ある聖女の記録   作:黄金りんね

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聖女の凱旋

 北嶺山脈の山頂へと至り、死の魔法を扱う魔女を打倒する。死を払いのけた聖女が帰還した。――だが、兵士は。皆が生きて帰れたわけではなかった。

 貴族の率いた掃討部隊は、四割が死に、聖女に当初は率いられていた水晶の槍も半数があれから死んでしまったらしい。勇者は、行方不明。聖女はその報せを聞いて、うつむいてから――気丈な声を出した。

 

「魔族を、私は許しません。魂を楽園へ送り届けるためにも、戦士に必ず報います」

 

 北方の人々は、聖女の精神に大歓声を送った。魔族に人類は一矢報いたのだ。次は勝てる。きっと、魔王を討ち果たせる。だが。利に聡いものは、攻め入ることに懐疑的ではあった。

 魔族を殺しても、得られるものは何もない。――いずれ遠征を何度も起こせば。それは、魔族と等しい負担を民に強いるのではないかと。

 白くはためく聖衣。どうどうと歩くその姿は、中央枢機卿ではなく。明らかに北方の主としてのふるまいである。

 門をくぐり、凱旋してきた聖女。北方セレナディア大聖堂の前で、信徒が出迎える。

 

「――巡礼者よ。魔を払い、悪を挫くものよ。憐憫と慈悲の主よ。わたしの庵で休みたまえ。民を止まり木になせ。お待ちしておりました、ルミーリア猊下」

 

 黄金の髪に、純白の聖衣。聖女と同じような背丈だが、声は良く通り、穏やかな笑みを浮かべている。

 

「……げいかって何ですか。――ただいま。クリス」

 

 聖女は、クリスの胸に飛び込んだ。よろつきながらも、聖女を受け止めて抱擁を返す。ため息交じりに、あきれた声をクリスはだした。

 

「もう。せっかく真面目に応対しようとしているのに。ほんと、エリザ様はいつまでたってもエリザ様ですね」

「当然です。クリスも、いつまでもクリスでいいんですよ」

 

 二人の仲睦まじい様子に、皆が微笑みを浮かべる。聖樹軍が、命の多くを散らしてしまった。エリザにも、クリスにも。きっと思うところはあるはずなのだ。

 だが、今は。今だけは、再会に祝福を。

 

 

 

 

 

 温めた蜂蜜酒を、口に含む。発酵がゆるく、甘みが強く残る味わいに思わず笑みがこぼれる。私たちは二人、寝室で向かい合って約束の盃を交わしているのでった。

 

「――おいしいです。甘くて、あたたかい。ほんのりと残った蜂蜜特有のお花の香りが……優しい味です」

「猊下は、意外と食事がお好きですよね。鹿とか、お酒とか。焼き立てのパンとか……聖餐の葡萄酒も、しっかり味わってましたよね」

「ぁぅぅ」

 

 ばれていた。てか、げいかって……そういう呼ばれ方嫌いだ。やめてほしいんですけど……。

 

「よそよそしくげいかなんて呼ばないでください。……なんか、怒ってます?」

「別に。怒る義理なんて私にはありません。ただ、聖衣が再生してるってことは。また死んだんですね。何回死にましたか?」

「えぇっと、数えきれないくらい、ですかね……まさか腹の中でゾンビを孕むことになるとは思いませんでした――」

 

 がしゃん、と音がする。真っ青な顔で、こちらを見るクリス。

 

「え、それって、え? 聖女様が、はら、化け物を、はら、は? え、そんなの、いや、そんな冒涜が、いや、でも、え?」

 

 なんか、重大なエラーを吐き出している。確かにあれはとんでもない冒涜だけど。神の奇跡の悪用だからね。でも、そんなに狼狽しなくてもよくないですか。

 全身死肉で強化したのよりビジュアルはかなりマシだと思う。

 

「……エリザ、様。ひょっとして、純潔を――」

「そ、そういうことじゃありませんッ!!! 破廉恥な!」

 

 思わず叫ぶ。顔に血が上っているのがわかる。セクハラだ! 北方大司教様にセクハラされた! サイテー!

