ある聖女の記録   作:黄金りんね

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ながくなりすぎた感じがします。


旅の終わり

 北嶺山脈山頂。竜の喉笛と呼ばれる祭壇の中央に腰を下ろし、頬杖を突く少女。真珠の髪色に、死者の装束を着てふてぶてしく足を組む。

 腐敗と土塊の魔女。ベアトリス。眼前に立つのは、聖衣を捨てた姉の姿だった。思わず、口角が上がる。

 

「――そっか。そっかそっかそっかそっか!」

 

 うんうん、とうなずきながら祭壇から飛び降りる。とすん、と雪の上に着地して、笑う。

 

「ついに神を否定し、私と暮らす気になったんだね、お姉ちゃん!」

 

 とうとうこの日が来た、と笑う少女を前に。エリザは、にこりとも笑わずに指をさした。

 

「――ベアトリス。私の前から、去りなさい」

 

 その言葉に、ベアトリスの世界が止まる。ああ。やっぱり、目の前の少女は。魔女にとっては(いちばん)なのに。聖女にとって、魔女(いもうと)はどこまで行っても(いちばん)じゃない。

 その事実に、唇をかむ。憎悪に満ちた瞳で。悪意に染まった心で。

 

「やっぱり、お姉ちゃんなんて大っ嫌い!!!」

 

 嘘をつく。

 

 

 

 

 ――ベアトリスはすでに北嶺山脈全体を地獄にしている。だが、私もその対策はしてきている。

 

「聖霊結界――ッ!」

 

 麓から儀式をおこし、魔法の腐食性を抑える。これで、ゲヘンナの力はかなり制限できたはずだ。後はアンデッドを操るネクロマンスか、大地を操る魔法くらいだ。

 アルベールが剣をふるう。爆発的な速度で襲い掛かる刃だが、ベアトリスはたじろぎもせずに土の壁で軽くいなして見せた。

 

「何? おっさん、きもいんだけど」

 

 ベアトリスは顔をゆがめながら指を向ける。岩の弾丸を放つつもりだ。私がとっさに放った雷霆が、岩の弾丸を粉々に打ち砕く。

 意識が私に向いたすきを狙って、ライオスが槍を放つ。それを見もせずに回避し、ベアトリスは薄く笑った。

 

「うん。ちゃんとまともなおもちゃを持ってきてくれたね。よかった」

 

 ふぅ、と小さく息を整えてベアトリスの動きを観察する。意外とスキはない。こういうガキっぽさを残している彼女なら大振りとか、特定のスキをつくことはできると思っていたのだが……。

 アルベールが振るう自由で変則的な刃にも、ライオスの急所へと最短距離を走る槍も、すべて知っているといわんばかりに彼女はよけて見せる。

 

 そうか、なるほど。

 

「スケルトンの戦闘情報を解析しているのですね――」

 

 クソ。やはり、ベアトリスは強い。私が全力で雷霆を回しても、おそらくは勝ちきれない。聖霊結界を張っているが、ゲヘンナという強大な結界魔法のせいでその拘束力もやや緩んでいる。魔王よりも結界術においては上手か。

 舌打ちしそうになるのをこらえながら、奇跡を起こす。聖樹に祈りを通す。前よりはるかに強大な信仰で、ブレスレットを弓矢の形に変える。

 一矢を以て魔女を屠る。

 

「――ッ」

 

 一筋の閃光が、ベアトリスを突き刺し、腕がちぎれる。こちらを睨みつけながら、ベアトリスは舌打ちした。

 

「――クソ、初めからこれを……!」

 

 残念。私が動かなかったのは、遠距離攻撃のためじゃない。雷霆で、一気に近づく。答えは、接近戦を一瞬でもいいから選択肢から外すため。

 ベアトリスを、ぎゅうっと抱きしめる。

 

「大丈夫。一瞬で終わらせるから」

 

 最大出力の雷霆を、全身に密着させて。解き放つ。

 

 

 

 

 これが、最適解だと思った。でも、答えは違った。ベアトリスは、にやりと笑ったのだ。

 

「捕まえたよ、お姉ちゃん」

 

 腹の中に、じんわりと熱い感覚が走る。これは、なんだ。

 

「――なに、を」

 

 腹が、真っ赤に染まっていた。これは――何かを、植え付けられたのか。視界が、真っ赤に染まる。

 

