一般シャーレ事務員憑依   作:戯け

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終盤に差し掛かってきました。


12話 対策委員会は止まらない

「よかったです、大将。....またお店を再開してくれて」

 

 朝の空気はまだ少し肌寒く、けれどどこか落ち着く気配を含んでいた。燈在キミヨはそんな空気の中、再開された柴関ラーメンの屋台に立ち寄り、湯気の立ち上るラーメンを前にしていた。

 

 今ごろ、対策委員会や先生たちは、小鳥遊ホシノが遺したであろう手紙を読んでいる最中だろう。あの場に自分のような部外者がいるのは場違いだ──そう思い、気を紛らわせるように足を運んだのがこの店だった。もちろん、先生には「朝食を取りに行く」と伝えてある。

 

「どっかの誰かさんがお金を置いていってな。引退しようと思ってたんだが....営業してほしいって言われてな」

 

 屋台の主である大将は、どこか照れくさそうに頭をかきながらそう呟いた。

 

 その言葉に、キミヨの顔に自然と笑みが浮かぶ。

 

「引退だなんて、もったいないです。私は大将のラーメンのファンになってしまったので、一回しか食べられないなんて....悲しすぎますよ」

 

「.....嬉しいこと言うじゃねぇか、嬢ちゃん」

 

 大将の顔に、嬉しさを隠しきれない笑みが広がる。だが次の瞬間、ふとその表情が変わった。

 

「嬢ちゃんって、アビドスの子じゃなかったよな?」

 

「はい、一応.....シャーレ所属です。だから、先生の部下です」

 

「なるほどな。....ってことは、他の学校にも行くってことだよな?」

 

「ええ、先生の仕事の手伝いで、あちこち出張することになるとは思います。....まさか?」

 

 キミヨが問い返すと、大将は目をわずかに細め、口元に笑みを浮かべた。

 

「その“まさか”だよ。....もう一度、やり直してみようと思ってな。今度は、他の学校でも営業してみようかって。だから、そのときは――また来てくれよな」

 

 一瞬、キミヨの胸に温かさが広がる。だが同時に、心の奥にほんの少しだけ暗い影が差し込んだ。

 

 少し口を噤んだのち、彼女は言葉を選びながら、静かに口を開く。

 

「....正直、すごく嬉しい話ですし、応援もしたいんですが....」

 

 言葉を濁すキミヨに、大将が不思議そうな視線を向ける。

 

「どうしたんだ、嬢ちゃん。.....何か、まずいことでも言ったか?」

 

「いえ、むしろ逆です。....ただ、ゲヘナとミレニアムだけは、やめておいた方がいいかもしれません。あくまで、私の個人的な意見ですけど」

 

 そう前置きしてから、彼女は静かに説明を始める。

 

「ゲヘナは....アビドスの五倍以上、治安が悪いと思ってください。毎日何かしらの事件や事故が起きますし、飲食店が爆破されるなんてことも。でも――」

 

 言いかけて、彼女は慌てて手を振った。

 

「でも大丈夫です!柴関ラーメンは絶対に爆破されません! 美味しいので、爆破する理由がありませんから!」

 

 自分でも少し熱くなりすぎたのが分かる。大将はぽかんとした後、吹き出すように笑った。

 

「.....そりゃありがたい話だな」

 

 その笑顔を見て、キミヨの気持ちも少し軽くなる。

 

「ミレニアムの方は、治安というより....学園内で開発された機械が暴走することが多いんです。人為的な悪意はない分、むしろゲヘナより厄介なときがあります」

 

「そうか....そういう事情もあるんだな。ありがとな、嬢ちゃん。心配してくれて」

 

 大将は手際よく鍋を振るい、香ばしい香りを漂わせながら声をかけてくる。

 

「はいよ、柴関ラーメン一丁と餃子の単品。熱いから気をつけな」

 

 湯気の向こうに浮かぶラーメンを見つめ、キミヨはふっと表情を緩めた。

 

「....どちらの学園も、対策はありますし、大将が行けばきっと大丈夫だと思います。なので、あくまで戯言だと思って聞き流してください。では――」

 

 彼女は手を合わせ、深く一礼する。

 

「いただきます!」

 

 割り箸をパキッと割る音が響く。左手にレンゲ、右手に箸を持ち、熱々のスープを一口啜った。

 

「....美味い」

 

