⚪︎月△日◇曜日
キミヨから、「リンちゃんも暇な時間に日記をつけて」と言われた。
そのときは「時間があれば構わない」とだけ答えたけれど、
今日になって、なぜか私のほうが日記をつけたくなってしまった。
理由は分からない。ただ、書いておかないと取り返しのつかないことが起きる気がした。
連邦生徒会の仕事は相変わらず忙しくて、
これから本当に日記を書く時間がとれるのかは分からない。
けれど、少しでも時間ができたら、こうして記していきたいと思う。
⚪︎月◇日△曜日
今日は久しぶりに、一人でお昼を食べた。
会長は残った仕事を片付けていて、キミヨはカヤと先に約束していたらしく、ふたりで仲良さそうに食堂にいた。
その姿を見て、少しだけ――ほんの少しだけ、嫉妬してしまった。
同僚たちと特に悪い関係というわけではないけれど、
「仲がいい」と言い切れるのは、やはり会長とキミヨくらいだ。
だから、その二人がいない昼休みは、どこか物寂しい。
キミヨは、私や会長ほど仕事ができるわけではない。
今日も、提出された書類にいくつかミスがあった。
それに、会長のように圧倒的に強いわけでもない。寧ろ、弱いくらいだ。
――それでも。
彼女の“人望”は、私たちの誰よりもあると思う。
不思議なものだ。
あの自然な笑顔と、人を構えさせない話し方。
あれは、努力して身につくものじゃない。
そもそも、会長と昔からの幼なじみという時点で、
もう私には届かない場所にいるような気さえしてしまう。
……でも。
会長はいつも忙しそうにしていて、必然的に、キミヨと一緒に行動するのは私のほうが多い。
そのことに、ふと優越感を覚える自分がいて、
そんな自分に、少しだけため息が出た。
情けないな、と思う。
それでも、私にとってあの二人は、かけがえのない大切な存在であることに変わりはない。
△月⚪︎日◇
曜日昼休み、キミヨと一緒に会長も誘おうと会長室を訪ねた。
部屋に入ると、会長は机に突っ伏したまま眠っていた。
目元には、濃いクマ。
ここ数日、ほとんど寝ていなかったのだろう。
私たちの前では、いつも平然としている会長だけれど、
こんな姿を見るのは初めてで、思わずふたりしてため息が出た。
「これは.....ちょっと、さすがにね。とっとと片付けますか」
そう言って、会長がやらなくてもいい雑務を、キミヨと二人で片付けることにした。
仕事を終えてしばらくすると、会長が目を覚ました。
机の上がすっきりしているのを見て、目をぱちくりさせていた姿は、なんだか新鮮だった。
あんな表情を見たのは初めてで、思わず私たちも笑ってしまった。
オンの日はあまり大きな感情を出さない会長だから、余計に可笑しかったのかもしれない。
そのおかげか、今日は定時で帰ることができた。
「せっかくだし、どこか美味しいものでも食べに行こう」
という話になり、三人でゲヘナで有名な焼肉店に行った。
お肉はとても美味しかったけれど、帰り道、服に匂いがついていないかだけが、少し気になった。
♢月△日⚪︎曜日
今日は久しぶりの休日。
三人でデパートに出かけた。
……けれど、二人ともあまり物欲がないらしい。
会長は、「服やバッグを買っても使う暇がないから」と言い。
キミヨにいたっては、「着れれば何でもいいよ」とのこと。
男物でも、機械系でも、獣人服でも――本当に何でも良いらしい。
会長の言っていることは、正直よく分かる。
でも、キミヨのその感覚については、同じ女性として少し心配になる。
……少しくらいは、気にしてほしい。
なのに、その二人が、自分の服には無頓着なくせに、
私に似合う服についてだけは、やたらと熱く語り始めた。
お互いの好みを主張し合い、
ついには喧嘩の一歩手前までヒートアップしていた。
本気で止めなければ、戦闘が始まっていたかもしれない。
止めに入ると、今度は「どちらがリンちゃんに似合う服を選べるか」勝負が始まり、
店内で即席の“私のファッションショー”が開催されることになった。
気がつけば昼過ぎまで付き合わされていた。
最後には、なぜか二人で固く握手を交わしていて、
思わずため息が出たけれど……
鏡に映った自分を見て、私も「似合ってる」と思ってしまったから、二人が選んでくれた服を、両方とも買った。
その後、遅めのランチに立ち寄ったのは、カステラの専門店。
二人は仲良く別々の味を選び、食べさせ合っていた。
あぁ、やっぱり仲がいいんだな……と、どこか遠くから眺めるような気持ちになっていたけれど、次の瞬間、ふたりが「リンちゃんも」と声をかけてくれて、私にも一口ずつ食べさせてくれたのが、なんだか嬉しかった。
