ある聖女の記録   作:黄金りんね

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遅れてしまってごめんなさい。


聖女の表象

 まるで蟻の大群だ。北嶺山脈のふもとに、真っ黒な軍勢が一夜にして現れた。魔王直属の黒衣。死と何物にも染まらぬ意志の発露。黒曜軍と呼ばれる魔王の親衛隊である。

 歴史には残っていたが、本物を見るのは初めてである。

 

「さすがにおぞましい死の軍勢。文明を枯らす北風とはよく言ったものですね」

 

 思わず顔を引きつらせて笑う。吹き荒れる瘴気に、吐き気を催すような腐臭。砦の城壁から見下ろして感じるもの。

 ただただ不快感のみである。

 

「さて。それじゃ――軽く一掃します。全軍は待機。私が出ます」

「――は?」

 

 思わず間抜けな声を出したクリスにウインクする。

 

「大丈夫です! 魔王の直属本隊とはいえ、彼らは尖兵。我々の意気をくじくための兵卒にすぎません。軽く露払いしてみますとも!」

 

 城壁から、飛び降りる。痛いのも、魔族も。殺すのも、死ぬのも大っ嫌いだ。心底怖いと思う。

 

「それでも。もっと怖いのは。大事なものを守れないこと。失うこと。その手で――壊すこと」

 

 妹の顔を覚えている。魔族になった。悪行の限りを尽くした。でも。それでも、大好きだった。二度と、壊させない。壊さない。

 ここで私が戦えなければ。

 

 すべて、すべてが無に帰る。生まれた価値をここで示せ。――私の意志が。私の心が。精神が。魂が。身体が。奇跡の賜物であるとすれば。

 私の意志の表象であったところの魔法は――奇跡に他ならない。

 

「聖句に示されたことだけが。神の御業ではないのですから――。猛れ、アグニフレイム!!!」

 

 自由落下の中で、炎の矢を番える。当然のことだが――私がかつて使えた魔法は、()()()()()()()()()()()()()()

 魔力消費を必要としない、無数の炎の矢が、大地を埋め尽くす。ごみクソの魔族どもが、叫びながら灰となっていく。

 

 地面に直撃する瞬間に竜踏で空中に飛び上がり、勢いを殺す。すたり、と足音も響かぬ優雅な着地を披露した。

 

「ご機嫌悪うございます、魔族の皆さま。――さて、人間の領土を侵すのはもちろん許しませんが……命あるまま家に帰ることは、ますます許せません。肉片も残しませんわ」

 

 当然だ。魔法を奇跡のごとく扱うということは、すなわち。信仰心によって、出力が左右されるということ。祈りが、大いなる奇跡をもたらすということ。

 雷霆を体に纏い、炎の矢を番える。

 

「――雷帝の裁き」

 

 雷撃と灼熱が大地を舐め、爆ぜる。――不思議なほどに気分がいい。奇跡を多用しているとは思えないほどに。

 塵と化していく弱卒を見ながら、背を向ける。

 

「かの聖女の力を見に来たが、よもや大地を埋め尽くす灰王軍が半刻もたたずに一掃されるとはな」

「……あなたもここで殺しましょう」

「おっと……まぁ、そうなるか。いや、話をしようと思ったのだけど」

 

 ちらと見ると、そこには全身に包帯を巻いた気色の悪い魔族がいた。手を向け、炎の矢を番える。魔族は手を挙げて何かしゃべろうとしていたが、矢を放つ。

 轟音と灼熱が、化け物を包む。

 

「とことん魔族と話すつもりはないようだな、さすが聖女。さすが聖人! だが、魔族も命を持ち、この大地に息づくものだ。世界に許された在り方だとは思わんのか?」

「――火力が足りませんでしたね、雷撃の方が通りはいいのかしら」

「おいおいおい、なんも聞いてないじゃねぇか! 言葉による対話は!?」

 

 何か、鳴いている。

 

「――安寧を。栄華を。名誉を。尊厳をうちすてよ。しかる後に、天国への道は開かれる」

「ちっ、話が通じないならもういいや。やばすぎでしょ、最近の聖人って……」

 

 ……魔族の言葉に耳を貸そうと思ったことなど、何一つない。そして、見逃すつもりもない。

 

「聖霊結界」

「……マジ、で? あぁクソ、魔王様のお願いなんて絶対聞くべきじゃなかったんだ――!」

 

 やっと自分がすでに死ぬ寸前であると気付いたらしい。お気楽なものだ。

 

「私が、どういう気持ちで要塞を築き上げたか――悔いて死に、しかるのちに知るといいですわ」

「――ふん、まあいいさ。ここで殺してやるよ、聖女様――俺の火力はあんたのそれよりはるかにアツいぜ!!!」

 

 やっと御託をやめて戦う気になったらしい。――魔王の手先の中ではそれ相応に強いらしいが。お手並み拝見と行こう。

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