ある聖女の記録   作:黄金りんね

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来週まで更新お休みします。ごめんなさい!


聖女とグルメ

 アルベールの言葉に、笑ってしまう。

 

「お兄ちゃん。戦争に卑怯も姑息もないでしょう。心正しくあろうとするのなら――いいえ。お兄ちゃんと私じゃ、志すことが違うのでしょうね」

「……そうだな、その通りだ」

 

 アルベールは手を抑えながら、立ち上がる。実際アルベールの剣技のレベルはそこそこ高い。あの遠征で私の隣で戦えた中では二番目に強かった。勇者はまぁ、精神性が嫌すぎて連れて行かなかったけど魔法の技術はかなり高かった。

 アルベールの普段使う聖剣は聖霊によって鍛錬された強力な退魔礼装だ。私の剣とどっちが強いか、試してみたいが……まぁ、あの剣はかなり儀礼的な力に偏っている部分がある。必ずしも攻撃で使えるものではないかもしれない。

 

「もう終わり? ま、いいわ。聖女様の剣技が地べたをはいずるなんて、みっともないから絶対使わないでよね」

 

 セレナディアのリゼル嬢があきれながら口をはさむ。うん。仰る通り。でも、みっともなくても勝てば開ける明日もあるのだ。

 私は戦場に出たことも巡礼をしたこともない少女にとやかく言われたくはないのだ。

 

「ま、それより……今日の夕食会で聖女様をねぎらうことになったわ。必ず出席するように。わかった?」

「へ、あ、はい」

 晩餐会か……堅苦しくてあまり好きじゃないのである。まぁ、出席はするけど。食事の時は食事に集中したいんですよね。

 私は、リゼル嬢に一礼してその場を去った。

 

 

 

 私は、リゼル嬢の口の悪さや尊大さ、信仰の薄さに眉をひそめることも多いが、それでも彼女のことを嫌いではなかった。典型的な貴族、上位に立つものとしてのふるまいをする一方で頼み事や依頼に対しては比較的鷹揚なところがある。

 もちろん貴族的な面子もあり、何らかの言い訳を並べながら仕方なく……みたいなポーズをとるのだが。本質的には悪人ではないように思われる。むしろ、慈しみ深く、厳しさゆえに人をたくましくする類の為政者の素質がある。気がする。

 普段から厚遇してもらっている自覚はあるし、政治的な利用はしない(なにせ、私を政治的に利用しようとすれば痛い目を見ることは中央教区でのいざこざを含め誰もが知っている事実である)だろう。リゼル嬢をなんだかんだ信頼しているのである。

 

「ようこそいらっしゃいました。エリザ様。――当家の招待に応じてくださり、ありがとうございます」

「――こちらこそ、お招きいただきありがとうございます」

 

 なんか、おめかししたリゼル嬢に頭を下げられる。珍しいこともあるものだ。聖職者はこういった招きにあまりやってこない(そもそも招かれない。俗的な権力者は聖職者の介入を嫌がりがち)ので、参加者も物珍しげだ。

 招かれたまま、席に座る。――礼儀作法は一通り学んでいるが、正直使わなさ過ぎてさび付いている。どうなることやら。

 

 一品目。カブを使ったお料理。一度野菜や肉でだしをとったスープで煮込み、味を調えてから冷やしたもの。口に入れると、優しい味わいとカブのとろりとした舌触りが心地よい。大根より柔らかい雰囲気で、甘みが自然で味わいを邪魔してない。

 

「おいしい……」

 

 思わずつぶやいた言葉に、リゼル嬢が微笑む。

 

「ありがとうございます。こちら、冬にとれたカブを保存して調理いたしましたの。――旬の味わいを、ルミーリア様にも味わっていただきたくて。ほら、冬至は聖罰に向かっておりましたし、そのあともお忙しい様子でしたから」

 

 ――確かに。食事を楽しんでいる余裕はなかったかなと当時を思い返す。そうか。リゼル嬢は私をねぎらいたかったのか。

 つくづく貴族らしい。――いてくれるだけでねぎらいになっている。戦いから帰って、実は魔族の奇襲で町が焦土となっていたら。そんな思いに駆られたことも何度かあった。魔族とは、そういうものだから。私が騎士のように戦っていれば、きっと間に合わなかったなんてことは。数えきれないくらいある。

 だから、生きていることが私にとっての報酬なのだ。誰一人取りこぼさないなんてことは、人の身に余ることだが。それでも。私は、人類すべてを背負って見せる。人類の屍をまたぐことは絶対にしない。魔族との戦いで死んだ、すべての殉教者の命を贖う術はたった一つしかない。

 彼らの望みを、彼らが守りたいと思ったものを。彼らの信仰を、引き継がねばならない。

 

「――ありがとうございます。リゼル様。昔、カブの漬物をよく食べましたが……こういう料理もあるのですね、食材の味わいをより一層引き出した……素晴らしい研鑽を感じます」

「ルミーリア様はお食事がお好きなのですね」

 

その後も料理を堪能した。 

二品目。キノコをたくさん使ったポタージュ。キノコのうまみと香りを存分に引き出した品。あたたかな食事はそれだけで心を癒す、素敵な一品でした。

 

三品目。サーモンのムニエル。味の強いサーモンとバターの香りがうっとりするくらい強く、油分の甘みを強烈に感じる、先の二品とは違う力強さがたまらない、ぜいたくな料理でした。……おいしくて最高なのですが、ちょっとだけ贅沢が過ぎるんじゃないかな、という罪悪感もあります。

 

四品目。箸休めのイチゴ。果物は生でそのまま食べられるというのがステータス。この時代だとまだまだ酸っぱいですが、口の中がさわやかになっていいですね。気候が寒冷ゆえにこうした果実は本当に珍しくて心躍りました。

 

五品目。これをリゼル嬢は食べさせたかったそうです。鹿のロースト。低温でじっくり調理され、断面が鮮やかなピンク色の鹿肉はしっとりジューシー。私が冬至に鹿肉の串焼きではしゃいでいるのを見てから「本物」のローストを食べさせたいとひそかに渇望していたそうです。――おいしいかったですが、ペアリングの葡萄酒の味がここまで化けるのかと目を瞠るものがあって……正直そちらが印象に残っています。

 

六品目。甘酸っぱいソースのプリン。まさかこの世界でプリンが食べられるなんて! 牛乳の香りととろっとした味わいに、もう……幸せしかありません。

 

 貴族の贅沢な食事。人生に不要な、あまりに高価なもの。でも、それでもいつかきっと。万民にこの食事が届けられる日が来る。

 そう思えば、貴族の贅沢も目を瞑って、幸せな「いつか」のために思う存分腕を磨けばいい。

 

 さて。前から、したいと思っていたことをできる地盤が整った。――リゼル嬢にはいい機会をもらったな。

 

 




グルメ回でした。
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