ある聖女の記録   作:黄金りんね

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聖女と側仕え

 ムカついたから礼拝をぶっちするなんて、聖女にあるまじき行いだったと後から顔を青くしたが、仕方ない。やってしまったのだから、あとから何とかなってほしい。なってくれ……。

 教会にある、客人のために寝泊まりするための部屋がある。教会――というかこの世界は、あまり寝食に関心がなく、かなり粗末な部屋に泊まることが多い。まあ、別にいいんだけど、少し衛生的に汚いのは勘弁だ。

 となると、することは一つ。

 

「クリス――聖衣を脱ぐのを手伝っていただけますか」

 

 部屋で待っていた金髪の少女に声をかける。私とだいたい同じ年で、向こうは貴族出身の立派なご身分。私みたいな平民出身の小娘につかえるなんて、許せないだろうな。

 聖衣を脱いで渡し、小さく息をつく。黒いタンクトップのような肌着がこの世間では一般的。パンツもひもで括るタイプが基本である。誰かしらがゴムの木を見つけてほしいものだが……。下着だけで暮らすわけにもいかないので、適当な衣服(ぼろ布だが)を見繕って袖を通す。

 クリスはややドン引きしているような顔だが、仕方ない。とりあえず寝具に清浄の奇跡をかけ、きれいにする。

 

「では、井戸へまいりましょうか、クリス」

「……もしかして、ここでもやるんですか?」

「もちろんです!」

 

 教会大掃除の時間だ! こんな汚いところで寝てられるかよぉ……!

 井戸で水をくんで、雑巾の水を絞る。北方の水は冷たいぜ……。雑巾とバケツでしつこい汚れから埃まで徹底的にお掃除してやんよ~!

 聖句の奇跡でパパっとお掃除してもいいのだが、清浄の奇跡はかなりの高コスト。奇跡がいくら魔力を使わないとはいっても、やはり自分の中から魔力以外の「何か」が抜け出る感覚をこんなことで味わいたくはないのである。自分の寝床は別として。

 

「聖女が、どうしてこんなことをするんですか……」

「まあまあ、クリス。そう怒らないでくださいよ。いやなら私に付き合わなくていいんですよ?」

 

 私がそういうと、クリスはジト目でこちらをにらんできた。

 

「聖女が掃除をして、側仕えの私が黙ってみてるってこと。許されるわけないでしょ。立場を考えてください」

「……立場、ですか」

 

 なんか、おんなじ言葉を何回も聞くなぁ。今回の言葉は、クリスとして当然の主張だ。貴族の子弟のくせに、よく私についてきてくれる。内心はわからないけど、してくれたことは本当に立派である。

 

「クリス。別に、私についてくるのが嫌なら、私のしたいことがあなたのしたいことじゃないなら、別にそう言ってくださって構わないのですよ。私の道は、私が選んだ道ですから」

「――バカ言わないでくださいよ。私は、私がしたくってここにいるんです。黙って文句を言われておいてください」

 

 クリス。難儀な子である。やっぱり貴族の子ってわがままなのかなぁ。石畳をごしごしとして、ちらりとクリスを横目に見る。さぼっているようには見えない。まじめっちゃまじめなんだよな……。扱い方がわからない。かれこれ三年近い付き合いなんだけどね……。

 

 

 

 

 

 

 聖女様と初めて出会って、かれこれ七年になる。初めてであったのは、彼女が村を滅ぼされて、難民の群れとなって歩いているのを見た時だったか。そして、領地の孤児院から、時折屋敷に訪ねてくることがあった。司祭が寄進を求めてやってくるのだ。北方は貧しく、貴族といえども寄進を常にできるわけではない。聖女様は、その時孤児として一緒にやってきて、寄進をお願いしに来るのだ。

 その時私も同い年くらいで、司祭と父上が話している間は二人で遊んでいた。

 

「あなた、どうして孤児院なんかにいるの」

 

 私の言葉は、貴族としての自分をかさに着た、傲慢な言葉だったと思う。ルミーリア様は平然と。

 

「お父さんと、お母さんがいなくなったから」

 

 とだけ答えた。一瞬だけうつむいて、頭を下げてきた。

 

「私のことを聞いてくださったのは、お嬢様が初めてですよ」

 

と、寂しそうに笑った。多くの大人にとって、彼女は同情を引くための道具でしかなかったのかもしれない。私は、少し彼女が気の毒になった。

 それから、領地にも魔物の侵攻が増えて。教会の庇護を求めるようになった。教会ははじめ教罰隊を送ることを渋っていたが、突然快諾した。齢十二歳の聖女の初陣に、うちの領土が選ばれたのだ。

 私は、形だけの出兵だと思った。神も、我が領地を見捨てたのだと。

 

 だが。聖女様は、魔物の百鬼夜行を。死の葬列をものの半刻で消滅させ、吹き飛ばした。熱を持った空気と、肉の焼けるにおいがあたりに漂う。聖女は、疵一つなく。すべてを鎮圧して見せた。

 

 

 領地を守った引き換えに、私は聖女の側仕えとして教会に行くこととなった。生涯、聖衣の色は変わらないと言われた。そんなことどうでもよかった。私は、この方に一生仕えようと思った。

 

 

 聖女は、ただ敬虔なだけの人ではなかった。気が付けば抜け出して、気が付けば人を助ける。人の厚意に甘えてパンをもらってきたり、子犬とじゃれていたり。勝手に領地の外に出て魔物を倒したり。冒険者ギルドで麦酒を飲んで顔を真っ赤にして倒れたり。

 好き勝手で、わがままで、でも、人を愛していると思った。世界を、心から愛していないとこんな生き方はできない。

 だから、私は聖女ではなく。この方に。人として仕えようと思った。

 

「クリス。別に、私についてくるのが嫌なら、私のしたいことがあなたのしたいことじゃないなら、別にそう言ってくださって構わないのですよ。私の道は、私が選んだ道ですから」

「――バカ言わないでくださいよ。私は、私がしたくってここにいるんです。黙って文句を言われておいてください」

 

 雑用を命じられるより、そんなことを仰られるほうが。よほど堪えるのだ。

 




聖女 当然あの時の領主の娘=クリスとは思っていない。


魔物 魔力で構成されているため、死ねば時間経過でこの世界から痕跡を消す。
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