 数日前に食べたはずなのに、まるで初めての味のように新鮮で、飽きのこない旨さだった。次に餃子をそっとつまみ、タレをつけて口に運ぶ。

 

「こっちもやはり美味しいです。...これだと、白米が欲しくなるくらいには」

 

「悪いな嬢ちゃん、流石に白米はないな」

 

「大将、白米をレシピに追加してください。それで朝昼晩、柴関ラーメンに通えます」

 

「ハハッ! それは嬉しい話だが、流石に健康に悪いぜ」

 

「ラーメンには野菜が入っているので、健康的です!」

 

 そんなやりとりの最中、背後から足音が近づいてきた。

 

「大将、柴関ラーメン四杯、いいかしら?」

 

 湯気の立ちのぼる屋台に、にぎやかな声が飛び込んできた。便利屋68の面々が、連れ立ってこちらへ向かってくるところだった。

 

 

 

「おっ、噂をすればってやつだな。あいよ!」

 

 大将が手際よく鍋を振り始める。その間に、彼女たちの一人――陸八魔アルがこちらに気づいた。

 

大将が手際よく鍋を振り始める。動きの合間に、陸八魔アルがこちらに気づいた。

 

「――あら、あなた。前に会ったわね。えっと....名前を聞いてもいいかしら?」

 

 キミヨは箸をそっと置き、姿勢を正してきちんと名乗った。

 

「連邦生徒会三年生、シャーレ所属の燈在キミヨです。便利屋68、先日はご協力ありがとうございました」

 

「いえ、それはこちらの台詞よ。あの時は、私たちの不注意であなたを怪我させてしまった。むしろ感謝を伝えたいのは、私たちのほう──」

 

 アルの言葉を、ムツキが笑顔を浮かべて被せる。

 

「キミヨちゃん、年上だったんだ!ねぇねぇ、この前の指揮、すっごくよかったよ!ぜひうちに来ない?」

 

 その勢いに、キミヨは思わず声を詰まらせた。

 

「ちょっと、ムツキ。キミヨが困ってる。...でも、確かに。同じ参謀として、学ぶところはあったわ」

 

 カヨコが無表情で、淡々と続けた。その目は、キミヨをじっと見つめている。

 

「えぇーーっ!?燈在さん、入社するんですか!? 私はアル様が良ければ歓迎しますが....!」

 

 ハルカが目を輝かせ、大げさに反応する。

 

「みんな、やめなさいってば。キミヨが困ってるでしょ。でも....貴方が本気で入社したいというのなら、私は歓迎するわ。直感だけど、貴方には私と同じアウトローの匂いがするの」

 

 ムツキは内心でそう呑気に考えていた。――冗談で言っただけなのに、本当に勧誘の流れになっている。でもいっか、この子興味あるし。

 

 

「い、いや、あの....私は先生の部下ですし、入社とかではなくて、その...」

 

 次々に浴びせられる熱量に、彼女は完全に押されていた。

 

(....どうしてこんなに友好的なんだ?指揮を執っただけで、ほとんど接点はなかったはずなのに)

 

 混乱を振り払うように、彼女は控えめに口を開いた。

 

「と、とりあえず....座りませんか?」

 

「それもそうね。大将、ちょっとうるさくしてごめんなさいね」

 

「いや、気にすんなって。はいよ、柴関ラーメン四杯、お待ち!」

 

 出されたラーメンに目を輝かせながら、四人は勢いよく箸を取り、屋台は一気ににぎやかさを増した。

 

「いただきまーす!」

 

──だが、その瞬間だった。

 

 

 

 

ドカアァァァァン!!!

 

 

 

 乾いた爆発音が、遠くの空気を震わせて屋台へと届く。一瞬の沈黙が場を支配した。器の中のスープが波紋を描き、湯気がかすかに揺れる。

 

「....今の音、何?」

 

 最初に口を開いたのはアルだった。彼女はすぐに立ち上がり、屋台の外へと視線を送る。

 

 遠く、空の向こう――白い煙がもくもくと立ち昇っていた。

 

「....あれ、市街地方面じゃないですか」

 ハルカが低く呟いた。その声には、わずかに警戒と焦りが混じっている。

 

「でも、どうして市街地に被害が....?私たち以外に、誰か雇われてる組織がいるのかしら」

 

