魔族もずいぶんと数を減らした。そのはずだが。そのつもりだったが。まだまだ黒い砂粒がひしめいている。
「あれだけの数を、どこから――」
戦場で前に立ちながら、思考する。敵は私を殺そうと向かってくる。並大抵の刃はもう通らないし、たとえ傷ついても痛くはないのだから何の問題もない。戦闘中は治癒をオフにして力をフル活用する。じんわりと、体の奥に少しずつ奇跡が刻まれているのを感じる。
敵の刃が砕け、私の拳が魔族の腹を貫く。体内に私の身体の一部を残しておき、一気に武器へと変換して全身を内部から刺し貫く。
「クソ、そんな、奇跡なんて卑怯なものを使いやがって!!!」
「……弱体化がかかっているはずなのにほとんど魔族の力も衰えがない……そういう魔法を使っているのですね」
魔族のはらわたを掴んで引きずりだす。効率よく、次を探す。雷霆ももはや使うまでもない。アグニフレイムを宙に撃ち、花火のように周囲にまき散らす。炎の矢が敵を巻き込み、火炎の竜巻を地上に呼び起こす。
「――聖女。ここで、今死ね」
鎧甲冑の大きな魔族が、刃を振り下ろす。殺気が鋭く、軽くバックステップで回避する。すれすれを刃が通り抜けるのを確認して、こぶしを叩き込む。
「葬討――!」
直接、叩き込む。べこべこと甲冑がへこみ、吐血する。だが、それでも刀を握ってこちらにふるってきた。速い。これはかわせない。
刃は結局私の皮膚に軽く食い込むだけだった。
「切れそうなのは見た目だけ、こけおどしですか」
腕をそのまま刃に変形して、カマキリのように振り上げる。
「それなら、さっきのはよける必要もありませんでしたね」
今回のはこいつが総大将だったようで、潮が引くように撤退していく。――これを繰り返して、こちらを疲弊させようとしているのが伝わる。
そろそろこういう小競り合いに飽きてきた。つられてやる。皆殺しにしてやる。
聖女は、敵の撤退を気にする様子もなく走り出す。大地を舐めるように噴き出す炎と、天から落ちる雷が一人も逃さぬという決意の表れのように魔族を滅ぼしていく。
その様子に、アルベールが小さく舌打ちをした。
「勝負を焦っている……?」
アルベールはクリスほど奇跡に通じていない。ゆえに、クリスにはうっすらと感づけた問題もさっぱりわからない。
だが、エリザの考えていることは分かる。魔族のちまちました攻撃(そんなことはない。かつてのデュラハンによる侵攻クラスが毎回来ているはず)に苛立っているのだ。
「クソ、エリザが釣られてこっちに別動隊でも来たらどうするつもり――やはりか」
エリザが向かったのとは別方向から土煙が立っている。援軍なはずはない。つまり、そういうことだろう。
すべて、エリザに頼るつもりか? 別動隊は砦のみで何とかすればいい。――エリザは、エリザの心のままに動けばいい。
こちらの敵は、俺一人ですべて滅ぼす。
「――心正しくあれ。……起きろ」
聖人の遺骸は武装となりうる。それは、エリザもルミーリアも示したところである。聖人の遺骸。それは、聖人がいない時代において魔族に対抗できる手段の一つ。
アルベールは、その剣を起こしたことはない。自らの剣技を恃むがゆえに。ベアトリスとの戦いでは、起こす暇もなかった。のんきに詠唱なんてして、疵を負えば。エリザがその痛みを負うのだから。
「――聖ユースティティアよ。我が問いに答えよ。悪を糺せ。罪を裁け。罰を与えよ。ふさわしきものにふさわしき報いを与えよ。谷を渡り、昏き夜を超えた巡礼者に報いを与え、正当な騎士を選べ」
聖剣ユースティティア。聖人の最も長い骨を使って顕現した、最強の聖剣。白金の剣。振るえば、たちまち闇を切り払うという。
「――聖女様なんかに頼らなくても、人類は戦える。エリザが生まれる前だって、滅ぼしきれてたわけじゃねぇだろ、クソ魔族が」
聖剣の輝きが、ほとばしる。
「一掃してやる。――雷霆の裁き」
青い雷撃が、大地を舐める。アルベールのほほが吊り上がる。
「なるほどな、これがエリザの世界か。負ける気がしねぇ」
暗い森の中で、青い雷撃が走る。回避する間もなく雷撃が全身を貫く。痛みはない。そういう機能はすでに切り捨てているから。死ぬ必要もない。この程度の出力なら、まだ耐えられるから。問題があるとすれば、この森の中を雷速で動き回る何かがいるということだけ。
――いや、わかる。純粋な信仰を持っている何かが、潜んでいる。私はそれを感じることができる。
「雷霆の裁き」
天使となりつつある部分をメインに雷撃を流す。うん、これならいける。皮膚の下にある筋肉部分にも雷撃が通せている。
これで雷速にも対応できる。
「そこです――」
きぃん、という甲高い金属音のようなものが鳴り響く。天使と天使。出力が同じであれば、こうなるということだろうか。無感情な青い瞳に、白く輝く髪色。後光のさすその姿。
「二人目、ですか――」
聖ユースティティア。魔王が天より招いた二人目の天使。ゆがんだ形で、己の使命を誤認している。
「つくづく悪辣ですね、魔王――!」
私の腕がちぎれ飛ぶ。雷撃の出力で言えば、私以上か。腕を手斧に変えて構える。
「――我がのちに、最も偉大なものが現れる。そのものは、天の御座に座りしもの。大いなる門をくぐるもの。大いなる門を築き、我らを招くもの。そのものに比べれば、我ははるかに小さい」
ユースティティアが、祈りの言葉を吐く。約定の聖句だ。私がかつて、前教皇の前で囁いた聖句。信仰を担保する黄金の言葉。
なぜ、そんなものを今? 無意味に等しいだろう。
向けられる殺意は本物。であれば、この言葉はシンプルな祈りだろうか。
「魔王のくせに、主を気取って天使を呼んで、私にぶつけて。その悪逆の報いを直ちに受けさせてやる」
復讐の預言。不信心者を切り刻んだとある律法学者の言葉をつぶやく。
「私は、汝の前に汝以外の血族すべての首を並べ、報いを与える」
不信心はその直系子孫と父方・母方の三族を鏖にしてもよいという法はこの言葉が由来である。
雷撃が、交差した。
聖剣 ユースティティア脊髄剣。莫大な奇跡を内包している。本来の聖剣はその聖人に刻まれた奇跡を自由に扱える。もちろん雷速の移動もノーリスク。
聖ユースティティア 裁きの聖人。雷霆をノーリスクで使えた聖人。
聖女様 いや、治癒で治せるんだから私もノーリスクで使ってるんですけど……の顔。