ルナティック・エクストラ・ナイト
雪が、しんしんと降り積もる。魔族はすでに滅び去ったが、文明を剥がす狂気が地上から消え失せたわけではない。エリザ様がすでに二頭の王を屠ったが、それでもいまだに健在。
魔族よりも――あるいは、魔王にすら匹敵するといわれた災厄。
竜王の暴威。
竜は、たびたび文明に影を落とす。文明を滅ぼす竜の王。文献でも、人類を滅ぼす寸前まで行ったのは魔族ではなく、竜だ。竜は神に守られた文明にすら匹敵していたのだ。
奇跡の去った大地では――人間は、嘶き一つで消し飛んでしまうだろう。
「……小娘。よもや、その細い腕で。棒切れのような剣で、オレと戦うつもりか――?」
「戦う、つもりなんかじゃありません」
全身に、青い雷撃を身にまとい。剣を構える。――神聖剣エリザ。奇跡と呼ぶべきものはもはや刻まれていない。だが、確かに神が創ったモノ。これさえあれば、私は戦える。
命を犠牲に。すべてを犠牲に。それでも、戦い抜いて。最後の最後に、報われたかどうかもわからないような暮らしの中で。それでも、私を待ってくれる人がいるから。
一人で戦っていたと思っていた。でも。目を閉じずとも。大事な人が、確かに隣にいる。そっか。エリザ様。こんな気持ちで、闘っていたんですね――。
「滅ぼすつもりです。覚悟しろ、雑魚トカゲ」
「――小さな身の程でその大言! よかろう、玲瓏竜ルナシェイドたるオレが、貴様を膾切りにしてくれる!!!!!」
雷撃と、月光が周囲に散らばる。竜の巨体は驚くほどに早く、図体がでかく的でしかないというとある聖女の言葉がどれだけイカれた戯言かよくわかる。
――雷速なんてもので、あの人は戦っていなかった。
肉を焼いて、激痛すら耐え抜いた先で。冷静に敵を殺す算段だけを進めていたあの方が、どれだけ恐ろしいか。時折現れる飛竜や、悪い魔法使いとの闘いなどでつくづく実感した。
「――海を割り、道を切り開く。最初のあかしを示す。我が意にて主に祈りを告げる。――『さまたげるものを打ち砕く
エリザ様が使わなかった奇跡を運用する。魔力の消費が激しい。ルナシェイドは、白銀の翼に大きな裂傷を受けている。
「クソ、なるほどな! 存外歯ごたえのある小魚だ! だが、これで終わりだ!!!」
文明を剥がす死の吐息。ブレスがくる。私はそれに合わせるように、神聖剣を撫でる。
「――巡礼の先を知っていますか?」
月光を映し出すような、無機質な光が私に向かって放たれる。これを食らって死なないなんて、エリザ様はとことんくるっていたんだな。
だが、それでも。わたしだって、おなじようにくるわないと。
生きて帰る。倒して帰る。――奇跡を失ったことを、後悔になんてしない。
「――
月光のきらめきが、私に激突した。
――痛みも、何もない。目に映るのは、ただひたすらに自分の敵と、魂の形。並大抵の魔法でも、奇跡ですら傷つかないはずの身体は、あちこちに擦り傷ができていた。
だが、それでも。死んではいない。五体満足で、何一つ問題ない。
「まさか、貴様、それは――バカな」
「碧落に至る魔法。初めから答えを知っているのだから――簡単な話です」
ルナシェイドを、睨みつける。
「クソ、おのれ、オレを誰だと思っている! 貴様のような木っ端に、これ以上手こずっていられるか!!!!」
「――私も、魔力が尽きる前にあなたを殺さないと」
竜と仮想天使がぶつかり合う。一夜限りの聖罰。地獄の饗宴。
――のちの世に伝わる、聖王クリスの月竜封印の物語。
聖女様 たまに竜退治に出かける。魔族と竜は別の存在なので元気。
碧落に至る魔法 奇跡じゃないからノーリスク。