今日、特に印象に残ったのは――
普段は特撮なんて見ていないはずのキミヨが、デパートの特撮コーナーを、まるで引き寄せられるようにじっと眺めていたことだ。
興味あるのかと聞くと、キミヨは「別にー」とそっけなく返したけれど、その目は明らかに“興味津々”だった。
会長と私で「見るなら付き合う」と言ってみたけれど、なぜか首を横に振って断られてしまった。
どうしてだろう。
見たいのに見たくないふりをする、その理由が少し気になった。
!月?日@曜日
最近、キミヨから「変な夢をよく見るの」と相談を受けた。
夢の内容を聞いてみると、どうやら映画館のような場所で、キヴォトスの様子を“観測”しているのだという。だが、その夢の中では、彼女の存在が最初からなかったことにされているらしい。
たとえば、会長や私の部屋が映し出されるシーンでは、本来なら三人で撮ったはずの写真に、写っているのは私と会長の二人だけ。まるで最初から、キミヨなどいなかったかのように。
そんな夢を、彼女は毎晩のように見るという。
最近では、夢と現実の区別がつかなくなってきているようだった。ときどき、支離滅裂なことを尋ねてくる。
「カヤって、姉妹いたよね?」
「スーツの“女性の大人”って、名前なんだったっけ?」
──といった具合に。
なかでも特に印象的だったのは、ある日、彼女が会長本人に向かって言った言葉だった。
「あれ、会長って....失踪してなかったっけ?」
そのときの会長の表情が、今でも忘れられない。とても、悲しそうだった。
私と会長は顔を見合わせ、「これはもう、病院に行ったほうがいい」と話し合った。
その日、キミヨは久しぶりにいなかった。
会長と二人きりの、静かな時間。
ぽつりと、会長がつぶやいた。
「なんだか少し、寂しいね」
?月?日◇曜日
あれから翌日。
病院に行ったキミヨは検査を受け、神秘を抑える薬を処方された。
その薬を飲むと夢を見なくなるらしく、本人も少し安心した様子だった。
私たち以外にも、彼女を心配して声をかける人が多く、キミヨの周りには自然と人だかりができていた。
その光景を見て、改めて彼女の人望の厚さを感じた。
それから数日間、一緒に行動していると、以前のような支離滅裂な発言もなくなり、まるで元通りになったようだった。
会長と私も、胸をなで下ろしていた。
そして今日――明日が休みということもあり、三人でキミヨの自宅に集まり、ささやかなパジャマパーティーを開いた。
キミヨの部屋は相変わらず、何もない。
ミニマリストというわけでもなく、ただ単に物に興味がないらしい。だが、私や会長が誕生日等の記念日に贈ったプレゼントや写真は丁寧に保管されている。
だが、冷蔵庫と棚を開けてみると、大量のいちごミルクとカステラがぎっしり詰まっていて、思わず顔をしかめてしまった。
翌日、その話を聞いたカヤが、「誘ってほしかった!」とキミヨに駄々をこねていた。
困ったように笑うキミヨの顔が、なんとも印象的だった。
?月?日?曜日
会長が失踪した。
それに伴い、キヴォトス全体の治安は急激に悪化した。
つまり、私たち連邦生徒会の仕事も大幅に増えたということだ。
私は連邦生徒会長代行として業務を引き継ぎ、キミヨも連日忙しそうに動いている。
誰もが寝る間も惜しんで働き、気づけば心も体も、すっかり疲弊していた。
正直、日記を書くこの時間さえ「もったいない」と感じるくらいには、自分の感覚は麻痺してしまっているのだと思う。
会長の執務机の上には、一通の書き置きがあった。
内容はこうだ。
「私の代わりに、◯日に来る先生を歓迎してあげて。
大丈夫、安心して。先生は、きっと私よりもキヴォトスを良い方向へ導いてくれるから。
それと、キミヨには――リンちゃんから、謝っておいてほしい。きっと、私じゃ届かないから。
……それから、キミヨのこと、どうか気にかけてあげて。
本当にごめん。リンちゃんにこんな重荷を背負わせるつもりはなかったんだ。
――連邦生徒会会長」
当時の私は、ただ言われた通りに動いた。
けれど今では、あの言葉の重みを理解していなかったことを、深く後悔している。
??月?日?曜日
毎日、業務が忙しくて、キミヨと一緒に過ごす時間がなかった。
少しだけ余裕ができた今日は、久しぶりにお昼ご飯に誘おうと思い、食堂へ向かった。
そこには、キミヨ以外誰も居なく一人でポツンと食事をしているキミヨの姿があった。
思わず足が止まった。
