私の故郷は魔族によって滅ぼされた。今はただ跡地のみがある。あったのだが……。私は、目の前で起きていることにただただぽかんとしているのだった。
一面の麦畑に、簡素な家が立ち並び。新しい聖堂が建築中で、建築家と職人が言い争いをしている。井戸から水が湧き出る奇跡を聖職者は唱え、村を子供が走り回っている。私は、困惑しながらアルベールに尋ねる。
「どうして、こんなことになってるんでしょう」
「さぁ……なんでだったっけ」
二人して顔を見合わせ、首をかしげる。……村の真ん中に置かれた、私の石像を呆然と眺める。目を瞑り、祈りの手を組む聖女。――どういうこと?
「私が説明いたしましょう」
「何かご存じなのですか、司教様」
私の言葉に、司教……名前は分からないけど、聖衣の色からそう判断した。
「様、などととんでもない……恐れ多いことです。おっと、村の説明でしたな。聖女様の奇跡と聖樹軍遠征によって安全が確保されたことを受けて、村の回復を進めていくということになりまして。聖女様の故郷に住みたい、という方は多くいらしたのですよ」
「村の見た目は、似ても似つきませんが……」
まだ青々とした麦を見つめると、司教もうなずく。
「あの村がかつてどうであったかを知るのは、あなた方くらいなものです。他の村民は、皆死んだか……奴隷になったか。さて、これ以上は分かりませんな。ここに移り住んできた者もまた流民。思い思いに、理想の村をつくるため尽力しているのです」
なるほど。理想の村か。……願わくば、二度と村の麦が踏み荒らされたりしないように。アルベールの顔を見ると、ずいぶん優しい顔をしていた。なんか、見たことがある顔つきだが……昔、私に向けていたのとよく似ている顔をしていた。
今の彼は神経をすり減らしているのだろうな。アルベールがこっちを見て、少しだけ顔をしかめる。ん? なんか変な顔しているか? 首をかしげると、アルベールはちょっとだけ表情を緩ませた。
「――何か?」
「いや、何。俺もエリザも、この村からずいぶん遠くに来ちまったもんだなと思って。思わず笑っちまったんだよ」
「ふぅん……変なお兄ちゃん」
「そうだな。この村からは、もう俺たちみたいなやつが出ないように頑張らないとな」
そうかもしれない。ここで、終わらせる覚悟というのは必要だ。心の中で、聖句をつぶやく。聖人の身体を以て刃となす。そういう誓いを、かつて聖壇の上でした。私の洗礼名のルミエールは、異教徒との戦いで死体の中に潜み、異教徒の王を討伐した戦士。
生きるというのは、どこにあっても結局のところは戦いなのかもしれない。
「別に、信仰の道を生きることが悪いことだとは思いません。それに――」
子供は、いずれ大人になっていくものだ。なってほしくなくても、勝手に。だからきっと、この子たちも自分だけの戦場を見つけて、戦う日が来る。
「私たちは、こうして故郷に戻ってこれました。それは、幸福なことですよ」
「ったく、エリザ。実はお前ってわがままで意地っ張りだよな。聖人らしくねぇ」
その言葉に、声を出して笑った。
「あはは! お兄ちゃん、私以外の聖人なんて見たことないくせに!」
アルベールは気まずそうに、頬をかいて目を背けるのであった。
今まで生きてきて、わかったことがあるとするなら。神は、存外多様な人の在り方をお認めになっているらしい、ということくらいか。その日は結局、村の子供たちと遊び通した。
アルベールは、馬車の中でくぅくぅと寝息を立てる妹分の頭を撫でる。全身を聖衣で覆っているのもあるが、目に見える外傷はない。これからも、これまでも。
たとえ傷ついたとしても癒せばよいのだという、自暴自棄ですらある戦い方は、エリザのためにならない。武技を磨き、力を楽しむためには自分の身体を大事にするということも必要なのだ。だが、エリザは武人ではない。個にして、人類側の強烈なまでの暴力装置そのものだ。絶対に人類を害することはないが、悪意に満ちた人間相手に懲罰を下すことはあっただろう。
まだまだ、クソガキで。十二歳から旅を始めたと聞いて、結局彼女はいばらの道を選んだかと悔しくなったことを覚えていた。
「――ちっ」
無力な人類のせいで、少女が戦わなければいけなくなった。エリザは、弱い人類の代わりに戦うことを選んだのだ。誰かがそうしないといけないと、わかっているから。
エリザの側近だった少女は、彼女が傷を負うこと自体に納得いっていなかった様子だった。エリザという少女が、彼女にとっては人類より重かったのだろう。ぽつりとつぶやいたのは、聖女がこんな代償を払って戦っていたなら、領地もろとも死んでもよかったという言葉だった。過激な少女だ。だがそれでも、彼女は魔族が滅んでからの人生で、精一杯これまでの報いを与えますと笑っていた。強がりの笑みだが、エリザの痛みを同じように痛んでくれる存在がいるということは。アルベールにとっても救いだった。
聖堂 教会建築は結構かかるので、完成は五十年くらい先。