 アルの眉が険しく寄った。すでに彼女の目は、現場へ向かう覚悟を帯びていた。

 

 

「とりあえず、行くわよ!これじゃ報酬が吹き飛んでしまうわ!キミヨも一緒に来て頂戴!」

 

「アル様!ついていきます!」

 

 声を張り上げて走り出すアル。続くハルカの背中は、すでに視界の端で小さくなりかけていた。

 

「もう、社長ったら……素直じゃない」

 

 カヨコが肩をすくめる。

 

「メガネっ娘ちゃんたちが心配って顔してたね!」

 

 ムツキも軽く笑って同調した。

 

 そしてカヨコは彼女に向き直った。

 

「で、どうするの?キミヨ。一緒に来る?」

 

 

 

──ここで「NO」なんて言えるはずがなかった。

 

 

 

 彼女は心の中で舌打ちした。同時に、器の中に残ったラーメンと餃子が視界に映る。

 

(....まだ、完食していないのに...ッ!)

 

 くそっ、と内心で叫びながら、彼女は立ち上がった。

 

(絶対に許さない....カイザーめ...こんな茶番に付き合わせんなよ...!)

 

 

 

「すみません、大将。お金は全員分、後で支払います。ラーメンを残してしまい、申し訳ございません」

 

 深々と頭を下げると、大将はしばらく彼女を見つめ、それからふっと苦笑した。

 

「残すなって言いたいが....緊急事態だからな。...気をつけて行きな」

 

「ありがとうございます。必ず、戻ってきます」

 

 そう告げると、彼女はすでに走り出していた。便利屋68の背中を追い、煙の上がる市街地へと向かって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 市街地のど真ん中。瓦礫と煙に覆われたその戦場の中心で、奥空アヤネは震える指先で制服の裾を握りしめ、今にも零れ落ちそうな涙をこらえていた。

 

「どうして...私たちだけ、こんな目に...」

 

 アヤネは、打ちひしがれたように座り込んでいた。炎と硝煙の匂いが辺りに立ち込め、遠くで響く爆発音が、希望を削り取っていく。敵は圧倒的だった。次々と投入されるカイザーの機械兵と傭兵部隊に、少女たちの士気は見る影もないほどに沈んでいた。

 

(くっ....どうする?皆、完全に戦意を失っている。この状態で前に出ろとは....酷すぎる。だが、このままじゃ...この街も、学園も、本当に全部カイザーの手に渡ってしまう)

 

 彼女の視線は地面から上がらなかった。その隣で、対策委員会がどう声をかけたら良いか悩んでいる。内心皆んな思っているからだ。

 

「ホシノ先輩....私たち、どうすればいいんですか」

 

 アヤネの声はか細く、泣き声まじりだった。

 

「アヤネちゃん....」

 

 セリカもまた、答えに詰まっていた。こんなにも無力だと思わされたのは、何度目だろう。彼女もまた、自分の無力さに歯噛みしていた。

 

 誰もが、次の一歩を踏み出せずにいた。

 

 ――そんな空気の中で、たった一人、指揮官である「先生」は黙して立っていた。

 

(....私が、発破をかけるしかないか)

 

 内心、何度も自問した。こんなに傷ついた生徒たちに、もう一度戦えなどと言ってよいのか。何もかもを背負わせて、それでも前へ進めと――そんなこと、言える資格が自分にあるのか。

 

 それでも。

 

(....やるしかない。誰かが、声を上げなければ)

 

 重い決意を胸に、先生は一歩前へ踏み出し、口を開こうとした。

 

 

 

 ――その瞬間だった。

 

 

 

 ドカアアァァァァン!!

 耳をつんざくような轟音が、上空から降り注いだ。衝撃が地面を揺らし、周囲のビルのガラスが砕けて飛び散る。

 

 皆が反射的に身を縮めた。

 

 煙の向こう、瓦礫の降り注ぐ空に――何かが現れた。

 

 黒煙の中から姿を見せたのは、見慣れないシルエットの部隊。

 

 先頭に立つ少女の髪が、爆風に吹かれて煌めく。

 

 その足取りには一分の迷いもなかった。鋭く戦場を見据える視線、踏みしめる一歩一歩に、圧倒的な覚悟が滲んでいる。

 

 陸八魔アル――便利屋68の社長。

 

 そして、そのすぐ隣を走る影に気づいた誰かが、声を上げた。

 

