ある聖女の記録   作:黄金りんね

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聖女と使途不明金

 故郷から帰ると、待ち受けていたのは久々の公務の山でした。困惑しながらクリスを見ると、ばつが悪そうに眼をそらす。さぼったのか……?

 

「ま、いいですけど。クリスも手伝ってくださいね」

「はい、もちろんです!」

 

 この後めちゃくちゃ書類仕事した。ちなみに聖堂での書類仕事のほとんどが寄付金の分配です。寄付金というか実質税金みたいなところも教会にはあります。

 こういう社会では生と死を扱うのは教会なので、いわゆる戸籍管理というのも教会が行うことになる。別に戸による管理ではないのだが、とにかく管轄地域ごとに書類を作成して、そのものの性別や生まれ年を記録しているのである。新しい村ができたりすると、教会がごった返したりするのでそこらへんも大変だ。まぁ記録したらその後使うことは珍しいが……魔族が村を襲ったりすると、貴族が租税回収の見込みが何割落ちるだのどうのってことで書類をこちらに請求してきたりもあった。

 平和が一番なのである。戦争ってかなり莫大な出費を要求するし、そのための計算とかもすごいことになる。やっぱりろくでもない。

 

「村が増えて仕事も増えるとは……この村の出費多くないですか? 何でですか……あぁ、もう!」

 

 適当に書類をさばきながら、思わず立ち上がる。手元の書類には「聖女像 金貨五枚」と記載がある。そんなものに! 予算を! 使うな! 石工職人しか喜ばないんですよ!!!

 そりゃ、別にちょっとくらいなら私だってぶーぶー文句を言いたくはない。でも、あまりにも多すぎる気がする。これで十件目だ。クリスはすまし顔である。

 

「いや、エリザ様……さすがに聖女像は当たり前でしょう。北方の大英雄、救国の象徴じゃないですか。信仰が広まっているってもっぱらの話題ですよ」

「まともなのは私だけですか!? ――こほんっ、こんなものを聖堂や村に作るくらいなら、大聖堂にステンドグラスをつけましょう。採光が木窓だと虫も入ってきますし、瘴気だって……」

「ステンドグラスで聖女様の事績でも残しますか? ――なんて、冗談ですよ。そんなに怒らないで。でも、ステンドグラスは金貨五枚じゃすまないですからね」

 

 そういわれると立つ瀬がない。でも、それでも! 石像はいらない!!!!! 恥ずかしい! ……でも、そういう事績も未来の信仰のためになるのだろうな、と私は仕方なく注文書にハンコをついてやるのだった。

 

 

 

 

 聖女の石像が、音を立てて崩れ落ちる。聖女の首に足をのせて、鼻でせせら笑う。

 

「存外俗物だな、くだんの聖女とやらは」

 

 深い赤の髪をかき上げてガルタリアンは笑った。勇者を召喚する実力のある魔法使いであり、救国魔法連盟の盟主でもある。北上の旅をつづけ、ガルタリアンは小さな北方の村々を転々としていた。

 

「どこの村に行っても石像が立っている。しかも、こんなガキの姿で。――こういう名誉欲みたいなのはもっと年を重ねてからだろうに、普通」

 

 石像を破壊され、大騒ぎになるはずなのに誰もやってこない。ガルタリアンの幻日結界にとらわれてしまっているからだ。

 ガルタリアンは、セレナディアの都を目指す。

 

「聖女よ……覚悟しておけ」

 

 顕示欲が強く、傲慢な少女の姿がガルタリアンの中に刻まれていく。おーほっほとか言いながら付き人の少女を殴るけるの暴行を加え、最終的には領民貴族みんなから嫌われ追放される聖女の姿が見える、見える!

 ガルタリアンはくつくつと笑う。

 

「追放された暁には『私はわるいせいじょです』って板を持たせて中央に送り付けてやる……」

 

 ガルタリアンは旅を続ける。聖女と出会うその日まで。

 

 

 

 

 

「え!? 石像が壊された!? ……ふぅん……さすがに何度も何度も予算を使うのはもったいないですから、いったん石像建設計画は凍結させましょう。犯人に損害を弁償させて……いや、愉快犯が出るかもしれませんから中止にしませんか? それが絶対いいです!」

 

 計画は中止にする。犯人は見つける。両方やらないといけないのが聖女の辛いところである。いや、さすがに何回も何回も壊されると計画も止めるしかない。恥ずかしくて中止にできてよかったが、それはそれとして……。

 

「やっぱり、万人に好かれるとはいきませんね」

 

 ハナから期待していないが、こういう悪意は仕方がない。世界を渡っても、いやな形で悪意を露呈させる存在はいるらしい。いやなことを思い出してしまい、顔が渋くなる。

 

「エリザ様、その……教会をよく思わない人間の犯行かもしれません。エリザ様を憎んだりする人、教会にはいませんよ」

「さて。クリス……私も、今でこそ表立って批判する人はいませんけど――思い出しましたか?」

「――あっ」

 

 クリスも巡礼の始まりを思い出し、表情を暗くした。厩で寝泊まりをしたり、貴族に賄賂を要求されたり。村で石を投げられたり、泥水を捧げものにされたりってことはあった。魔族を殺し、村の問題を解決し続けたことで。悪意は少しづつ払われていった。なにより、何の信用もない小娘二人であっても。善意を示してくれた人はいたのだ。私は、そちらにこそ人間の真なる姿を見た。

 

「私の行動がまだ足りていないのです。結果を示さねば、私は認められない」

「違う! 違います! そんな悪意が、正しいはずがない。許されていいはずがない。聖女でも、心があって、傷ついてるって。そんなことが想像できない人間は、あらゆる人間を傷つけます!!! そんな人間はきっと、自分の都合で他人を利用して――平然と、切り捨てる。人類の中に潜む悪意です」

「であれば、表立って動くことはもうできないでしょうね」

 

 私が領内にかけた奇跡の一つは、悪意を持った讒言をはねのけるもの。露骨な自己利益や魔族の利益を意図した発言の信用度が下がる奇跡でもある。

 

「石像を壊す程度しかできず、支持者を得られていないということです」

「――なるほど」

「クリスがそこまで怒るなら……私も一肌脱ぎましょうかしら」

 

 聖衣に手をかけて、脱ぎ捨てる。敵が人間だとわかっているのなら、私も聖人としては戦わない。髪の毛を括り、クリスに目配せをする。

 

「あれをやります。クリス」

「……わかりました。くれぐれもお気をつけください」




使途不明金 使い途は分かるが意味がわからない。

大司教 書類仕事を溜め込んでいたというよりは、一緒に過ごす時間を作りたかった。
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