ある聖女の記録   作:黄金りんね

22 / 51
聖女と巡礼者

 行かねばならない。戦わねばならない。奇跡の代償たる頭痛も吐き気も、もう感じない。蘇生されて、脳の状態も回復している。頭も体も、普段よりもはるかに調子がいい。

 

 腕を、ぐっと握る。――第一の奇跡。私の、はじまり。

 

 剣を、軽く振る。周囲に風が巻き起こり、斬撃が大地に神威を刻む。――華美な装飾を施された長剣。刀身は細く、ほんのりと輝く真珠の色。

 聖人の体の一部がこうした武装になることは知っている。かつて勇者一行に同行した聖人の心臓も魔王を封印する結界の核として拍動を続けていたという。過去の偉人に自分を比肩するのは傲慢極まりないが、その可能性が私にもあったのは事実だ。

 筋肉を焼き切ったのは失敗だったか。蘇生の際に飛び出た骨や筋組織だったが、蘇生後に治癒の祈りをかけることで私の体として膂力増強の一助になってくれていた。

 

 ――うん。第一の奇跡の運用が理解できた以上、切り札は隠してベアトリスを殺しに行ける。

 

 魔王を殺す旅は今回じゃなくてもいい。だが、すくなくとも。ベアトリスを殺さなければ私は帰れない。胸を張って、巡礼を為したとは言えない。

 そんな旅に、私は皆を同行させることはできない。

 

「――エリザ様!」

 

 思考の中にあった私の意識が現実に引き戻される。子供のような声に振り返ると、胸元にぽすんと飛び込んできたのは、クリスだった。

 

「……クリス!? 一体どこで……体は無事!?」

 

 私は途中から、皆が撤退してから。全身に受ける苦痛を一切感じていない。つまり、身代わりの奇跡は発動していない。そんなことをできるのは、姿隠しの魔法か、――。

 

「夜霧の奇跡。さすが元貴族です。聖職者の厭う奇跡もお手の物ですか」

「それは……じゃなくて! もうみんなは連れていけないって……もう、戻りましょうよ……あんなの、一人で戦ってたら……」

 

 クリスが、うつむきながらつぶやく。まぁ、腐敗と土塊の魔法はかなり強力だし、気持ちはわかる。私のことを一番心配しているのはクリスかもしれないというのは、最近のはっちゃけっぷりでわかってきた。

 クリスの金髪をくしゃくしゃに撫でてやる。うん。ベアトリスとこの子は違う。

 

「――あなたの隣人のために祈りなさい。よき友が、豊かな実りを受け取れるように。あなたは、最も多くの実りを受け取るでしょう。……大丈夫ですよ。あなたの祈りは、通じています。隣人が痛ましく、報われぬのではないかと心配なのでしょう」

「……私は、ただ聖人だからって。奇跡を刻んだからって。人よりたくさんの苦難を受けるべきじゃないと思っているだけです。あなたはただの女の子で、なんでもない普通の人間じゃないですか。あなたが犠牲になって平和を得て、……人の子はそれを享受するだけですか?」

 

 クリスが、私の手を振り払う。目には、強い意志が感じ取れる。

 

「――これより、兄弟で苦難を持ち合いなさい。これより、親子で飢えをしのぎなさい。二度と人をささげものにしてはならない。……私たちに、罪を背負わせるつもりですか」

 

 ふぅ、と小さく息をつく。志は立派。さすがは聖女の側仕え。ぎゅっと抱きしめて、よくやりましたとほめてやりたいところだが……。

 

「クリス。アストレウス伝は口伝律法でしょう。親は子を、兄は弟を犠牲にしてはならないという解釈をすべきです。――強者は弱者を犠牲にして生きるべきではない」

 

 つつけばたちまち壊れる脆弱な体で。痛みで容易く折れる貧弱な精神で。快苦で、たちまち汚染される惰弱な魂で。身に余る奇跡の代償で身を亡ぼす、浅薄な信仰で。

 

「クリス。あなたを戦場に連れてくるべきではなかった。これは私の誤りです。あなたに、檄文を書かせるべきではなかった。これが、私と台下の誤りです。あなたに夜霧の奇跡があるのなら。直ちに町へ戻りなさい。これ以上踏み込めば、あなたは心が壊れてしまう」

 

 本当にやさしい子だから。もう、こんな場所で苦しんでほしくない。クリスは、うつむいてつぶやいた。

 

「止まっては、くれないんですね」

「また、帰ってきますから。その時は――そうですね。二人で温めた葡萄酒か、蜂蜜酒を飲みましょう。そして……、街の劇場に行って、劇を見て、歌を歌って、これからも続く旅の成就を願って。祈りを、ささげましょう」

 

 ――クリスの頭に、手をかざす。

 

「――巡礼者よ、恐るることなかれ。あなたの道は、驚異と祝福に満ちているであろう。願えば星は瞬き、祈れば太陽と月は巡る。信仰を忘れずに地を征くものよ。あなたは、聖者である。――きっと、これからあなたにはたくさんの辛いこと。苦しいこと。そして、それを飛び越えるくらい。たくさんの喜びと楽しみが待っています。あなたの人生が、よきたびになることを、心の底から祈って。祝福を与えます」

 

 クリスの体が、ほんのりと輝く。

 

「まだ、あなたには早いとずっと避けてきましたが。あなたの解釈は。慈愛に満ちた、正しき道でした。――あなたに油を注ぎしるしを刻む。名はわたしの油である。洗えども消えぬものを、隠さぬように――。アストレウス・リスト・クリス。北方教区を預かり、教区を守れ。明日からはあなたが――北方大司教です」

 

 白い聖衣を脱いで、クリスにかけてやる。耳元で、言葉を吐いた。

 

「あなたの愛を受け取りました。これからは、私を愛するように。皆を愛しなさい」

 




聖女様 北方大司教の地位を捨てても中央枢機卿。

クリス 聖職者適正はあるが、政治は多分壊滅的。そこらへんは聖女も一緒。

洗礼 神の言葉を授け、神の奇跡を授ける。

巡礼者の奇跡 聖女に刻まれた第二の奇跡。クリスに授けた。再び両者が出会うことがあれば、エリザの身体に帰るだろう。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。