――生まれ変わった。その記憶が脳を焼いたのは、私が三歳のころだった。違う世界。違う常識。違う家族。違う形。私は、男だったはずなのに。この生では女性で。
その齟齬を、私は受け入れられていなかったから。
「お兄ちゃん! 今日も私の勝ちだな!」
「エリザ、好き勝手にしすぎだ!」
お兄ちゃん、といっても。本物の兄ではない。近所に暮らしているだけの、年の近い男子だ。私はこの子と、よく遊んでいた。剣術遊びとか。鬼ごっことか。川で泳いだり。いろいろ遊ぶのが、楽しくて仕方がない。
彼は、アルベール。黒髪碧眼の普通の少年。
お兄ちゃんを引っ張って、好き勝手に遊んでいた。たまに、教会で説教を受けた。――そのころから、神様がいることは何となくわかっていたのだけれど。
神様がいなかったら、私は転生をしていないだろう。直接会ったり話したりはしていないが、こういうことが起きるということは、何らかの超越的な力がかかわっているのだろうという感覚はあった。
私は、生まれながらに奇跡を宿していたということだ。――もっとも、転生した時点でその奇跡は期限切れ。戦いにも、生活にも使えない。生の原点ではあるが、生きることには使えない。だから、私も普通の少女……ちょっと活発なだけの、普通の少女だ。
赤い炎、赤い血。暗い夜。獣の香り、唸る声。必死に隠れて、息を吐くことも我慢する。
死が、ここまで近づいたことはこれまでない。ベアトリス……妹の頭を抱きしめ、息をひそめる。
「ぉ、おねえちゃん……」
「しずかに、して――」
ずっと、そこで我慢していた。刹那。
「人の体温がする。このあたりか――?」
ばきゃり、と音がして。その後は――。
「――ベアトリスッ!」
起き上がり、目をこする。気が付けば日が沈んでいる。少しだけ横になるつもりだったのだが……。もう夜だ。手元に残った小さな頭の感覚を思い出す。私と同じ髪色に、アメジストの目。私よりおしとやかで、私より控えめで、私より年下で、命を散らした少女の感覚を覚えている。
「ふぅ――」
小さくため息をつく。いつまでも、消えない悪夢。首を振る。うん。体の調子はかなりマシになった。
「お目覚めですか、エリザ様」
目の前には、ぱっちり目を開けたクリスがいた。あぁ、そういえばなんか引き込んだ気がする……。
「――その、ご、ごめんなさい」
「なにが、ですか?」
まずい。側仕えをいやいやしているクリスをベッドに引っ張って、まるで抱き枕みたいにぎゅーってしてしまった! なんて不埒な、なんて愚かな!
「クリス、えと、なんて言っていいのかわからないけど、その、申し訳ございません……」
「だから、な、に、が、ですか?」
なんか、クリスの圧が強い気がする。
「その、貴族のクリス相手にこんなに近い距離感で接して……不快でしたよね」
「――別に、そんな大貴族みたいな暮らしをしてきたわけじゃありませんし……」
あ、やっぱり怒ってる! でもちょっと疲れてたから! つい……後生だから許してほしい。
「その、本当に申し訳ございません――」
「謝るの禁止です。なんとも思っていませんから。――それより、外を歩きませんか、エリザ様?」
「え、外出、ですか?」
クリスが、柔らかく微笑んで唐突に提案してくる。逆転か? 許されたのか……?
「そうです。すこし、だけ」
外に出ると、きらびやかな明かりがあちらこちらにともされている。ちょうど、昨日門を出た時の街もこんな感じだった。
「冬至の祭りの痕跡がありますね、まだまだしまい切れていないということでしょうか」
「まぁ、そうかもしれませんね」
クリスは相槌を打ちながら、私の手を引いて大通りに連れて行こうとする。別に、見知った散歩道なんですけど……。
大通りに入ると、びっくりするような喧騒と――華やかな装飾が私を包んだ。出店が並び、大騒ぎする人々。クリスは、ふふんと得意げに笑った。
「二日目のお祭りです。――人々のために祈りをささげる、巡礼者をもてなす日があってもよいと思いませんか?」
その声と同時に、人々の声が響く。
「聖女様、万歳!」「偉大な聖女に乾杯!」「神と、そのことほぎを受けた聖人に!」
――心が、熱くなる。あぁ、そうか。やはり、私は恵まれすぎている。
「聖女様、ほら。後ろを見てください」
クリスの言うままに振り返り――目を、みはった。星々の隊列。きらびやかな歌と、様々な獣の意匠を施した車。古の戦争から、現代の平和までを表した時間と天地をモチーフにした――冬至のパレード。
「きれい――」
目から、涙がこぼれた。こらえきれなかった。泣きたくなんてないのに。聖歌に、楽隊の音楽が聞こえる。音で、光で人々を楽しませる。
「すごい、すごいですよクリス! 見て! あれって、本当に鹿の角ですかしら――ほら! 楽隊つきの『癒しの祈歌』なんて、初めてです!」
「……ふふっ、確かに。きれいですね」
泣きながらはしゃぐなんて、少し恥ずかしい気もするけれど。でも、本当に楽しい。
「聖女様! 鹿肉の串焼きが旨いんだ、食べていかないか?」
「――そういえば、まだ今日は何も食べてませんでしたね、いただきます」
「聖女様、ちと高いが中央から葡萄酒を仕入れたんだ、一杯いかがか?」
「ぜひっ! 葡萄酒といえば聖テオスの奇跡ですわね! こほん、――人々を癒すのは我が力である。人々を楽しませるのは葡萄酒である。楽しみなければ、人は生きられぬ。あなた方を楽しませる――今日はたくさん飲もうかしら……」
「エリザ様、麦酒で倒れる方が葡萄酒なんて――」
「クリス様は知らねぇんだな、あの時の聖女様は麦酒を樽ごと丸々飲んでたんだぞ」
「は? 何やってるんですかエリザ様っ!」
葡萄酒を、瓶ごとラッパ飲みする。――はしたない。でも、おいしい。串焼きの肉に大変合う。
「もう飲んじゃいました。――クリス、ありがとうございます」
私は、本当に恵まれている。
聖女の身に刻まれた奇跡その1 受肉の奇跡。奪われたはずの命が、ついえたはずの魂が。現実の肉体を伴って、世界を渡り主の盃を受ける。
この奇跡は、力を得る前から彼女とともにある。