 

「いや、でも孕んだって……」

「ネクロマンスの苗床にはらわたを使われただけです! な、なんて、結婚もしていないのに、じゅ、じゅ……ともかく! なんてこと言うんですか!? もぅ、クリスのバカ!」

「い、いや……いきなりとんでもないことおっしゃったのはエリザ様ですよねぇ!?」

 

 肩で息をして、クリスを睨む。エリザも顔を真っ赤にしてジト目でこっちを見ていた。しばらく見つめあって、思わず破顔する。

 

「――ふふっ。クリスったら。相変わらず心配性なんだから」

「心配性って……エリザ様が心配させることばっかりするからです」

 

 そういう発想はあんまりなかった。でも、まぁ。そうだな。私がちょっと危ないことをやっていると考えると――クリスとしては心配なんだろうか。

 昔から、騎士ごっこをお兄ちゃんとやって、日が暮れてから帰るなんてことをしていると。家事を手伝えとか、夜まで遊んでとか。おかあさんはお小言を言ってきたものだったが。クリスのそれはお母さんによく似ている。

 蜂蜜酒を口に含んで、くすりと笑った。

 

「なんだか、クリスってばお母さんみたいです」

「――ちょっと、まってください。私エリザ様と同い年なんですけど!」

 

 おっと。虎のしっぽを踏んでしまったみたいだ。――あぁ、もう。クリスは。本当に、いい子だと思う。聖職者としての知識もかなりついている。気が付かなかっただけで、私はこの三年間。この子の心も知ろうとしてこなかったんだなと思うと。つくづく、ろくでもないことをしちゃっていたんだなって。

 蜂蜜酒を飲み干して、立ち上がる。クリスの頭を撫でてやる。

 

「な、なんですか。急に変なことして……」

「思えば、クリスはずいぶん長いこと私に仕えてくれました。聖衣を着ることを手伝って、掃除を手伝って、儀式を手伝って。私の魔族を打ち払う旅を支えてくださいました。旅先で炊事もしてくださいましたね」

「……全部、当たり前のことです」

「御冗談を。貴族の息女が、あんなことに慣れていたはずもありません」

「……まぁ、私がすることじゃなかったこともしてきましたけど。日常の身支度なんかはずっとしてました。いうほど貴族って何でも使用人にさせてるわけじゃないですからね」

 

 そういって、そっぽを向く頭を胸に抱き寄せる。

 

「ちょっと、もう……エリザ様ってば」

「私は、あなたに嫌われていると思ってました」

「……改めて聞くと、ほんと嫌な話です」

「ええ……だから……この三年間、ありがとうございました。あなたの心を知らずに、私の心は助けられ続けてました。ごめんなさい」

 

 はっきりと口にすると。エリザの肩が震えていた。

 

「――ほんと、どうしようもない聖女様ですね。私の方が、いのちも。こころも。何もかもが救われていたというのに」

 

 そういって、すすり泣く。――泣かせたいわけじゃなかったんだけどな。




エリザ 好きなことは食事。かたいパン、食味の悪いスープ。全部好き。おいしいまずいにかかわらず、味わう行為そのものが大好き。

クリス おいしいものが好き。聖女様がにこにこしながら食べていたので一口もらってダメージを受けることもたびたびあった。

聖女様 地位があるときから巡礼をしたり、好き勝手をしてきた(許されてきた)ので、身分が付いたから堅苦しいふるまいをするということについてあまりいい気分じゃない。

大司教様 普通に公的な場所では公的なふるまいをするべきだと思っている。でも聖女様にゲロ甘いのでほだされる。

二人を見た教皇台下 額を手で押さえてから二人に説教をかます。
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