ある聖女の記録   作:黄金りんね

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聖女と闇の決闘

 夜更けに、城下町の小さな路地で踊り子とガルタリアンは落ち合った。踊り子も今度は肌寒いのか、厚着をしていた。

 

「……来たか、フォルテ」

「久しぶり、お兄さん」

 

 にへらと笑うフォルテに、ガルタリアンはさっさと教えろと言わんばかりに革袋を投げる。

 

「わわっと……あれ、少し多いね。どういうこと?」

「お前を信用してだ。なんだかんだ、宿を見繕ったりしてくれたからな。私は義理堅くあろうと思っている」

「へぇ……最後に聞きたいんだけどさ。どうして、聖女様の居場所が知りたいの? お兄さんの、本当の動機を教えてよ」

 

 フォルテは金貨を懐に入れつつ、興味本位といわんばかりに尋ねる。

 

「――それは、言わないといけないことか?」

「まぁ、――言いたくないなら、いいんだけどさ」

 

 そういいつつ、フォルテは封蝋のされた手紙を渡した。機密情報ゆえに、ということだろうか。フォルテは金貨の枚数を念入りに確かめ、金貨を軽くかむ。他方、ガルタリアンは素早く便箋を開け――手紙を握りつぶしてフォルテを睨んだ。

 

「何も書いてないじゃないか」

「うん。言葉で話したほうがいいかなと思って。奪われるかもしれなかったし」

 

 フォルテは、髪をほどき、手に何やらアクセサリーをつける。そして、全身が光り輝いたかと思うと――純白の、聖衣を纏っていた。紅玉の眼には、知性を宿し。軽薄だった口調は鳴りを潜めて、ガルタリアンを見た。

 

「私が聖女です。ルミーリア・フォルテ・エリザ。――お兄さん、話し合いで済むならば……それが理想的です」

 

 ガルタリアンは舌打ちしながら、つぶやく。

 

「聖女って意外と金にがめついんだな」

「あなたが石像を壊すからでしょう。どんなものでも決済が通ってしまった以上予算がついてるのですよ」

「……あぁ、そういう事情か。悪かったな。弁償金として金はやるよ。命は、もらい受ける」

 

 聖女は、その言葉に悲しそうに目を伏せて。そして笑った。

 

「ひょっとすると、あなたが私の寿命なのかもしれませんね」

 

 

 

 

 

 寿命を削ったこと。忘れるかのように、楽しい日々だった。ここ数日。――奇跡がある以上、暗殺されても生き返る。――でも。もし、万が一。この戦いで、私が取り返しのつかない過ちをして、神の寵愛を失うことだってあり得る。

 

「まだ死ぬわけにはいきませんが――後事はすでに、何もかも託した後です」

「――例の大司教様か? 話を聞く限り、腹心だったようだが」

 

 ガルタリアンは私の言葉を聞きながら、どこからか取り出した杖を構える。オーソドックスな魔法使いか。杖術と魔法、あるいは魔法により呼び出す使い魔に要警戒。

 

「……人類が、私のしたかった仕事を必ずや果たして見せます」

「ちっ、神様みたいな口をききやがって」

 

 杖から、魔力がほとばしる。攻撃魔法だ。魔力を拳にためて、直撃をそらす。

 

「驚いたな。聖女は魔法も使えるのか」

「魔力操作は魔法以前の基礎技術でしょう。こんなもので驚かれては、困りますわね!」

「じゃあ、これはどうだ? 『ジャッカルシュート』」

 

 瞬間、魔力の塊が連続で打ち放たれる。魔力で防御するが――全身にじんわりと衝撃が残り、口から鉄の味がした。内臓がダメージを追っている。葬討のように打撃を飛ばしたのか。それに、呪文を唱えることをしなかった。

 無詠唱魔法(スペルスキップ)。私が、どれだけ努力しても到達できなかった魔法技術の極致。それは、奇跡の体現者であるが故か、私自身の世界に対する意志の欠如か。だが。言葉にする必要のある魔法は。相手に手札を見せることしかできない。

 

「我が力は熱。我が力は光。眼下に広がる我が敵を、我が力にて屠る。我が前に、仇も友も残らず焼き果てる。――大魔法『アグニフレイム』」

 

 火炎の矢が充填される。連射が簡単なこれでも、私が日に撃てるのはせいぜい四十程度だろうか。私の詠唱を待っていたガルタリアンは、ひゅうと口笛を吹いた。

 

「本当に驚いた。魔法使いとしても上出来だな。中央なら大魔法使いだ。さすがだな」

「誉め言葉は、直撃してからにしてほしいものですわ――ねっ!」

 

 二発、軽く放つ。しかし、当然のように水を撒いて出力を抑えながら飛び上がり、屋根に飛び移った。

 

「地の利は私にある。じゃあ、大人しく死んでくれ。奥義『流れ星』」

 

 直感で体をひねり、魔法の回避を試みるが――片腕が、千切れとんだ。血が一気に失われる感覚が全身を襲う。強烈な眠気。倦怠感。そして、体の震え。

 

「――概念魔法ですわね、強力な魔法……さすがと言っておきましょうか」

「こちらこそ、だ。まさか回避されるとはな。次は外さん」

 

 わりと強い。奇跡を使えればよかったが、何しろ相手は人間だ。加減が効くかどうかも怪しい。とっさに腕を拾い上げ、ガルタリアンに放り投げる。

 

「なんの真似だ――」

 

 もう、仕方がない。攻撃に奇跡は使わないが、ほかのあらゆる手立てに奇跡を使って戦うしかない。そうであれば、決戦の趨勢に影響は出るまい。

 己の身体を聖堂とするものを敬いなさい。聖堂を守護するものを敬いなさい。聖堂のうちで休息する者は、神に背いてはならない。――私は、己の身体を聖堂とするものである。聖堂の中に、私の石像が建てられてしまっているから。

 ……私の身体が聖堂だとするのなら、使える奇跡が存在する。

 

 移動の奇跡。聖堂と聖堂をつなぎ、瞬間移動を可能とする大奇跡だ。

 

 目の前の腕をつかみ、体に押し当てる。瞬時にくっついた腕をそのままガルタリアンに向けて、叫ぶ。

 

「アグニフレイム!!!」

 

 灼熱の一矢が、ガルタリアンの全身を焦がす。

 

「――クソ、あぶねぇ……てか、全快かよ。内臓もダメージ入れてたつもりだが」

 

 体を焦がしながらも、顔をしかめながらも、ガルタリアンはそこに立っているのであった。屋根の上で向き合って、体制を立て直す。まだ、アグニフレイムのストックは残っている。ここから再装填を重ねれば、いずれ対処できる。

 

「……まだまだこれから。宮廷魔法をとっくり味わってくれたまえ。アグニフレイム」

 

 ガルタリアンの背後に、無数の炎が立ち並ぶ。無詠唱で、この出力。葬討でいくらかは打ち払うが……じり貧か。まずいな。

 

「奇跡を使えよ、聖女様。このままじゃいつまでたっても無意味だろうが」




奥義「流れ星」 最強の魔法の一つ。空に舞う流れ星の一つを魔法的に分解し、そこから得られるエネルギーを任意の形で打ち出す。斬撃なら不可避に、打撃なら腹に風穴を、火炎なら村を焼き切る大火を。
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