ある聖女の記録   作:黄金りんね

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聖女と代償

 私を最初に迎えたのは、側仕えのクリスである。いつも、聖女が聖罰に行った後はかなり消耗していることを知っていた。

 だからこそすぐに控え、万が一倒れたりした際に対処できるようにしているのだ。

 

「聖女様。休まれてはいかがですか」

「残念ながら、休めません。聖罰は必ず問答を受け、嘘偽りなく成果を示さねばなりませんから。――それに、今回の戦いは人類にとって何よりも大きな勝利となりました。一朝一夕でこの成果を出せたことは、北方教区の区切りとなりましょう――」

 

 私は、笑った。うん。頭は痛いし、吐き気はひどいし、筋肉痛はとんでもない。今魔王が襲来したら正直戦えないだろうな、くらいには疲弊している。

 でも、デュラハンとの戦いは予期できていたし、私もそろそろケリをつけたかった。何一つ結果としては間違えていない。薪と農作物しか産業のないこの大地も、いつしかきっと豊かになる。そのためには、魔族が邪魔だ。デュラハンは三流魔族でしかなかったことだけが悔やまれる。

 

 

 

「――私は、オルト湖畔近辺でデュラハン侯爵率いる魔王軍と交戦し、冷竜とデュラハンおよびその配下のすべてを討ち滅ぼしました。聖霊結界の解除が、その証となるでしょう」

「素晴らしい。――あなたこそ、神の祝福そのものに違いない。聖女による奇跡は、世に示されるであろう」

 

 教会での問答を終え、聖堂を出る。クリスがすぐに駆け寄ってきて――私は、その胸に倒れこんだ。

 

「ごめんな、さい……そろそろ、げんかいです」

「…………単身で、竜王を屠ったのですか」

 

 クリスの言葉に、ふふんと笑う。割とすごいことをしたのだ。もっと褒めてほしい。

 

「無茶をしないで……とは言えませんが。聖女は教区の宝です。危険な行いは控えるべきかと」

「聖罰は、大司教としてもすべきものです。控えるのはあなたですよ、クリス……ごめんなさい、部屋に連れてって……」

 

 褒めてくれないし。そろそろ、ほんとに頭が痛い。人前で倒れたり、呻いたり、叫んだりしたくないのだ。

 

 

 

 

 

 

 部屋に入り、すぐに聖女様の聖衣を脱ぎ去るお手伝いをする。聖女の戦いを、私は目でとらえたことはない。ただ、一瞬で片を付け、すんとしたすまし顔で帰るだけ。いつもの冬至もそうだったし、いつもふらっといなくなる時もそうだった。

 

 本当は、今日だって夜明けよりずっと早く帰ってくると思っていた。だから、少し疲労感のある顔や、口数の少なさから今回の戦いはかなり厳しかったのかなと思う。

 まぁ、まさか竜王の討伐を達成していたとは思いもよらなかったが。そして、勲功を示す問答で、状況を淡々と説明しただけにとどめていた。いつもは聖句を交えて説明をしたり、どこそこの街道が使えるようになるみたいな話を好んでするのだけど。

 

 そして、聖堂の外で崩れそうになり、私に寄りかかってきたときに。ことの異常を悟った。――奇跡を多用しすぎだ、この人は!

 そうだ。今まで、どうして気づかなかった。この方は……聖句なしで奇跡を起こし、その身に三つの奇跡を刻んだとはいえ、それ以外はただの司祭と同じ。奇跡を使えば代償が伴う。信仰が薄ければ、奇跡は裁きに転じる。この方ならば、――裁きを受けることはないか。それでも、恩寵だけを都合よく得ることができるはずがない。魂とつながるといわれる松果体や、あるいは心臓に多大な負担を強いるはずだ。

 

 聖衣を脱がせ、寝台に寝かせる。頭を両手で押さえながら、歯をかちかちと鳴らしている。――体に外傷はない。どれだけ強大な治癒術式でも、外傷の痕は残ると聞いたことがある。大きな傷やけがは戦いでは負わなかったと考えていいだろうが……。

 

「とりあえず、水差しとか、――果物とか、買いに行かなくちゃ」

「くり、す――ここにいて」

 

 聖女様の声が、慌てる私を現実に引き戻す。

 

「今は、今だけは、一人にしないでください。クリス――」

 

 寝台に手招きされ、急いで駆け寄る。瞬間。手を引っ張られて、抱き寄せられた。

 

「ごめんなさい。あなたは嫌がるかもしれませんが――少しだけ、このまま話をさせてください」

「せ、聖女さま――」

「エリザって呼んで。もう、三年も一緒なんですから」

「でも、それはあまりに」

 

 耳元で、鈴のような声が転がる。うなされているような、囁き声。

 

「お願い」

「え、エリザ――さ、ま」

「うん。ありがとうございます」

 

 そして、そのままエリザ様は私を離してくださらない。

 

「少し、眠ります。だけど、あなただけには。私の予想を伝えておこうと思います。――私についてくるかは、その後で決めてほしい」

 

 予想、ときたか。いったい何の話だろう。

 

「――デュラハンを倒したときに思った。大魔族の一角が、こんなに弱いはずはないって」

「え」

 

 エリザ様は、眠る前に、一言つぶやいた。

 

「これから、魔族の侵攻はおそらく本格化する。北方世界に、最も恐ろしく辛い苦難の時期が来ます」

 

 嘘だ。そういいたかったけれども。エリザ様がそう思ったということは、何らかの理由があるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 北方にてデュラハン討伐! この報せは一日で通信魔法により一瞬で伝わった。北方の民は歓喜をもってこれを受け入れ、中央教区ではそれをなしたのが北方大司祭であることが非常に問題視された。

 中央大聖堂の一室で、男たちが険しい顔で卓を囲んでいた。

 

「――聖女は、確かに信仰に篤く、尊いものだ。だが、中央教区の求心力は確実に聖女に吸われつつある」

「このまま、聖女が教皇を名乗ればそれに対抗するのは難しいかもしれません」

 

 ここまで、聖女が偉大になろうとは。教会の神威を高めたが、かえって中央にて魔族や魔物の発生を抑えられていない中央教区はどうなる。今後、使徒の継承者たる冠をかぶることができなくなったら。どうなるだろう。

 北方はしばらく魔族を抑え、発展するだろう。気候や作物不足の現状も、いずれ必ず解消される。

 

 魔族が果てて、その先。人類同士で、権益を争うことになる。

 そうなれば、中央教区の最大の敵は。聖女となるだろう。

 

「北方教区に夜霧をやれ――聖女を、暗殺する」




治癒の奇跡 奇跡を多用した結果としての松果体の治癒は完璧ではなく、尋常ならざる負荷が蓄積されていた。そもそも奇跡で負った負荷を奇跡で治すことの不条理は、神でも覆せない。

聖女 冬至でここまでダメージが残ったのは初めて。平日夜勤なので楽できるかなって気持ちで入れたワンオペ6連勤が死ぬほど忙しかった程度のハプニング。
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