前話を読み飛ばさないようにご注意ください。
聖樹軍は侵攻を開始した。先遣隊となる聖女率いる二百人と、それを追いかける大軍一万。圧倒的な軍勢を指揮するのは、歴戦のセレナディア辺境伯。勝利は必ず手に入る。だれもが、そう思いながら進軍は始まった。
聖女の旗下に入ったのは、槍使いが主であった。槍使いには聖女の知己が多く、クリスは知り合いと一緒の方がいいと思ったのである。相変わらず戦略的な判断とはいいがたいが……ともあれ、聖女は出発した。
クリスは、そこで地獄を見た。
奇跡にも使いやすさなどがある。例えば、雷霆よりも簡易的で扱いやすい稲妻。癒しの奇跡より信仰を要しない身代わりの奇跡。――奇跡の出力が高ければ高いほど、高位の奇跡を好む傾向にあり、私もその傾向の通りに動いている。私にとってそれは効率が良いからであり、効率がより良いのであれば、私はそれをとる。
北方、北嶺山脈に魔王の城塞がある。北の果て、天の奈落と呼ばれるその場所へと向かって、私たちは旅に出た。
「……勇者様は、異界出身だったのですね」
「そうだけど……聖女様は、ずっと北方で暮らしていたのですか」
「ええ。私にとって、北方は故郷……村は、もうありませんが」
私の言葉に、ヒジリは首を振った。
「故郷なら、守りたいですね。俺も、必ず戻る」
ヒジリの言葉に、笑いがこぼれそうになる。あの世界が、守りたい場所か? 戻りたいところか? あんな、神に見捨てられたような大地が。奇跡も、救いもない。ただ踏みにじられるだけの世界が。
「……ヒジリ様にとって、この世界の苦難はいわば他人事でしょう。救国魔法連盟とて、あなたを無理に呼び出した者。なぜ、世界を救うなどというこの遠征にやってきたのですか」
……勇者とは、旅が始まってから少しだけ仲良くなった。お兄ちゃんは、なんか別人みたいになってて、怖くて話せていない。あほの槍使いどもは、まぁ、知り合いっちゃ知り合いだけど……。うん、ああいうファンが欲しくて巡礼をしてるわけじゃないから、恥ずかしい。
結果的に勇者くらいしか話し相手がいないのだ。
「……そうだな。聖女様になら、話してもいいかもしれない。俺は――もう、見て見ぬふりはしたくないんだ。苦しんでいる人や、悩んでいる人を見て見ぬふりして。俺には関係ないやっていいわけで心を埋めて。そんで、あとからひょっとしたら、なんて思うのはもう嫌なんだよ」
……人には人の動機がある。勇者も、お前のふるさとも。魔法も気に食わないが、そうだな。
「素敵な理由ですね。あなたの人生に幸多からんことを」
「ありがとう……初めて会ったけど、つくづく聖人なんですね」
素が出るとためぐちになるタイプ。エリザ覚えた。
そんなことを言っていると、ライオスが大きな声で叫んだ。
「間もなく接敵! 連中は……獣だ! 獣魔族、ミノタウロスが多い!」
戦いが、始まる。
「――告げる。汝の傷を我が糧とする。汝の痛みを我が戒めとする。信仰のために倒れたものは、皆巡礼者である。巡礼者は、その死すら救いとなる――ッ!!!」
二百人分の傷とその痛みはすべて、私の体に還元される。私は、私の仲間から一人だって死人は出さない。私の全身についていく傷は、私だけにかかる治癒ですべて癒される。雷霆よりはるかに軽傷。はるかに浅い傷だ。私の治癒を妨げるようなものはない。
「え、えりざ、様。どうして、……なにをやってるんですか!!!」
「クリス。皆が死なないように。万全の戦いをできるように。私が傷を代わりに受けているのです。――この痛みは、疵は。必要なものです。必要なものであれば、いいんですよね?」
クリスを置いて、戦場に出る。竜踏で空をけり、敵の真っただ中に降りる。――雷霆での攻撃を一度叩き込んでみるが……うん。ダメージは通らない。電撃に強いのか。全身に絶えず入るダメージに、やや顔をしかめる。敵の数も多い。手っ取り早く済ませようと思ったならば。松果体へのダメージはできるだけ抑える必要があるだろう。
「――本当に使いたくないんですけど。仕方ありませんわね」
手で印を結び、七句の詠唱を唱える。
「我が力は熱。我が力は光。眼下に広がる我が敵を、我が力にて屠る。我が前に、仇も友も残らず焼き果てる。――大魔法『アグニフレイム』」
炎の矢。ぱちぱちと光るそれを、敵に向けて撃ちこむ。ミノタウロスの全身に火が広がり、叫び声をあげながら倒れた。うん。魔法は通るらしい。
「聖女様、魔法使えたんですか。これじゃ俺の出番がなくなりますね――『オルフェウス』」
腕の形をとった闇が、ミノタウロスの体を拘束している。そして、そのまま何発か魔法を討ってミノタウロスは絶命した。無詠唱で二重発動か……なるほど、そんな芸当が可能ならば確かに勇者である。
「……聖女様、攻撃に奇跡は回せていないんですか? その治癒のために?」
「ええ。戦いがこれからも続くなら、余力は取っておくべきかと」
「余力ですか……このミノタウロス、結構厳しいけどな……」
この程度の敵は、おそらく軽くぶつけてきているだけだろう。そう考えていると、黄金の化け物がやってきた。
「黄金の牡牛……クソ、ありゃまずい」
「共闘しましょうか」
見るからに強そうな牛の魔物。うん。こういうのをこそ私が引き受けるべきである。他の雑魚は、みんな死ななければ勝てるだろう。
黄金の牡牛に、葬討を連続で飛ばす。打撃の射出程度では、なかなかダメージは与えられないが……勇者がいれば何とかなるかも。
「便利なスキルだな……『オルフェウス』」
闇の腕が、牡牛を捕まえる。――今だ。
「アグニフレイム」
アグニフレイムは、一回の詠唱で五発の火の矢を作り出せる便利な攻撃魔法だ。あまり好きじゃないのでずっと使ってこなかったが……くそ、本当に使いたくない。魔力の消費による倦怠感は奇跡のそれとは比にならない。
牡牛は火の矢を何発受けても、絶叫するだけで倒れない。
「強いな、この牛」
「……おそらくこれが一番強いでしょうね……雷霆の裁き」
仕方がない。一瞬であれば、私へのフィードバックはそこまで重くはなるまい。肉体が蒸発するぎりぎりの出力を、叩き込んでやる。
甚大な爆発と、轟音が戦場を支配した。
アグニフレイム 最上級炎魔法。5本の矢を生成し、射出する魔法。消費魔力も大きいが威力も高く、攻撃をストックできる点が便利。
聖女様 魔法は使えるが好きじゃない。
勇者様 魔法の才能が抜群に高い。ただし、奇跡は神を信じるようなことができないので使えない。