ある聖女の記録   作:黄金りんね

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聖女と魔女

 先遣隊は、廃村で疲れをいやすことにした。人類が支配していた時期もあったということだが、もう家屋はほとんど壊されている。やや腐臭がしたのは、おそらく魔物が墓を掘り返したからだろう。本当に許されない行いばかりする連中である。

 清浄の奇跡をかけ、臭さを払う。この奇跡、普通に大奇跡だけあるというか……衛生管理として無敵最強すぎる。アンデッド相手にも使える便利さもある。

 

「聖女様……井戸の水も枯れてます」

「湧水の奇跡があります。御子が天より遣わされてずいぶんですが、本当に多くの奇跡を残してくださいました」

 

 奇跡があれば野営は案外快適である。私は、ぼろぼろの家の中に入り、目を細める。

 

「ちょうど、こんなところで暮らしていました。大きくなったら騎士になるんだ、なんて言いながら」

「――まったく、やんちゃなクソガキが今となっては聖女様だもんな。ほんとに、びっくり仰天だ」

 

 後ろから聞こえた声に、思わず振り向く。無精ひげに、白銀の鎧。大きな剣に、額の傷跡。……間違いない。漫遊の騎士。アルベール……だ。

 

「お兄ちゃん……今更、何ですか」

「おっと……お前が忙しすぎるから、声がかけられなかったんだろうが」

「そうですか。それは何よりでしたね」

 

 私の声が。少し頑なになる。それもそうだろう。お前が聖女なんて、許さないからな。なんて言葉を私に浴びせて、一人で勝手に命を張っている「英雄」なんて嫌いだ。

 

「なぁ、なんか俺にだけ冷たくないか? なんでそんな……」

「うるさいですね……クリス、少し外に出ていただいてよろしいですか? ふるい、知人ですの」

 

 そう声をかけると、黙して頭を下げて、すぐに外に出て行ってしまった。やっぱり、さっきのことがあって。気まずい。

 

 

「あの子、お前のこと心配してるぞ。大事にしてやれよ、マジで」

「お兄ちゃんにそういうこといわれるの、死ぬほど嫌です」

「あのなぁ……俺が何したってんだ」

 

 何を、しただと……?

 

「はぁ……? っ、そこで正座しなさい! アホのアルベール!」

「あ、アホ!?」

「うるさい! 口答えするな」

「あっ、はい!」

 

 びし、と指をさして怒る。

 

「一つ! 私に聖女なんて無理だって決めつけたこと! もちろん、至らない点は多々ありますが……それでも、無理って言われるのは、いやでした。それに、勝手に! 何の相談もなく出て行ったこと! 私が、どれだけ寂しかったと、その、思ってるんですか……」

「あ~……お前はその、聖女でもなんでもうまくできすぎるから問題なんだよ」

「……? うまくできているなら、問題なんて発生しませんが」

 

 私の言葉に、頭を抱えるお兄ちゃん。抱えたいのはこっちだっつーの。

 

「あのなぁ……いや。クソ。頑固者のお前に何言っても無駄か。……せいぜい、死なないようにな」

 

 お兄ちゃんは、なんかあきらめたらしい。……勝手に納得して、なんかめちゃくちゃムカつく。二つ目に、何の答えももらっていない。

 

 

 

「――聖女様! お話の途中に申し訳ないんですがワイバーンが!」

「あぁ、もう! 飛竜の百や二百なら私でも打ち倒せますわよ!」

「聖女様にしかできません!」

 

 家を飛び出して、雷霆を纏う。そのまま、身代わりになる奇跡も併用する。……いや、うん、これでいい。

 

「――無茶な戦い方だね、お姉ちゃん」

 

 飛竜が、急旋回して降りてきたかと思えば。黒いぼろ布を纏った、少女が下りてきた。――まるで人のようだが、魔族だ。こぶしを構える。

 白い、真珠のような髪が光を七色に放っている。目は、サファイアのような高貴な青。私とはまるで対になるようで、いつも私はうらやましいと思っていた――。

 

「ベアトリス……?」

 

 私のつぶやきに、目の前の魔族はにっこりと笑った。なぜ、あの時よりも育っている。ネクロマンスは、その死体を確かに操れるが……ベアトリスは、どう見ても成長している。私と、同じくらいに。

 ありえない。

 

「……お姉ちゃんったら。そんな、信じられないみたいな顔しないでよ……今日はね、お姉ちゃんに絶対に断れないであろうオファーを持ってきたんだ」

 

 ベアトリスは……私に指をさして、笑った。

 

「魔王陛下の軍門に下りなさい。神を否定し、神を呪い、その奇跡のすべてを捨てれば……(わたし)と、尽きぬ幸福の中で暮らせるわ。どう?」

 

 ――。答えは、決まっている。

 

「――ベアトリス。あなたが、本物のベアトリスだって証明するすべは……きっと、それだけ自信満々に現れたってことは、あるのでしょうね」

「もちろんだよ、お姉ちゃん」

 

 雷撃が、全身を貫く。肉が焦げ、体内の水分が沸騰して皮膚が泡立つ。

 

「……たとえあなたが本物でも。私は、あなたの隣には立てません」

 

 

 

 

 

 魔族は、この手ですべて滅ぼす。




聖女様 ここで捨てられる信仰なら、とうの昔に捨てている。戦う理由すら穢されて。大事な人の手を振り払って。――何のために、戦ってきたのだろうか。

腐敗と土塊の魔女 魔王配下屈指の魔法使い。攫われ、魔族の錬金術師に魔族としての肉体を与えられた。戦う理由なんてない。この世の全ては、遊びのおもちゃにすぎないのだから。
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