、肉づきは私よりいい。たんぱく質をたくさん摂取しているからだろう。
「ば、バカ……? 信仰に基づいた慈善が、お、愚かだとおっしゃいますの……?」
「あぁ~? 怒っちゃったの? 聖女様、信仰をバカにされて、寄進を勧めに来たのに貴族の小娘相手に怒っちゃうんだ……ふぅ~ん」
こ、このクソガキ――ッ! つくづく小癪である。銭を蓄えて現世だけの楽しみを求めてる俗世の愚か者がよ……。いや、北方貴族にそんな金銭的余裕はないか。
「なんという冒涜……厚顔無恥とはまさにこのことですわ」
「……? なにそれ。キンタマに鞭って新手の拷問?」
クリスをちらと見る。表面上は笑顔だが、口がぴくぴくしている。うん、切れてる。だよね、これもう、怒ってもいいよね……?
「とはいうけどね。教皇に傀儡を立てて権力を牛耳る手腕。王都でやりたい放題して、それができるにもかかわらず戻ってきた郷土愛。うん、いいわ。――父上もきっとお認めになるはずよ。今回の聖樹軍は、辺境伯領をいずれ独立させられるいい潮だわ」
……? なにそれ。かいらい……? 郷土愛……? ちょっとよくわからないけど、まあいいか。
「リゼル様。……あなたのこの土地を愛する心を、そのありようを私は尊いと思います。――お力をお借りできて光栄です」
「……あっそ。あぁ、そうだ。うちの贔屓の商人があなたに会いたいって。小癪だけどだいぶお金も持ってるし、寄進を頼んでみたら?」
そういって手をふらふらと振って見せる少女は、大貴族ではあるが……同時にかなり傲慢で、獰猛さを隠そうともしない。
それもそのはず。セレナディアは代々、魔族に立ち向かい続けてきた軍閥貴族。――セレナディアと聖女が結べば国家転覆は容易と評価された一因でもあるらしい。
「……考えますわ。ありがとうございます、リゼル様」
私の嫌いなもの。いたいこと。大事なものがなくなること。魔法。魔法使い。――人から利益をむさぼるだけの、忌々しい商人。
物質の転移は移動の奇跡ですらきわめて難しい。信仰心ではなく、魔法の知識が必要になるからだ。治癒の奇跡もその類で、信仰心があれば驚異的な再生や癒しを与えられるが、それがない人間でもある程度医学の知識を持っていたり、魔力や魂の研究をしていれば術式の効果を底上げできる。
ゆえに、魔法そのものの研究は極めて重要なものである。……信仰心があれば不要だ。
商人という存在が私は好きじゃない。役割とか、そういうのは別にこの際良い。聖書の教えとかも抜いていい。ただ、相容れない部分がある。
蓄財ということに必死をかき、ぜいたくな暮らしをし、土地への愛着なく飛び回る。いや、巡礼者も土地に執着はないけどさ。
――一番恐ろしいのは。流民になり、一人の孤児だった私を、商品として眺めまわすぶしつけな瞳を覚えている。人間を人間ではなく、ただの商品として。モノとして眺めまわす視点に、恐ろしさがあった。
眼の赤いことを差し引いても、金貨二十枚はくだるまい。そういって、先生に声をかけているのを何度も聞いた。
人は金貨ではないし、金貨は神ではない。根本的に生き方が違う連中だ。
セレナディアのお抱え商人と言えば、コーロン家だ。紹介されたのも、その分家。北方協商連合の評議員を務める男。アインザッツ・コーロン。
鮮やかな刺繍の施された毛織物を纏う、恰幅の良い爺さんが家から現れた。
「――お初にお目にかかります。聖女様。私はアインザッツです。よろしくお願いいたします。」
「……初めまして、ですか。ルミーリアです。どうぞよろしくお願いいたします。アインザッツ様」
やはり、覚えていないらしい。別にいいけど。――この商人が私につけた値段は金貨4枚と銀貨6枚。――金貨は銀貨12枚が法的には価値が認められている。
銀貨54枚は、聖人を異教徒に密告した背教者がつけた金額だ。商人がそのことを知らぬはずもない。
目の前の男は――異教徒だ。――ここから始まるのは、異端審問であるべきではないだろう。セレナディアの名誉のために。そして、屈辱を受ける気もない。
回心させてやる。聖女と相対するということが。神への祈りと、教会への崇敬を思い出させてやる――!
聖女様 商人が嫌い。マジで。