寒風吹きすさぶ冬至。雪が深々と降り積もっていく。足跡とは言うまい。雪の中に、体を半分うずめながら、森の中を進む。
「――寒い」
少女ののどから出る声は、弱音ばかりである。
「寒いし、おなかすいたし、――ほんとは、冬至の行進を一度は見たいな」
誰もいないと、聖女の言葉は敬語が外れる。たまに偉そうな口ぶりで威嚇することもあるが、かなりまれなことではある。
実は、冬至の聖罰も。本当は聖罰隊が同行しようとしていたのだが。町々を守らせる名目で、聖女は自分から隊を遠ざけた。信じられるだろうか。聖女は、巡礼後の三年。人目の付く場所で戦ったことは一度もない。人目に付くときは一瞬。魔物を強烈な雷撃によって、灰にする。
ゆえに。冬至に力をつけた、魔族による死の行進は。彼女一人によって食い止めなければならない。
湖の先。黒い森を抜けた平野。魔族の軍勢が、群れを成してひしめき合う。頭領たる
「北方の大地をいまだ落とせぬわれらに、陛下はお怒りである。今すぐに小娘の首を討ち、晒し、人類の光を絶やせ。魔族による支配をなせ。人類に二度とわれらの誇りを砕かせるな」
魔族は、低く唸り声をあげる。青銅で武装したゴブリン。オーク。鉄のゴーレムや、羽毛を纏ったスノウワイバーン。何よりも目を引くのが、冷竜レアルテティアだろうか。国を亡ぼすと謳われる災害である、竜王の一角が魔王についたのだ。
「――魔王はどうでもいいが、小娘は小竜を殺していい気になっていると聞く。我等を舐めてもらっては困る」
「レアルテティア殿が魔王陛下にご助力くださる。我ら魔竜連合が、一体となりて聖女を討つ。人類の文明を剝がし、この大地を再び地獄と呼ぶべきものに変えるのだ」
デュラハンは、叫んだ。
「人類に、これ以上存続する価値などあるものか!」
「――我が手はすべてを掴み、すべてを癒す。我が目は、すべてを見通し、すべてを知る。天網は密にして緊。逃れる術など、ありはしない。悪魔よ、もはやさることもかなわぬ。我が手の中で、眠りではなき真の死を知るがいい――。首無しの侯爵閣下においては、ご機嫌傷ましゅうございますわ」
真珠の髪。忌み子のような深紅の眼。雪が隠すような白い聖衣と、白磁の肌。闇夜と黒い霧は、それでもなお聖女を隠すことはできず。その神々しさは、魔物にとっては猛毒もいいところであった。
「聖女よ。ただ一人でわれらの前に現れるとはな。――無謀もいいところだ」
「無謀――人類を滅ぼそうとする貴様らごときが――策や謀を為せるとお思いで?」
ぴしり、と空気に罅の入る音がする。聖女のブレスレットが、白銀の輝きを示す。
「無謀、無策。無知蒙昧。すべて、すべて、すべて――貴様ら魔族のためにある言葉――ッ」
黄金の稲妻が、聖女を包み、地面を舐める。
「聖霊結界――貴様らは、大軍を隠すことも知らず。平野で結集し、平野で蹶起する。すべて、見えていた。見えていましたとも」
平野を覆うように、結界が大軍を包む。教会の秘匿する十二の大奇跡の一つ。聖霊結界。魔族を封じ込め、術者が死なぬ限り対象を封印し続ける大奇跡。かつて魔王を三百年封印した教会の奥義。
だが、エリザは「自分自身をも」結界に封じ込めた。万の軍勢と、ただ一人の聖者。勝負の答えは、初めから決している。デュラハンの結論は決して間違ってはいない。
エリザは、笑っていた。
「これで、あなたたちは私と戦うしかなくなりました。背後を突くことも、魔王の砦に逃げることもできない」
エリザの心配は、初めから軍勢を討ち漏らし、被害が出ることだけだったのだ。神の雷撃が、爆音となって周囲の地面と空気を撫で爆ぜる。
ゴブリンの体が肉片となりぶちまけられ、すぐに塵と化す。
「――これより先は一切の望みを捨てよ――です」
エリザの言葉を皮切りに、ゴブリンたちは一気に襲い掛かる。エリザは棍棒を躱し、こぶしを叩き込む。奇跡により強化されたこぶしは、魔族に致命的な一撃となる。多方面からの攻撃には雷撃を叩き込む。そう何度も何度も高出力の雷撃は出せないのか――接近戦ではコンパクトな攻撃を繰り返していた。
ゴブリンの波状攻撃が大人しくなったころ――熱の玉が、エリザのほほをかすめる。
「醜い魔法……つくづく下品な力ですわね」
ひそかに魔法への悪口をつぶやきながら、エリザは魔法使いをたたくべく空を蹴る。
矢の雨がエリザを襲う。打ち払い、逃げつつも何本かが腕に、肩に刺さる。
「……毒か」
めまいに、舌打ちをする。血が聖衣に滲みつつも、エリザはまだ目に闘志を宿していた。戦術としてはこざかしい。出力と攻撃範囲を見るための尖兵による攻撃。魔法による誘導で、矢による毒を与える。確かに、通常の戦争ならなかなかきれいな流れではあろう。動きが鈍ったときに出てくるとすれば――最大戦力。
「冷竜レアルテティア――ッ!」
「先ほどはよくぞ吠えた! 我が、貴様の巡礼の果てだ!!!」
竜のブレス。嵐であり、吐息であり、死であり、破壊そのものである。動きの鈍ったエリザが。聖霊結界で力の四割を持っていかれているエリザが。回避できるはずのない、敗北。
時間が凝縮される刹那。
エリザがとった行いは――膝をつき、胸の前で腕を組む。祈りの姿だった。――あきらめにも似た行為に。竜はつまらなさそうに目を細めた。
「――恩寵はここに――」
空中の水分を凍らし、大気すらも液状に固める莫大な冷気が、ゴブリンごとエリザに叩き込まれた。
首無し騎士 魔王の配下。人類にとって最も脅威となろう魔族による軍勢を結成し、徒党を組む。
冬至の聖罰 最も魔族が力をつける日に、魔族や魔物を狩りに出る行為。熱心な信徒ですら躊躇する狂気的な行い。エリザは連続三回目。