雪が降り積もる、白銀の世界。おとぎ話のような世界で、私は森の中を歩いていた。木に括りつけた金属製の器を確認しに行くのだ。
白い犬――アレスと呼んでいる――を連れて、器の中をのぞく。
「いっぱいたまってますね」
少し、指をつけて舐める。――ほんのり甘い。これを、煮詰めてシロップにするのが今の生業の一つ。あまいシロップと、薪を売る。どこにでもある、普通の暮らし。
皮をなめした袋に、樹液をためていく。樹液を何袋か集めて、犬ぞりにたくさんある容器に移していく。そして、別の木に傷をつけて、樹液をとっていく。
これの繰り返し。それが、今の暮らし。
「雪を甘露にする、とか」
そんな奇跡を夢想してしまうのは、ほんの少し罰当たりだろうか。神様も許してくれる、かもしれない。
犬ぞりに、たくさんの容器を積み上げて白い息を吐く。アレスの頭を軽く撫でてやる。
「よろしくお願いします、アレス」
「わん!」
犬らしい返事をしてくれる。犬ぞりにすわって、出発進行だ。
例の聖罰から、もう三年がたった。
魔王が滅んでから半年は。魔王討伐と奇跡の終焉を知った人々の混乱はすさまじいものだった。魔王が滅んだことによる魔族滅亡の喜びと、聖女がいなくなったことによる奇跡滅却の事実は、世界を揺るがす大事態にすらなったのだ。だが、最終的には北方大司教が収拾をつけた。
――治癒の奇跡だけは魔法化したものを広く普及させ、教会は今後病人を治す機関となりそうだというのがおおむねの見立てである。教会はそれを「奇跡」だと言い張ることで何とか権威を保つらしい。
まぁ、現実的な落としどころか。
犬ぞりが、小さな丸太小屋の前にとまる。アレスのほかにも何匹かいる犬の首輪を外してやる。軽く咳払いして、ドアをノックした。
「クリス大司教猊下。ただいま帰りました」
「――エリザ! その呼び方やめてって、何回言ったらわかるんです?」
「……猊下がいじめるよ、アレス」
「もう! ――積み下ろしは私がやっておきますから。中でお茶でも飲んでてください」
私は――ただのエリザは――部屋に入ろうとして、やっぱりやめた。
「私も手伝います!」
「そうですか――わかりました」
二人並んで、樹液を運ぶ。――今日は寒いし、煮詰める作業は明日にしませんか? なんて。クリスに言えるわけもない。
「……今日は、寒いから。煮詰めるのは明日にしましょうか、エリザ」
「――えっ」
思わずクリスの顔をまじまじと見つめる。クリスは、くすくすと笑ってからちゃめっ気たっぷりにウインクした。
「お茶とクッキー。とりあえず、一緒に食べましょうか」
「はい!」
実は、私の部屋にちょっとしたプレゼントを隠している。今年の冬至から三日後。今日は、クリスの誕生日だ。
これにて完結です。
ちょっとの間ですが、お付き合いいただきありがとうございました。
気が向けば巡礼の頃の話とか、その後のお話とか更新します。