「まさか、お姉ちゃんから近づいてくれるなんてね。それは、遺骨。ネクロマンスは、復活のために苗床がいるの。お姉ちゃんは、死んでも死なないから。最高の、畑になるんだ」

 

 腹の中で、何かが増える感覚がする。痛い、痛い、痛い――。

 

 一度、意識が途切れる。

 

 

 

 

 二度、三度。四度。何度も何度も続いて、何度も何度もよみがえる。断絶する意識と思考。まさか受肉の奇跡が死体の受肉に使われるとは――。うかつなことこの上ない。

 いっそのこと、己の身を燃やし尽くして果ててやろうかと思ったが。私の肉を食らって現れた巨大なゾンビに、思わず笑ってしまうのだった。

 

「――冷竜レアルテティア」

 

 ドラゴンゾンビ。竜王にして朽ち果てた骨。

 

「この子、清浄の奇跡でも払いきれない憎悪を持っていたの。お姉ちゃんに、必ず復讐してやるって。すごいよね、さすが竜王!」

 

 ベアトリスは、軽い調子で私を嘲りながら、竜の頭の上に乗る。

 

「ところで、いいのかしら。お姉ちゃんが一度死んだ以上、聖霊結界の力はついえたはずだけど」

 

 地獄(ゲヘンナ)の門が開かれる。クソ。代償を受けざるを得ないが――こうなると、私はもう死ねない。

 

「これで、お姉ちゃんの敗北は決定したんだけど」

 

 激痛が脳みそに雑音のように混じる。魂をゆがめる邪悪な呪い。

 

「でもまぁ――余計な荷物を捨てれば、ひょっとすると牙は届くかもしれないね。お姉ちゃんは、何度だってやり直せるんだから」

 

 クソ、クソ、クソ。

 

「ふぅ――」

 

 笑う。威嚇するように。牙を見せるように。猛獣相手に、怯えていないふりをするように。

 

「私は聖人で、英雄です。たかだか二人や三人の命が、守り切れないはずがないでしょう」

 

 指をさす。くい、くいと軽く曲げて挑発する。

 

「一度私に殺された蜥蜴を生き返らせて、勝てるとお思いですか? その砂糖菓子より甘い軽挙妄動。無策無謀。すべて砂にして見せましょう」

「無策も、無謀も、蛮勇も。全部お姉ちゃん自身のことでしょう――!!!」

 

 冷竜が、首をもたげる。腐敗のブレス。もうすでに、あれは冷竜ではなくなったか。であれば。私にも策はある。大きく息を吸い込む。苦痛がなんだ。痛みがなんだ。死ねないことがなんだ。

 

 痛みがつらいのも。死ねないのも。全部全部、当たり前だ。

 

 人生は一度きり。私は、ひとの何倍も。何百倍も。何万倍も。恵まれている。

 

 与えられた命の分、報いを与える。

 

「――祝福の息吹」

 

 竜の咆哮(ブレス)と。神の祝福(ブレス)が、激突する。

 

「――嘘、でしょ。竜の、文明を剥がす粛清の権能を。どうして、人間ごときに――そんな信仰、ありえないんだから!!!!!!」

 

 私の手から放たれるそれは、着実に竜の吐く破壊を押しとどめ、巻き返す。神の祝福。殺意を孕んだ攻撃を、すべて無効にする。大奇跡ですら成しえない。聖句に記されてはいるものの、未だ誰もなしえたことのない奇跡の在り方。私にそれが許された。わけではない。――じんわりと、起こした奇跡の代償が私をむしばんでいく。

 

 数多死んだけれども。自然な死を私が迎えた時。きっと奇跡はもはや私を癒さないだろう。

 

 魔族による殺害や、人による攻撃からはよみがえっても。老衰すれば。人としての耐用年数を迎えれば。私はきっと、朽ちるから。

 

 それを削り取る。寿命を前借する一撃。何度も何度も放てば、きっと私は――。奇跡を抱えたまま死に至る。

 

「人としての在り方をゆがめたっていうの!? そんなの、神が許すはずが――」

「――父なる主よ。我が旅を、巡礼をお許しください。約束の地の果てに、私を連れずとも。私の弟子は、連れて行ってください。預言者メルスは、その巡礼に二百年かけた。人の在り方をゆがめるのではありません。聖人は、『特別な在り方』を許されたのです!!!」

