――ガルタリアンは、私に奇跡を使えという。なるほど。打ち破りたいのだろう。乗り越えたいのだろう。神の奇跡を超え、人間性の結露たる魔法が新時代を築き上げるために。
思わず、笑みがこぼれる。アグニフレイムを構え、頬を吊り上げる。
「ガルタリアン。――分を弁えよ、痴れ者が。児戯に本気で抵抗する大人がいるものか。汝の魔法は所詮、大火にいばりを浴びせるがごとき行い。下劣で、低俗で、――稚拙な業だ」
「ほざいたな、神の従僕。大いなるものの人形――ッ!」
ガルタリアンが顔を引きつらせ、吠える。アグニフレイムが、一面を覆う炎の驟雨が屋根を焦がし、私の皮膚を焼く。――皮膚が焦げ、痛みに顔をしかめる。
すこし、私が味わってきた痛みとは違う。魔族の魔法とも、神の奇跡とも違う。
人間の、人間による、人間のための神の否定。
神は、人間を愛している。――私の存在が、その証明だ。ガルタリアンは、私を殺すことにより、神という在り方から人間が解放されることを望んでいる。
それは、いつぞやの暗殺者やこれまでの襲撃とは違う。殺意の目的が違えば、私の死がもたらす結果も変わる。
地上における天意の代行こそが、奇跡そのもの。
「奇跡は、今日、ここで途絶える――!」
「奇跡は、今日、ここで示します」
私とガルタリアンの声が重なる。そんなことは、許されない。私がこの世界で生きるためにも。何より、私がこの世界を救うためにも。私が――世界に愛されるためにも――。
暗い欲望の炎が、私の心臓に灯る。こんな醜い私でも。誰かのために生きて、愛されて、最後を迎える必要がある。生まれた理由を果たせぬままに死ぬわけにはいかない。
「私は、まだ、何もなしていない――ッ!!! ……我が意を示す。魂を脂に。我が骨を薪に。血肉を炭とし、皮膚を藁となす。鼓動は熱。智慧は光。私は、最後に授けられしもの。力であり、罪であるべきもの。自らの肉を啄ませ、四海に威光を示すもの――プロメテウスフレア」
全身が、白熱する。痛い、熱い、苦しい、焦げる。でも、それでも。私は、浄化の火を知っている。暴虐で、わがままな
魔法による肉体の変化は、奇跡と違って使用者の命を害さない。魔法の形は、その者の在り方なのだから――。
「おいおいおいおい、そんな変化を起こしてどうやって生きられるってんだ!?」
「――醜いでしょう。汚いでしょう。度し難いほどに、命に執着しているでしょう。私は、この地上で生きる誰よりも卑しい。許されざる穢れた魂を持っています」
自らを燃料としたジェット噴射。音に近い速度で移動して、ガルタリアンを殴り飛ばす。地面にたたきつけられながら、ガルタリアンはこちらを睨む。
結構いい一撃だったはずだが。いまだに、意識があるらしい。……それに関してはお互い様か。
「――聖女のくせに、とんでもない
「そうですとも! ――誰よりも矮小。誰よりも浅薄。そんな存在はもう、神に祈るしかないでしょう?」
希望も、絶望も。自分に救えるものなど、何一つない。自分にできること、与えることなど到底できやしない。なのに、それでも。――すべてを与えてほしい。すべてを与えてもらった。
世界は、私を祝福している。神の奇跡だけが、私の為すことを保証している。
「命すら神に与えていただいたのです!!! それならば――私の魔法は、魔法すらも――奇跡に他なりませんとも――!」
刹那。私の魔法が、力を失っていく。魔法が効果を失っていく。そうだ。それでいい。魔法なんて力、私にはいらない。これが人間性だというのなら。そんなもの捨て去ってしまえ。だって、きっと。人間という在り方は、魔法なんてものには縛られないのだから。ガルタリアン。あなたは結局のところ、神とは異なる「絶対者」を探したいだけの。荒野をさまよう、やせこけた子供。
小さな人間にすぎないのだから。
「貴様……魔法を、すて、たのか……? 魔法は、お前の意志で自由に行使できるはずだ……なのに、そんな、愚かな」
「……私は、ほかならぬ私の意志で。私の行いの『すべて』を、神に委ねます。あなたと戦って、わかりました。私はこれまで。本当の意味で聖人ではなかったのかもしれません」
神を憎み、それ故に私を否定する者がいるのなら。それに私の意志で抵抗なんてできないと思ってしまった。人が、人の力で神を否定するのなら。私は、私の信仰に沿うように。魔法を捨て、神に恭順を示そう。私自身の人間性も、神に帰依するのだと、示さなければならない。私一人の信仰なら。私一人を守るためなら。魔法も奇跡も。いらない。
「――あなたは、わたしをあがめることについて偽ってはならない。わたしをあがめないものが、わたしをあがめていると言ったり、わたしをあがめているものが、わたしをあがめていないと言ったりしてはならない。――私が私であるために。私は私が望むままに、正しいと信じるままに、祈りの形を証明する」
ああ、でも。それでも。
「きらわれるのは。にくまれるのは、いやだなぁ……」
涙は出てしまう。……石像を砕かれ。殺意を向けられ。人間自身にうちすてられるなら。私の存在に価値なんてないのなら。――捨てないで。誰にも、否定されたくない。私も、私の行いも。ただ生きることを、ゆるしてほしい。
ガルタリアンが、表情を削ぎ落す。
「俺は、人間であるために、情けを捨てる。俺は、俺が信じるすべてのために、お前という人間を殺す」
殺意が、迫る。――死にたくない。愛されたい。おいていかないで。でも、それでも。私は――。信仰は捨てられない。尽きぬ殺意と、祈りの闘争の時間だ。
炎が、甲高い金属音とともに散らされた。
「――悪いな。お前を殺すことしか考えられん」
白銀の鎧に、英雄ぶった青いマント。吹き荒れる暴力。おぞましいほどの威圧。
「よくも、エリザを泣かせたな。死ね」
「お、にいちゃん――」
漫遊の騎士アルベール。物語の騎士。中央教区において最も名を馳せた騎士の一人。
わたしの、だいすきなおにいちゃん。
「あいつが、私に死ねって……私、もういらない?」
いらないなら、ちゃんと死ねるよ。そう唇を動かすと、おにいちゃんは顔をくしゃくしゃにして、笑った。
「……わがままな聖女様だ。クソ、こんなになるまで頑張りやがって――俺は、お前がずっと大事だ」
聖女様 人間としての意志の顕現は捨てても、そう簡単に人間性までは失えない。
受肉の奇跡 人間として生を受け、人間としてよみがえる。生を手放せば手放すほど、その魂の在り方は少しづつ変容する。
巡礼者の奇跡 人間として存在することを祝福する奇跡。信仰をもつ者の心と魂をあらゆる非人間性から守る奇跡。聖女は巡礼者の奇跡を付き人に預けている最中に、幾たび命を失い、幾たびあり方を変えたのだろうか。