ある聖女の記録   作:黄金りんね

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お待たせしました。


聖女のおかえし

 こほん、と咳払いをしてリゼル嬢に向き直る。

 

「本当に、おいしいものをいただきました。ほっぺが落ちるっていうのはこういうことを言うんですね。堪能しました、本当に――」

「喜んでいただけて何よりですわ。――ルミーリア様」

「ええ、それはもう本当に……ですが、こんな素敵な寄進を、私一人が受け、私はそのまま皿を平らげてしまいました。このまま帰る、というのは余りにも不義理ですわ。あなたにも、信徒にも。なにより、私の主に背く行いです」

 

 私のことばに、リゼルは一瞬だけ眉をひくつかせて、しかし冷静に対応してくる。うん。さすが辺境伯家。立派な爵位がついているだけあるというもの。

 

「あら。返礼を期待したわけではございませんわ。――ですが、聖女に背教者の罪を着せるのもいかがなものか……」

「ええ、ええ。そうでしょうとも。――セレナディアは北方におけるすべての貴族に冊封を与え、国王陛下に北方を任された尊いお方。神のことに関して言えば枢機卿の預かる教区ですが……民のことに関しては、御家こそ主でしょう。――さて、何を為しましょうか」

 

 ブレスレットがまばゆく光る。聖樹のブレスレットの輝きは、奇跡の真価。

 

「あなたと、あなたの民に祝福を。――清浄の奇跡」

 

 ざわざわと、周囲がざわめきだす。そりゃそうか。なんせ、十二の奇跡。教会すら隠したがる大奇跡が、主の慈悲が――北方辺境伯領すべてを迸る。

 一瞬、頭がめちゃくちゃ痛くなるが負担はかなりマシになっている。もっとすさまじい反動のある奇跡を起こしたおかげで、大奇跡の負担も相対的に耐えられるようになっているらしい。あるいは、私の信仰が前に比べて、格段に高まっているからか。主が、より近くにあるのを感じる気がする。

 

「キノコは、私の好物ですわ。見た目がかわいくて。……こどものころ、キノコを傘にして雨宿りする妖精になりたかったのを、思い出します」

 

 くすり、と笑ったのはクリスだけだった。……クリスも大司教。実は平然と参加していたが、テーブルマナーがしっかりしすぎててなんか全然話しかけられる雰囲気じゃなかった。

 

「万民の病を癒す。癒しの手の奇跡。心より祈ることが、あなたの幸いにならんことを」

 

 領内で、病に侵されるものはいなくなる。頭の血管のいくつかがちぎれる音がする。うん。鼻から血が下ってくるが、垂れてしまう前に鼻をつまんで抑えてしまう。

 まだ、まだ。いける。余裕だ。

 

「治癒の奇跡。けがも、欠損も。名誉の傷跡すら。かき消してしまうのは傲慢かしら? 傷を真に誇れるものにのみ、その傷も体の一部とみなされるでしょう」

 

 治癒の奇跡はいつも使っているからか、全然負担がなかった。自分の身体を治すよりよっぽど簡単だ。

 

「穢れを払った台地が、実り豊かに育つ豊穣の奇跡。――敵意はしかるべき時に。不和を招く言霊を砕く奇跡。――さて、ここからは。貴族の皆様にすこし聖句のお話でも致しましょうか」

 

 腕を、天に掲げる。刹那、ブレスレットの光が室内を照らす。神の恩寵が誰の目にも見えるしるしとして刻まれる。

 

「――わたしを主と仰ぐものよ。わたし以外のだれも、神としてあがめてはならない。姿を象って、それを神としてはならない。正しきものは、信仰を正しく守らねばならない。――あなたは、これを守ろうとしない。あなたは、いったい何なのですか。主は、言葉をもって答えた。そのことばを知っておきながら、あなたは私がなんであるかに気づかないのか。ここにあるあかしがわからないのか。あなたは、神ではなくあなた方自身のことばを信仰している」

 

 神の受肉。福音に刻まれる奇跡。人類には再現を許されることのない奇跡の言葉。――だが、その聖句が指す奇跡だけが詠唱によって開かれるわけではない。

 

「神の国はすでに訪れているのに、あなた方は自らその門を閉じた。あなた方の道は、神の道ではない。――信仰の薄きものよ、なぜ気づかないのか」

 

 聖句の中でも、いわゆる説教に使われるものがある。信仰の薄さが何を招くのか。何を拒むのか。

 

「使者を拒んだ町よりも、はるかに大きな災いがのちに訪れる。神を招いた町は、たとえ栄えずとも災いは受けないであろう。――その七日後に、主は町を去った。町のひとびとが主を害そうとはかりごとをなしたからである」

 

 聖霊守護の奇跡。教会がどの聖句によってひらかれるかすら秘匿している奇跡。この奇跡は、起こした者か聖人でしか気づけない、隠匿された奇跡である。

 領内での奇跡の効果を高め、魔族の力を弱体化する。――ここまで大規模な奇跡だと、さすがに胃がシェイクされる感覚がつらいが……ディナーを吐き戻すわけにもいかない。

 

「……信仰がある限り、この町は主に守られるでしょう。貴族の皆様も時には礼拝にいらしてくださいな」

 

 私の言葉に、貴族が苦笑する。授けられた奇跡の大きさに顔を青くするのは、クリスくらいなもので。

 北方の教区は魔族への対策を盤石にした。魔族は北嶺山脈に以北に追いやられ、残す選択肢はおそらく一つ。再軍備と再侵略だろう。おそらく軍備を任せられていた魔女を失った以上、すべきことはどうせ一つだ。それしか頭のまわらないバカな魔族にできることはない。

 冬季の大侵攻。今年の冬至で、魔王がやってくる。まだまだ、半年以上ある。つかの間の平和を楽しむとしようか。

 




北方教区 今年から突然豊作になる。
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