 

 まだだ。まだ、まだ、まだまだまだ。死ぬわけにはいかない。でも、命を惜しいと思ったことはない。

 

 短ければ不幸なのか。苦しければ不幸なのか。奪われれば不幸なのか。

 

 すべて、間違いだ。

 

「そもそも、与えられたことが。いただけたことが、奇跡なのですから」

 

 神の祝福が、竜の死体を消し飛ばした。黄金の電撃が、私にまとわりつく。

 

「――あなたの敗北は決定しました。懺悔を為すのなら。私は――」

 

 ベアトリスの目には。まだ戦意があった。

 

「まだ。負けるわけにはいかない。私のとっておきは、ここからだから――!!!!!」

 

 哀れな少女が、泣いていた。でも、ごめんねベアトリス。

 

 

 私のとっておきも、ここからだから。

 

「……――信仰のうすきものよ。これだけのしるしをみて、なぜいまだ疑うのか」

「偉大なる王よ。預言を授ける」

 

 聖句を謳う。もう、ベアトリスを救ってあげられるのは。完膚なきまでの死だけだ。

 

「祈りを絶やしてはならない。家の明かりをたやしてはならない。灯をたやさず、三日の間祈るとよい。ろうそくの煙のある家に、わたしは向かう」

「我は二番目にはやいもの。もっともはやい者から逃れられても、私からは逃れられない」

 

 ベアトリスも、呪文を吐いている。知っている言葉だ。異教徒の経典の、一句。

 

「我が心にかなうものあれば、清め、弔う。あたたかく、光あるものに包まれ、魂は安らかなる最後を迎える」

「我は死なり。この世のあらゆるものが、我からは逃れられぬ。王よ。あなたもまた、滅び去らん」

 

「清浄の大火」

「――腐敗と土塊。人は死ねば、同じ形である。――冥府の鎌」

 

 私の全身が、炎に包まれる。身を焦がし、肉を焼く。今の私は、きっと炎を纏ったスケルトンに等しいだろう。

 

「異教徒の言葉ですが、正しい。人は死ねば、聖人も悪人もない。皆、骨をあらわにして、朽ちるのみです」

 

 鎌が、震える。ベアトリスは、鎌を振り下ろせない。清浄の炎は、魔法をことごとくはじくのだから。

 

「でもね、ベアトリス。そんな末路は、関係ないのです。大事なのは、――あなたの心なのですから」

 

 ベアトリスを、抱きしめた。今度こそ、間違えないように。

 

「ごめんね、ベアトリス。ずっと、ずっと。寂しかったんですね。苦しかったんですね。魔族になって、人を殺して。神を呪ったあなたでも……私は、大好きです」

 

 ベアトリスの身体も少しずつ塵になっている。清浄の炎は、死霊や悪霊には効果が強い。……自爆だから、あんまり使うべきではないが。

 ベアトリスが、のどをふるわせた。

 

「お姉ちゃん。ずるい、ずるいよ……こんな悪い子は、嫌いでしょ?」

「…………たとえ神があなたを許さずとも。あなたは私の家族です。大丈夫。あなたにも。たくさんのものを戴きました。ずっと、ずぅっと、大好きですよ」

 

 ベアトリスは、最後に笑った。

 

「ほんと……ごめんなさい、お姉ちゃん」

 

 

 

 

 

 その言葉を最後に、意識が一度闇に消える。

 

 

 次に意識を取り戻したとき。白い聖衣も、私とともにあった。そうか。骨まで朽ちても、受肉は果たせるのか。

 

「……魔女は滅ぼしました。ライオス。アルベール。どうしますか?」

 

 ライオスが、つぶやいた。

 

「あんたは本当に神の化身のようなお方だな。――だけど、一度帰った方がいい。聖女様にも、休息は必要だ」

「俺も賛成。これ以上奇跡を吐き続ければ。お前の精神は人間じゃなくなる」

 

 ……と、言われてしまったので。一度帰ることにした。




祝福の息吹 人間が使えるものではない。一発で大体四十年くらい寿命が持ってかれる感じの奇跡。

清浄の大火 一死をもって穢れを祓う。聖女様も使ったことがなくて魔族にちゃんと特攻かなとか、どういう運用ならちゃんと仕留められるかなとか色々考えてて前の戦いでは使えなかった。

もうちょっとだけ続きます。
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