 

 「アルさん!それにキミヨさんも!」

 

 奥空アヤネだった。驚きと歓喜が入り混じったその声は、瓦礫に沈んでいた少女たちの心に、再び火を灯すように響き渡った。

 

 髪を風になびかせながら、燈在キミヨが戦場に姿を現す。鋭く研ぎ澄まされた目は、一切の迷いを見せずに前方を射抜いていた。

 

 キミヨの背後からは、煙の帳を切り裂くように、次々と仲間たちが飛び込んでくる。

 

 ムツキは瓦礫の上を跳ね、爆薬を巧みに使いながら敵のPMC兵士に躊躇なく突撃。

 カヨコは無駄のない動きでハンドガンを構え、冷静に射線を読み取って射撃を開始。

 ハルカは仲間を守るかのように敵のヘイトを集め、ショットガンを叩き込む。

 彼女たちの動きはひとつの連動した機構のように噛み合い、敵の前線をじわりと押し返していく。

 

 

 ――その戦場の中央、キミヨは先生の隣で足を止めた。一方のアルは、対策委員会の面々のもとへとまっすぐ歩み寄る。

 

「状況は把握しています、先生」

 

 キミヨは簡潔にそう言うと、手早く端末を操作し、現場の地形情報をホログラムで表示した。

 

「援軍はここまでです。残りの戦力で、敵の展開を断ち切り、後方の補給線を潰します。便利屋68は私が指揮を取ります。先生は――対策委員会をお願いします」

 

 その言葉に、先生は短く頷いた。

 

 その声に、先生も迷いを振り払うように頷いた。

 

 そして、アルが前へ出る。

 

 言葉を選ぶことなく、彼女は烈火の如く叫んだ。

 

「全く...大人しく聞いていれば。何をすれば良いのかわからない。“どうすればいいのかわからない”だの、“全部失敗に終わった”だの、泣き言ばっかり!」

 怒気を孕んだ声が、焼け落ちたコンクリートの上を突き抜け、沈んだ空気を切り裂く。

 

 その迫力に、アヤネたちは思わず肩を震わせた。

 

「この先が苦しい?逆境しかない?だから何なのよ!」

 

 アルの拳が固く握られ、全身に感情がほとばしる。

 

「でも、だからって――ここで止まる理由になるわけ!?」

 

 激しく揺れる髪が、残響のように戦場にたなびいた。

 

「仲間が危機に瀕してるのよ!街が、学園が、踏みにじられてる!黙って見ていられる!?このまま何もしないで納得できるの、覆面水着団!!」

 

 その言葉は、戦火の中で戦意を失いかけた仲間たちの胸に、容赦なく突き刺さった。

 

 ....しかし。

 

「....覆面水着団?」

 

 その唐突すぎるフレーズに、キミヨがぽつりと呟いた。まるで熱に浮かされたように。

 

 キミヨは静かに、しかし確かな力でアルの肩に手を置いた。

 

「陸八魔さん、発破をかけるのは良いですが一旦落ち着きましょう」

 

「い、今のは...勢いっていうか、ノリで...!」

 

 言葉を濁しながらも、アルは目をそらす。頬がほんのりと赤らんでいた。

 

 だがその姿を、誰一人笑う者はいなかった。むしろ、彼女の叫びは間違いなく、冷えきっていた空気を吹き飛ばしていた。

 

 

「....いえ。カッコよかったですよ、陸八魔さん」

 

 キミヨが小さく、しかし確かな声でそう告げた。

 

 そして、俯いていた少女たちの顔が、次第に上がっていく。

 

 くすぶっていた心に、もう一度、戦う理由が灯っていく。

 

 ――立ち上がらなければならない。

 

 誰かがそう思った。その想いが、周囲に連鎖していく。

 

 再び、戦場に立つために。

 この街を、仲間を、そしてアビドスの未来を守るために――。




 ──市街地に向かう途中。
「せっかくだからアウトローらしく、カッコいい登場の仕方はないかしら?」
「カッコいい登場って言われてもねー、何も思いつかないなー。カヨコっちは?」
「同じく、何も思いつかない」
「すみません何も思いつきません。こんな私死んだ方が良いですよね」
「伊草さん大丈夫です落ち着いてください。陸八魔さん、こんなのはどうですか?───」
「良いわねそれ!」

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