ある聖女の記録   作:黄金りんね

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聖女と闘争

 結局例の魔族は大したことがなかった。少しギアを上げただけで音を上げて死んでしまった。陣地作成をくじかれた魔族も、少しは面倒さを覚えただろう。

 砦に戻って、ふぅとため息をつく。紅茶を口に含み、リンゴのパイを食べる。華やかな香りと、甘酸っぱいリンゴの味に笑みがこぼれる。

 

「おいしいですわ……なんだか、最近料理のレベルが高まっているような……」

「食事について研究がなされ始めました。より長く持たせる方法、よりおいしく食べられる調理法など……エリザ様の尽力のおかげです。交易の発展がもたらしたのですよ」

 

 そういうものか。最近人より贅沢をさせてもらっている気がするのは、あれか。クリスの私利私欲……じゃなくて、優しさだろうか。ありがたく受け取りはするが、別に私を特別扱いなんてしなくてもいいんだけどね。

 ただ、私が旨いもの食べていい服(聖衣だし、奇跡で作ってるからいい服かどうかは不明だが)着て、そういうふるまいが戦士の街で求められるのは事実。それに、聖女が食べたパイとかローストとかって、特殊なブランディングがついてお祭りの時に食べたりすることにもなるとか。

 一過性の流行でも、そういうものが人の支えになるならまあいいやって感じである。ステンドグラスと言い石像と言い、意外と人間ってミーハーだなと思うのであった。

 

 

 

 

 私による妨害を数度経て、魔王軍はついにその陣容を明らかにした。真っ黒な軍勢。竜王が率いる大量の竜。死を乗り越え、踏み越えた祝福されざるアンデッド。人を惑わせる悪魔。巨大な岩石の身体を持つゴーレム。

 

「異形のパレードですね」

「百鬼夜行っていうんだっけか、ああいうのを」

「さて……」

 

 ほんとうのたたかいが、はじまる。

 

 死霊の群れの前に、一歩躍り出る。

 

「私が、聖女です。――滅ぼす前に、一言だけ。神の威光の元に、その命を絶ち。恭順を示せ。魔族は、自ら滅びることを赦します」

 

 魔族から、汚濁した怒号が聞こえる。

 その前に、姿を現したのは闇夜に染めたような黒翼の少年だった。悪魔か、あるいは――堕天使だろうか。天使に翼があるというのは、後世の偶像だったと記憶しているが……。

 

「聖女よ――神の傀儡。人類を照らす光。文明の守護者。どう表現しても、お前はおぞましい怪物だ」

「……恭順は示さず、闘争を望むわけですね」

「――私たちは、神とその被造物を許さん。ただ滅べ。ただ失せよ」

「なるほど、意見が一致しましたわね」

 

 雷撃を纏う。羽の魔族は、光を持たない何かを纏っていた。闇、だろうか。

 

「我が意志を大地に示す。天を睨み、神を呪う。歪め、歪め、歪め。我は在り方をあらざる方へと曲げる力。偽証せよ。虚言を振りまけ。正しきものこそ、不正なものである――ベンディング」

 

 刹那。私の腕がぐちゃぐちゃに捻じ曲がる。なるほど。そういうタイプの魔法か。腕を引きちぎり、竜踏で一気に肉薄する。

 わが身を剣とする奇跡で、吹き出る血液を刃にして振りまく。

 

「小癪な真似を――効くか、そんなものが!!!」

「結構です」

 

 刃は道だ。雷撃が、羽の魔族を直接打ち抜くための道。昔、デュラハンも同じやり方で殺したな。

 雷撃がはらわたを貫く。羽の魔族は、歯を食いしばっていたが――死んではいなかった。ひどい頭痛を感じる。これは――そうか、頭をねじられている――!

 意識が、消失した。

 

 

 

「さすがは魔王の直属の配下――軽く死んでしまいました」

 

 目が、真っ赤に光る。不気味な不死者の眼。聖女は、死なない。魔族の魔法は聖女の命に届かない。

 

「神を肯定した挙句が、この始末か……」

「死を超えたわけではありません。ただ、あなた程度では私は殺せないってだけです」

「――先に音を上げたのは、貴様の方だな聖女。それならどうやら……私でも殺せそうだ!」

「戯言を」

 

 生存闘争。雷撃と空間のひずみが、天空に特異点を作り上げていた。ぐしゃり、と空間がゆがむたびになる異音と、輝く赤い閃光。生を再び受けるたびに明滅する生と死の交錯による光に、アルベールは歯噛みする。

 

「――魔族を亡ぼせ! 聖女だけに戦わせるな!!!」

 

 大地でも、魔族と戦士たちが激突する。魔法が乱れ、刃が血で濡れる。まごうことなき戦場。まごうことなき地獄。

 

 

 

 

 想像以上にこの羽の魔族は強い。どれだけ肉体を攻撃して、体に穴をあけようとも――体が再生している。ここまで強力な治癒魔法は初めて見た。小癪な話だ。

 似非天使、とでもいうべきだろうか。つまらない歪曲の魔法で、私の身体をたびたび引き裂くが、それだけの曲芸。

 

「――ここで貴様を足止めすれば、魔族が直下を蹂躙して勝利だ」

 

 似非天使は自慢げにうそぶくが、正直何の感慨もわかない。だって、そんなのは勝てる理由にならない。

 

「笑わせますね。私一人が英雄ではありません。人間の意志も、神の威光も、いまだ顕在。あなた方が勝てる余地など、一分たりともないのです」

 

 雷撃――ではなく、浄化の炎を振りまく。――わずかに、似非天使の表情に陰りがあった。なるほど。

 

「肉体はかざり。黒い靄が本体の――憑依霊ですね。くだらない」

「――さて、どうかな? 私は、負けない」

 

 ――今更気づく。この似非天使、少年だと思っていたが。少女かもしれない。いや、どうでもいい話だけど――。私の全身を、炎が包み込む。

 

「聖なる骸の、聖なる炎で禊ましょう」

「かかってこい。――ベンディング」

 

 空間がねじ曲がり、炎を避けようと動いている。空を伝う打撃――葬討を放ち、炎をその打撃に添わせる。靄に炎が着火し、靄は苦しそうに蠢く。

 

「クソ、ただの浄化じゃない――奇跡か、クソ、クソ! ――確かに、私はここで死ぬ。だがな。だが、だが! 神の意志も、貴様の意志も絶対じゃない。――私が死んだとき、この肉体の主が眠りから目覚めることとなっている。……魔王陛下が召喚した、神による文明護持の奇跡の転用――この身は、聖人に他ならない――!!! すでに、私の歪曲によりその在り方は地に堕ちたが――さぁ、戦えるか、聖女よ。これは、本物の聖人で、神より許されざる権能を賜った――天使だ!」

 

 靄がはれる。輝く金の髪に、ほの暗く光る赤い目。端正な顔立ちの少女――は、黒い翼を一度羽ばたかせ、ふぅとため息をついた。

 

「神の意志に基づき、人類を救済する」

 

 そうか。肉体を癒していたのは。この方の奇跡か。肉体を再構成し、こぶしを構える。魔王の悪辣には反吐が出る。

 当然のように腕の骨を剣に変化させ、二度、三度素振りをして見せてくる聖人。伝承にある通りなら、目の前の聖人は――。

 

「聖ルミーリア……」

 

 異教徒殺しに特化した、伝説そのものだ。




聖ルミーリア 異教徒を殺すために生涯を費やした聖人。異教徒との戦いは苛烈を極め、少女もまた、その犠牲になった一人だった。何のために戦い、何のために死んだのか。もう、誰も知らない。
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