ある聖女の記録   作:黄金りんね

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Dear, my Fear

 魔王を滅ぼす瞬間。その後。総て、覚えている。私の魂は。私の肉体は。まごうことなく神そのもののようにふるまっていた。私を構成する、つまらない前世の記憶の残滓だけが、遠い彼方に溶けていった。

 あれは、人格なんてものではないし、魂と呼ぶにはこちらで長く過ごしすぎた。

 

 神と人。その反目一致を調和させたあの瞬間、人は私を神と誤認した――人間の、凡庸な理性と惰弱な精神では。あの類の超越者は皆一様に神に見えるのだ。

 今の私に、あの超越性はすでにない。認知なく対象を掌握する感覚。無謬性。すべてが、霞の果てだ。それでいい。霞の先にあるのは、人としての破滅。具体性や個別性を捨て去った先の普遍性。完全性。そんなものを、人の身に宿せばいずれほころぶ。

 

 凡庸な人間として、クリスの隣で眠り目を覚ます。

 

 それが、私の決めたこれからの命の使い方。力は、真の聖女に移譲された。何の矛盾もなく。だから、私はもう。戦う必要もない。

 

「違うな。貴様は、まだ人生に満足できようはずもない」

 

 がばり、と目を覚ます。動悸の音が、口から漏れていないかと心配になるほどに心臓が早鐘を打つ。背中はあせびっしょりで、呼吸も少し乱れている。

 隣をみると、クリスはいなかった。――知っている。クリスは、時折力をふるう。聖女の力だ。私が誰よりもよく知る、地上において最も強力な。神の奇跡。

 ――私が、最もその脆さも知っている。

 

 最強。否定しない。――無敗ではない。

 無双。否定しない。――不死ではない。

 

 その力は、決して。私もそうであったように。人間のみで扱うならば。いずれ窮まるときがくる。そのなかで、クリスは踏み外さないはずだという信頼はある。

 だが、私のように人間性をけずって戦う可能性もある。

 

 砂利を噛むようなパンの味を思い出し、思わず夜に食べたものを吐き戻しそうになる。激しい耳鳴りと、頭痛がする。

 戦えないわけではない。竜踏も葬討も、人の技術として扱える。槍使いも剣士も、人の領域で武技を極めて魔族と戦っていた。――私にもできる。

 

 クリスが、ある日物言わぬ死体になってかえってきたら。

 

 それを思えば、動かなければならないと思う。――同時に。

 

 無謀な戦いを私が挑んで、クリスをひとりにしたら。

 恐れるべきは、クリスを一人にすること。もう二度と、私はそんな選択をしてはいけないはずだ。私は――。

 銀色のブレスレットを、強く握りこむ。

 

「――クリス。無事でいてください」

 

 祈るだけ。無力な私が、無力なままできる唯一のこと。昔を思い出す。

 祈るだけでは、家族は帰ってこない。




聖女様 竜王と戦う、みたいなエクストライベントは基本的にない。どちらかというと悪い魔法使いを懲らしめたりする方が多い。ヌルゲー。
無力な少女 闘争=自傷ダメージや敵からの損害をうけるもの。エクストラハードモードしか知らない。
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