一般シャーレ事務員憑依   作:戯け

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この投稿ペースだと完結するまでいくらかかるんだ..?


10話 深まる謎

「 ふぁ〜...ねむ...」

 

 まだ朝日が、砂漠の地平線を越えきらない頃。

 

 アビドスの通学路を、キミヨは車でゆっくりと走っていた。制服はいつも通りピシッと決まり、髪も乱れ一つない。外から見れば、誰もが「今日もクールなキミヨさんだ」と思うだろう。

 

 だが――車内の空気は違っていた。

 

 運転席に座るキミヨの表情は、まるで生気が抜けたようだった。目の下にはうっすらとしたクマ、頬もややこわばっている。そんな彼女の口から、再びあくびが漏れた。

 

「....ふぁ〜....」

 

 肩がひとつ上下し、ハンドルを握る手には力が入らない。信号で止まるたび、うっかり眠りに落ちそうになる。

 

(あれから二度寝しようとしたけど、完全に目が覚めてしまった...)

 

 布団に入ってから、10分、20分、30分――眠気は戻ってこなかった。目だけが冴え渡り、諦めたキミヨは、せめて時間を無駄にしないよう仕事の整理に取りかかり、ついでに必要になるであろう車の手配まで済ませてしまった。

 

 気がつけば、空はうっすらと白み始め、時計の針は登校時間を指していた。

 

 「......もしかして今日、数時間しか寝てない....?」

 

 独り言を漏らしつつ、キミヨはエンジンをかけ直した。遅刻を避けるため、砂埃舞うアビドスの道を急ぎながら。

 

(効率は良かったけど....そのぶん、眠気が今、ドカンと来てる....)

 

 頬杖をつきたくなる衝動に駆られるも、両手はハンドルを離せない。眠気は確実に、じわじわと意識を侵してくる。目の奥が、じんわりと熱い。

 

(....それにしても、黒服。何であんな時間に....)

 

 思い返すのは、まだ夜も明けきらぬ時間に現れた、あの訪問者。

 

 「....色々助かったのは事実だけど、来る時間考えろよ、あいつ....。次やったら、文句のひとつでも言ってやる」

 

 吐き出した愚痴は、誰に向けたものでもない。だが、もし次があるなら――そのときは「ひとつ」では済まないつもりだった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 校庭に車を止めたキミヨは、襲いかかる眠気を振り払うようにして駆け出した。

 朝の風が制服の裾を揺らし、足音が乾いた地面に軽く響く。彼女の足取りはやがて校舎へと続いた。

 

 教室の前で一息つき、目を閉じて深く息を吸い込む。

 

(ふぅ....いつも通り、いつも通りに)

 

 自分にそう言い聞かせて、扉に手をかけた。

 

 

 

「おはようございます。皆さん....何か、ありましたか?」

 

 

 

 教室には、一年生を除いた四人が集まっていた。しかし、そこに漂う空気は妙に重く、気まずさすら感じさせた。

 

「おはよう、キミヨ.....。なんでもないよ」

 

 先生の口調は穏やかだったが、ホシノ、シロコ、ノノミの顔には――明らかな違和感があった。

 その表情が、何もかもを物語っていた。

 

「...,そうですか。では――」

 

 キミヨが一歩を踏み出そうとした、その時。

 

 

 

「先輩たち、大変!!これ、見て!!」

 

 

 

 教室の扉を勢いよく開けて飛び込んできたのは、セリカとノノミだった。息を切らしながら、手には数枚の資料を握りしめている。

 

 その紙束を受け取り、皆で目を通した次の瞬間――教室の空気が凍りついた。

 

 

 

「アビドスの....土地が、ない....?」

 

 

 

 誰かの声が、震えながらそう漏れた。

 

 対策委員会の面々と先生が、顔を見合わせる。驚きと困惑が、教室に静かに広がっていく。

 

「どうしてこんなことに...? 学校の自治区の土地を取引だなんて、普通できるはずが....」

 

 ノノミの声はかすかに震え、誰もがそれに頷いた。

 

「.....アビドス生徒会、でしょ。学校の議決権は、生徒会にあるから」

 

 ホシノの言葉に、ノノミが反応する。

 

「ホシノ先輩.....何か知らないんですか? アビドスの生徒会だったんですよね?」

 

 その言葉に、教室の空気が再びざわついた。皆がホシノを振り返る。

 

「うへ〜、私には分かんないなあ。私が入ったときには、生徒会なんてとっくに崩壊しててさ。残ってたのは、馬鹿な先輩と、嫌な性格の後輩の二人だけ。ほんと、めちゃくちゃだったよ」

 

 そう言って笑うホシノの口調は、どこか懐かしげだった。けれどその顔には、かすかな陰が差していた。

 

