ある聖女の記録   作:黄金りんね

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Whisper

 クリスは、結局無傷で帰ってきた。それは。本当に無傷ですか。痛くはありませんか。つらくはありませんか。そう、聞きたい。言葉を投げかけたい。――その言葉を、投げられた側の気持ちを誰よりもよく知っているから。私は、言葉を飲み込むことにしている。

 

「おかえりなさい、クリス。――少し、休んでください」

「ありがとうございます。でも、――別に、疲れてないよ」

 

 クリスは笑う。信じたいけど。私は弱いから。その笑顔が、本物かどうか。わからない。だって私は――。

 

「頑張ってきた聖女様に働かせるわけにはいきませんよ。――私が、もてなしたいの。わかるでしょう、クリス」

「……もぅ、エリザは、ずるいな」

 

 三年隣にいても、あなたをわかってあげられなかった人間なのだから。

 

 

 

 

 

 久々に、街を二人で訪れる。シロップを売ったり、ヤギのミルクやチーズを売ったり。薪を売ったり、詩人の歌を聴いたりするために降りてくる。町は賑わいモードで、聖女様を迎える多くの人だかりがやってくる。クリスは、目を白黒させながら対応していて面白い。

 

「エリザ様はなんであんなに対応が上手なんですか」

 

 なんて、ジト目で聞かれたこともある。……単純に、ああいう風に歓待されるのがうれしかったから、対応とかそういう考え方で動いていなかったなと振り返る。皆の声が。皆の喜びが。皆の祈りが。皆の目が。すべてが、私の癒しだった。

 でもまぁ、クリスがあれを嫌がるのは分かる。――あれでいて、人見知りなのだ。

 

「――なんだ、次代の聖女はずいぶん大衆への対応が下手だな」

 

 隣から降ってきた声に振り向いて――思わず固まる。真紅の、燃えるような髪色に皮肉気な笑み。端正だが、底意地の悪い顔をしていると思うのは私の偏見ではないはずだ。

 玲月のガルタリアン。救国魔法連盟の元盟主にして、現在はただの魔法使い(を名乗っている)。

 

「久しいな、()()()()。元気そうで何より」

「……お兄さんにそんなこと言われるなんて、考えたことなかったなぁ。私の死を、誰よりも望んでいた人間なのに」

 

 私の言葉に、ガルタリアンは迷惑そうに肩をすくめる。

 

「奇跡の時代を終わらせた張本人だぜ、アンタは。感謝こそすれ恨みなんてねぇよ」

「――ッ、言ってくれる」

「おっと、怒らせる気はない。神の偉大さは聖女ルミーリアで完成されたって言ってるんだ」

「それ、やっぱりけんか売ってるじゃん」

 

 言葉に隠れた鋭さ。この類の悪意は癪に障る。

 

「悪い、そういうつもりはあったが……そこまでキレると思ってなかった。俺はこう見えてもアンタを気に入ってるんだ。聖女だったころからな」

 

それに、とガルタリアンは言葉を続ける。

 

「アンタは真向きっての信徒で、聖者だが――あの聖女は。人間(おれたち)側に立っている。奇跡を魔法として扱えるっていうのはそういうことだろう」

「……さて、どうだか。言っとくけど、聖女様はいまだに奇跡を抱えた唯一無二の存在。――信仰を捨てることなんて、今後決してない」

 

 茶番はここまでだ。私は、ガルタリアンを睨みつけた。

 

「……玲月のガルタリアン。何のつもりか知りませんが――クリスに手を出したら、殺します」

「おっと。聖女であったお方がずいぶんと恐ろしいことを仰るじゃないか」

「――奇跡を用いて人を殺すことはしない。誓言に背くことは決してありません」

 

 銀のブレスレットを撫でる。

 

「私はもう奇跡は扱わない。それが、人を殺せない理由になるとは思いませんが」

 

 人間が人間を殺す方法。いくらでもある。私は身をもって経験している。

 

「――わかったよ、ったく。たまたま声をかけただけ、というわけじゃないが……まぁ、いい。フォルテに戦う力を取り戻させようと思ってたんだが……ルミーリアに用事はねぇよ」

 

 背を向けたガルタリアンの服の袖を、思わずつかんだ。

 

「――詳しく聞かせてよ、お兄さん」

「……情報料ってもんが必要じゃねぇか? 踊り子」

 

 へらりと笑う顔面に、拳を叩き込んでやりたい。ぐっとこらえる。

 

 

 私に今必要なのは、感情のたけをぶつけることではない。




エリザ 町で好き勝手に歩くのはいつものこと。聖女だったころから。みんなのためにたたかっていたので、みんなに慕われてうれしい。
クリス様 町に興味を惹かれるものなどあまりない。ただ一人のために戦っているので、他人にもてても仕方がない。
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