ある聖女の記録   作:黄金りんね

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前回のあらすじ
アルベール、キレた!


聖女とお兄ちゃん

 アルベールが、剣を抜いた瞬間暴風が周囲を支配する。ガルタリアンが目を見開き、しゃがんで回避する。

 

「速いな」

 

 アルベールはつぶやきざまに、斬撃を幾重にも重ねて襲い掛かる。――見えない。お兄ちゃんの剣術が。足運びが。視線が、意図が。剣術を多少かじってきたつもりだった。我流の業がそこそこだと思っていた。お兄ちゃんが本気を出しているとは思っていなかったけれど……。

 ここまで強いとは、思っていなかった。

 

「クソ、クソ! アグニフレ――」

 

 ガルタリアンの手が切り飛ばされる。

 

「それはエリザが使っていたな。じゃあ、お前は使うな」

「訳が分からん!」

 

 腕を失いながらも、ガルタリアンは食い下がる。無詠唱で魔法の雨霰を飛ばしている。ガルタリアンは強い。デュラハンとその軍勢に、レアルテティア以外なら無傷で勝てる程度には魔法の腕がいい。だが、それ以上に――。

 

「奥義。流れ星――」

「つまらん」

 

 魔法による概念級の一撃。それをかるく弾いた。思わず、つぶやいてしまった。

 

「は?」

 

 不可避の斬撃を当然とばかりにはじいた。そして、なんでもなさそうにうそぶく。

 

「聖樹軍で北に行ったときに出会った魔女は腕くらい難なく再生して見せたぞ。ああいう切っても切っても死なない奴には勝てん。エリザのおかげで命拾いした……さて、お前は、俺でも勝てそうだ」

 

 アルベールは無感情につぶやく。ガルタリアンは、呆然としたまま。叫ぶ。

 

「貴様、そこの騎士! それだけの力で、なぜ神にあらがわん! なぜあんな、得体のしれない力の化け物に従っていられる! そんなこと、知恵を持ち、理性を巡らせる人間には度し難いものだろう? 奇跡などという、実に詰まらん――」

「話が長い」

 

 刃が、ガルタリアンののどを貫く。自らの血に溺れながら、ガルダリアンはアルベールを睨む。すぐに刃を抜き取り、ガルダリアンを蹴り飛ばして、血を拭き取る。

 

「神がどうとか、それこそゲレーデンの爺さんとでも話せ。俺がお前を殺すのは、エリザに怖い思いをさせたからだ」

 

 アルベールの斬撃が、ガルタリアンの首に吸い込まれそうになり――。とっさに叫ぶ。

 

「まって、お兄ちゃん!」

 

 声は、泣いていたせいでかすかすで。少し恥ずかしいけど。ガルタリアンの傷を治してやる。

 

「エリザ、やめろ。こいつを殺せない」

「殺さないで」

「あのなぁ、慈悲深いにもほどがあるだろ」

 

 そうじゃない。私は、ガルタリアンに近づいて思い切り頭を殴る。――うん、すっきりした。

 

「……神様を信じない不信心者には、お仕置きです」

 

 私の言葉に、ガルタリアンは信じられないものを見るかのような顔をした。

 

「あんた……くそ、ほんとお人よしだな。このまま終わる方が、よっぽど楽だったぜ」

「……人を殺して、神の導きを鎖すと仰っておりましたね。――そうやって、人間の時代のために、人をいくら殺すつもりですか?」

 

 私の問いに、ガルタリアンは目をそらした。

 

「……あぁ、くそ」

 

 アルベールも、クリスもこういう人間を許さないだろう。理念という炎を燃やすために、人という薪をくべつづけられるもの。――私に批判する権利はない。私は、私自身を喜んでくべるものだから。

 

 

 

 

 結局、ガルタリアンは無罪放免……というわけにはいかず。石像の弁済と、さらなる「寄付金」を教会に支払うこととなった。

 その寄付金が使われたのが、領都の大聖堂である。

 

 

 

 大聖堂に、聖女の偉業を記録するステンドグラスが作られることとなったのだ。――結局、こうなるんですか。

 

 

「絶対もっといい使い道があるでしょう? 取り消すなら今ですよ、クリス」

 

 決済を勝手に通してしまった(勝手ではない。大司教が許可して通らないものなどあんまりない)クリスに抗議すると、ふんと軽くあしらわれてしまった。

 

「――エリザ様も、そろそろあきらめられてはいかがです? 皆があなたを望んでいるのですから」

「……まぁ、わかりました。今回はさっぱりきっかり諦めます」

 

 クリスが、嬉しそうに笑った。

 

「それでは、枢機卿猊下。此度の礼拝は、ぜひお願いしたいです」

「げ、げいか……って」

 

 まぁ、ステンドグラスの方がきれいで美しいからよしとする。光というそれ自体は見えづらい概念がはっきりと顕現するのって何となく神秘的だなと感じる。

 稲妻と聖女。太陽と月と星。イチジクと巡礼者。きれいなステンドグラスだ。――今日の礼拝は、何を話そうか。主の意をとらずに、己の意を採って動くものについて、なんてどうだろうか。

 

 

 

 

 

 愚者は裁かれ、魔族は動かずに。夏は過ぎ越し、秋もくれつつある。日が落ちるのが早くなる時期。

 

 

 今年は、冬至と新月の重なる朔旦冬至。月も、太陽も。星明りのみが煌々とする、人類にとって最も厳しい季節がやってこようとしていた。

 剣に絡みつく双頭の蛇。

 

 

 文明への悪意。地上より、人の王国を滅ぼすために。許されざる不浄の群れが、北方教区を覆わんと動き出そうとしていた。




漫遊の騎士 妹分とのごっこ遊びで本気を出したことは一度もない。

聖女様 剣術が弱いわけではない。
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