 ――誰も、何も言えなかった。

 

 

 

「.....これで、カイザーの目的が見えてきましたね、先生」

 

 長い沈黙を破ったのはキミヨだった。静かに放たれたその言葉に、皆の視線が彼女に集まる。

 

「目的って、何よ?」

 

 セリカが問う。

 

「....そういうことか。カイザーは、アビドスに多額の融資をし、莫大な利子を課した。返済のために土地を手放さざるを得なくなり、最終的に自治区そのものを手に入れる。そして――何かを企んでいる。....あの時、ヒナが言っていたのは.....こういうことか」

 

 先生が思考を口にしながら、状況を整理するように言葉を紡いでいく。

 

 

 

「でも....,なんで? なんでゲヘナの風紀委員が....?」

 

 アヤネの疑問が漏れたその瞬間、セリカが声を上げた。

 

「もう!そんな分かんないこと考えてても仕方ないでしょ!アビドスの砂漠は、うちの自治区なんだから、自分たちの目で確かめに行けばいいじゃん!!」

 

 その言葉に、誰も反論しなかった。むしろ、皆の表情に決意が灯る。

 

「.....でも、移動手段は?」

 

「先生、車は今朝手配しておきました。シャーレからアビドスへの移動で使うことを想定してましたが....まさか、こうして役に立つとは思いませんでした」

 

 

 

「キミヨ、ありがとう。グッドタイミングだよ!」

 

「ん....じゃあ、行こう」

 

 シロコの短い掛け声とともに、アヤネを除く五人が一斉に教室を駆け出していく。

 

 

 

 静けさを取り戻した教室には、キミヨとアヤネだけが残された。

 

「....」

 

「キミヨさん、行かないんですか?」

 

 アヤネが問うと、キミヨはゆっくりと首を振る。

 

「いえ、行きます。ただ....少し、ボーッとしてしまって」

 

「大丈夫ですか? ....よく見たら、目の下にクマまでありますよ。本当に行けるんですか?無理しなくても、私とここで支援に回るのも――」

 

 言いかけたアヤネの言葉に、キミヨは小さく笑って首を横に振る。

 

「いえ、大丈夫です。車の運転は私がしないと....先生にばかり負担がかかってしまいます。では、私も行ってきます」

 

 そう言って、キミヨは軽やかに――けれど、どこか無理をしているような足取りで、教室を飛び出していった。

 

 

 

 残されたアヤネは、一人呟く。

 

「....ボーッとしてただけって言ってましたけど」

 

 静まり返った教室の中、ぽつりとその声が響いた。

 

 

 

「すごく、悲しそうな顔でしたよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 灼熱のアビドス砂漠を、一台の車が埃を巻き上げながら走っていた。むき出しの太陽が容赦なく照りつけ、車体もシートも、いや、乗っている者たちの心までもじりじりと焼き焦がしている。誰もが口に出さずとも思っていた──こんな場所、早く通り過ぎたいと。

 

 定員五人の車に、後方支援に回ったアヤネを除いた六人がぎゅうぎゅう詰めで乗っていた。運転席にはキミヨが静かに座り、助手席にはホシノが足を組んで乗っている。後部座席には、先生、セリカ、シロコ、そしてノノミが、文字通り押し込まれるようにして体を詰め合っていた。

 

 もはや「座っている」というより「押し合い、へばりつき、まとわりついている」と表現した方が正確だった。熱と汗、そして微かな苛立ちが車内の空気に充満している。

 

「ちょっと先生! 身体を密着させないでよ!」

 

 不満げな声を上げたのはセリカだった。顔を真っ赤に染め、なんとか距離を取ろうと身をよじるが、どう考えてもそれは物理的に不可能な試みだった。

 

「ごめんセリカ、そんなこと言われても....このスペースじゃ無理なんだよ」

 

 汗を拭いながら先生が申し訳なさそうに答える。決して悪気があるわけではない。だがセリカはその顔を見るだけで、余計に暑さが増した気がした。

 

「セリカ、うるさい。余計暑くなる」

 

 ぼそりと呟いたのはシロコだった。その目には、騒がしくすればするほど体温が上がるという冷静な計算があった。

 

「これなら私が助手席に座って、ホシノ先輩を膝に乗せた方が良かったですね....」

 

 ノノミがぽつりと呟いた瞬間、ホシノが肩を揺らしてくすりと笑い、後ろを振り返った。

 

「ごめんね、ノノミちゃん。でもね、おじさん、昨日の歓迎会でキミヨちゃんとあんまり話せなかったの。だから今だけ....ちょっとだけ独占したかったんだ〜」

 

 そう言いながら、ホシノは運転席のキミヨに目を向ける。

 

 助手席に身を寄せるその姿は、どこか子どもっぽくもあり、しかしどこか策士めいたものも感じさせた。

 

 そしてその横顔に、キミヨは気づかないふりをしながらも、何度も何度も視線を感じていた。

 

 ──それは、一度や二度ではなかった。ホシノがちらちらとこちらを見るのは、すでに数十回を超えていた。

 

 

 

 それから数十分後。車内は静けさに包まれていた。騒ぎすぎたのか、暑さに疲れたのか、後部座席の面々はすでに全員が眠りについている。

 

 ホシノはバックミラーをちらりと見やり、小さく息を吐いた。

 

「寝ちゃったね、みんな」

 

 静かな呟きに、通信越しの声が応じた。

 

『緊張感がないというか.....すごく不安です』

 

 アヤネの声は、砂嵐の混じるようなノイズに少し掻き消されながらも、明らかに不安げだった。

 

「大事な時ですからね。むしろこのくらいがちょうどいいと思いますよ」

 

 そう応じながら、キミヨの指がハンドルに軽く力を込めた。

 

「.....すみません、アヤネさん。風が強くて通信が不安定で、ちょっと切れてしまいます。また掛け直します」

 

『え、そんなにすごい状態なんですか? こちらからは何も──』

 

 ブツリ、と通信が途絶える。

 

 残ったのは、眠る者たちのかすかな寝息と、車の揺れ、そして運転席と助手席のふたりの気配だけだった。

 

 キミヨは一度だけバックミラー越しに後部座席を見やり、誰も起きていないことを確かめてから、ぽつりと口を開いた。

 

「これで....二人きりですね。さっきからちらちら私を見てましたけど、私に何か聞きたいんですか?」

 

 その言葉に、ホシノが肩をすくめる。

 

「バレちゃってたか〜。ごめんね」

 

「私から見て、軽く二十回は見られてましたので。さすがに気づきます」

 

「えっ!?そんなにおじさん見てたの.....?」

 

 ホシノは驚いたように言いながらも、どこか楽しげだった。だがその目の奥には、ほんの少しの迷いと、確かな決意があった。

 

「....で、私は答えられることは少ないと思いますが」

 

 前を見据えたまま、キミヨが静かに言う。ホシノは一呼吸おき、真っ直ぐに問いを投げた。

 

「じゃあ聞くね。キミヨちゃんは──ユメ先輩、いや.....梔子ユメと、どういう関係なの?」

 

 その名が発せられた瞬間、キミヨの手がほんのわずかに震えた。

 

 ハンドルを握る指先に微かな力が入り、だがすぐに元の静けさを取り戻す。呼吸を一つ深く吸い込み、前を向いたまま、キミヨは言った。

 

「知らない名前ですね...小鳥遊さんの先輩ということは...卒業された先輩ですか?」

 わざとらしい、とすぐに分かる嘘だった。ホシノの表情が曇る。

 

「とぼけても無駄だよ。キミヨちゃん、ノノミちゃんに膝枕されて目を覚ました時....“ユメ”って呼んだよね。“夢”じゃなくて、“ユメ”と」

 

「すみません、寝ぼけてたので夢をユメと言ってしまったのでしょう」

 

 涼しい顔で言い返すキミヨに、ホシノは内心で舌打ちした。

 

(ああ言えばこう言う....。なぜ誤魔化そうとする? それとも、言えない関係....? たとえば.....ユメ先輩を“殺した”とか?)

 

 頭の中に浮かぶのは、あの遺体の姿だった。戦闘の痕はない。ただ、脱水症状による衰弱死──だが、それが本当にすべてなのか?

 

(.....これじゃ、ユメ先輩の日記のことも聞けない)

 考えれば考えるほど、燈在キミヨという存在は謎に包まれていく。

 

「ふぁ〜....おはようございます、ホシノ先輩、キミヨさん。仲良くなれましたか?」

 

 眠たげな声とともに、ノノミがゆっくりと身を起こす。まだ半分夢の中にいるような顔で、のろのろと身体を起こしながら、問いかけた。

 

 

「ええ、仲良くなれましたよ。小鳥遊さんの会話、面白くて。つい話し込んでしまうほどには。....ね、小鳥遊さん?」

 

 運転席からちらりとこちらを見るキミヨに、ホシノは一瞬だけ言葉に詰まった。あの応答のすべてが芝居がかったものに感じられるのに、それでも。 

 

「う、うん....」

 

 戸惑いながらも、ホシノは頷いた。

 

「それは良かったです☆後部座席に座った甲斐がありました」

 

 ノノミは満足げに微笑むと、すぐさまキミヨに向き直り、話しかけ始める。

 

 そのやり取りはどこか微笑ましく、会話の端々に自然な笑顔が咲いていた。

 

 ──けれど。

 

 

 ホシノの胸の奥には、重たい鉛のようなものが沈み続けていた。

 

 

(この子は──危険だ)

 

 確証はない。ただ、直感が警鐘を鳴らしていた。燈在キミヨ。その整った態度、隙のない返答、そしてあまりにも自然すぎる「嘘」。それらのすべてが、どこか不穏で──演じられているようにすら見えた。

 

(最悪、後輩たちに危険が及ぶかもしれない)

 

 けれど、そう思ったところで、彼女にできることがどれだけあるのか。

 

 自分は、もうすぐ学校を去る身。

 

(....学校を辞める私に、いったい何ができる)

 

 窓の外、砂漠の風が乾いた草を揺らしていた。車は、音もなくその中を進み続ける。

 

 ノノミの楽しげな声だけが、虚ろな空に、ぽつぽつと浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

「....ああ、思い出したよ。賢そうな君と一緒にいた、あの──まったくもってバカな、生徒会長のこともな」

 

 カイザー理事の口から無造作に放たれたその言葉が、場の空気を一変させた。

 

 これまで利子の増加も、カイザーの目的が“ただの宝探し”だと明かされても、冷静だったホシノが──反応した。

 

 その一言だけが、彼女の感情に火をつけた。

 

 ぴくり、とホシノの肩が揺れた。その視線が理事に突き刺さる。

 

 次の瞬間には、冷たい金属の音が空気を裂いた。

 

 ホシノの手には、いつの間にか銃が握られていた。

 

 「.....っ!」

 

 怒りに震える手が、迷いなく銃口を理事へと向ける。そこに躊躇はなかった。あったのは、激しい怒り、積もり重なった悔しさ、そして──純粋な殺意。

 

 その目は、引き金を引く理由を、すでに幾つも並べていた。

 

「ダメだホシノ!!」

 

 先生が声を張り上げる。だが、その必死の制止も、今のホシノには届かない。

 

 まるで音すら遮断されたかのように、彼女は微動だにせず理事を睨みつけていた。

 

 ──だが、次の瞬間。

 

 ホシノはふいに顔をシロコたちの方へ向け、そっと目を閉じた。

 

 深く、長く、息を吸い込む。上下する肩が、必死に感情を抑え込んでいることを物語っていた。

 

 やがて、その手からゆっくりと銃が降ろされる。震える指先に、まだ怒りの余韻が残っていた。

 

 先生はそれを見て、胸を撫で下ろす。

 

(.....良かった。もし撃ってしまっていたら、すべてが終わっていた)

 

 ホシノがギリギリの理性を保ってくれたことに、心から安堵した。

 

 だが、情勢が最悪であることに変わりはない。

 

(まずは学校に戻ろう。そして、皆で話し合うしかない....)

 

 どうにか打開策を見出そうと、先生は目の前の現実に向き合おうとした。

 

 今は一刻も早く、この場を離れることが最優先だった。

 

 そのためには、まず行動しなければならない。

 

 先生はすぐ隣に立つ少女へ視線を向け、声をかけた。

 

「キミヨ、帰るから車の準備をお願い。....キミヨ?」

 

 返事がない。

 

 声が小さすぎたかと思い、先生は彼女の肩に手を置き、もう一度やさしく問いかけた。

 

「キミヨ、大丈夫? どこか....体調でも悪い?」

 

 その瞬間、先生は見てしまった。

 

 これまで一度も見せたことのない、キミヨの顔を──。

 

 それは、静かで、そして──底知れない怒りに満ちた顔だった。

 

 理事をまっすぐに睨みつけるその瞳は、まるで奈落の底を覗き込むような色をしていた。

 

 冷たい、けれど燃えている。

 

 無音の怒りが、彼女の全身から静かに立ち上っていた。

 

 他の誰も、その異様さに気づいていなかった。

 

 ホシノはまだ理事を見ている。他の生徒たちも、事の成り行きに目を奪われたままだ。

 

 この異常な「何か」に気づいているのは──おそらく、先生ひとりだけだった。

 

(....怒ってる? 理事に....?)

 

 理事の侮辱的な言葉は、確かに胸にくるものがあった。先生自身も内心では憤っていた。

 

 だが、それでも。

 

 キミヨの怒りは、ホシノのそれよりも遥かに深く、重く、そして....暗かった。

 

(いったい何が....彼女をここまで怒らせている?)

 

 先生はただ、隣に立つ少女の横顔を見つめることしかできなかった。

 

 その目に宿る感情の名を、まだ──知らないままで。




◆を覚えました

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