普段の彼女は、私か会長のどちらかと約束をしていることが多く、そのことに気を遣ってか、他の誰かを誘うことも少ない。
だから今日は、きっとカヤあたりと一緒に食べているだろうと勝手に思っていたのに。
話しかけると、キミヨは少し驚いたようにこちらを見た。
顔色が悪いことに気づいて、「大丈夫なの?」と聞くと、彼女も同じように「そっちこそ」と返してきた。
私たちは、少しだけ笑い合った。
でも、笑っている彼女の顔は、明らかに尋常ではないほど青ざめていた。
――私はそのとき、うすうす気づいていた。
キミヨが限界に近いこと。
だけど、自分のことで精一杯だった私は、他人のことまで気にかける余裕がなかった。
それに、彼女も本当に苦しくなったら、きっと友達として相談してくれるはずだと、どこかで楽観的に思っていた。
??月??日?曜日
それから数日後。
先生がキヴォトスに来る予定日まで、あと二週間となっていた。
少しだけ仕事が落ち着いた私は、久しぶりにキミヨに会おうと思い、食堂へ向かった。
だが、そこで目にしたのは、完全に孤立している彼女の姿だった。
以前なら、食堂で彼女を見かければ、誰かしらが声をかけていた。
軽く挨拶を交わしたり、少し世間話をしたり――彼女のまわりには、いつも人の気配があった。
けれど今は、誰も彼女に近づこうとせず、まるでそこに“いないもの”として扱っていた。
居ても立ってもいられなくなった私は、意を決して彼女に声をかけた。
そのとき、何よりも強く印象に残ったのは、彼女の“目”だった。
死んだ目。
そうとしか言いようがないほど、そこにはまったく光がなかった。
かつてのような、柔らかく話しかけやすい雰囲気も消え失せており、髪は短く切り揃えられ、一部は白くなっていた。
私がどんな話題を振っても、キミヨの返事は「うん」とか「そうなんだ」といった短い言葉だけ。
会話はすぐに途切れてしまった。
その後、私はキミヨと別れ、胸に重いものを抱えながら、彼女と会長以外ではもっとも仲の良かったカヤに、最近の様子を尋ねた。
カヤは、少し躊躇いながらも、ぽつりぽつりと話し始めた。
要約すると――
ある日を境に、まるでクスリでもやっているかのように、キミヨの様子が急変したらしい。
意味のわからないことを口走ったり、突然泣き出したり、そして何かに怯えているような素振りを見せていたという。
それで心配して声をかけた友人たちには、罵詈雑言を浴びせ、時には手を出してしまうこともあったそうだ。
その話を聞いたとき、私はふと思った。
――また、夢を見ているのかもしれない。
そう直感した私は、彼女が以前通っていた病院を訪れ、キミヨの代わりに薬をもらえないかと相談した。
だが、医師はこう答えた。
「すでに薬は処方していますよ」
つまり、薬はちゃんと飲んでいるはずなのに――。
もしかして、以前よりも症状が悪化しているのだろうか?
そんな考えが頭をよぎった、そのとき。
私のスマホが鳴った。
「急ぎで、会長代理のあなたにしか対応できない案件が、立て続けに入ってきまして....」
そんな連絡を受け、私は急ぎ連邦生徒会へと戻った。
内容は予想以上に複雑で、すべての処理が終わったのは深夜を回った頃だった。
その時点で、キミヨの家へ行くことはもうできなかった。
時間が遅すぎたし、彼女の体調を考えれば、無理に起こすのは違うと思った。
だから私は、深く息をつき、スマホを見つめながら、こう自分に言い聞かせた。
「明日なら....きっと、話せるだろう」
だけど――その「明日」は、もう、訪れなかった。
??月??日??曜日
キミヨが来なくなってから毎日、キミヨの家に通っている。
けれど、彼女が姿を見せてくれることは、とうとう一度もなかった。
先生が来る予定日まで、もうあと二日。
ふとしたきっかけで、私は一つの“変化”に気づいた。
――ドアノブにかけておいた果物が、確実に“取られて”いたのだ。
選ぶ果物には、できるだけ気を遣った。キミヨの体に少しでも良いようにと。
それでも、彼女の体調はやっぱり心配だった。
今日も私は、いつも通りにドアをノックして声をかけた。
「キミヨ、来ました。果物、置いておきますね」
……やっぱり返事はなかった。
しばらく待ってみたけど、部屋の中は静まり返ったまま。
ため息をついて、帰ろうとしたそのときだった。
ガチャ。
ドアの開く音がした。
そこに立っていたのは――以前と同じ、いや、あのときよりもさらに衰えた姿のキミヨだった。
生気を失った目、ぼさぼさの髪、痩せて骨ばった顔。
まるで、今にも風にさらわれてしまいそうなほど、儚くて、弱々しくて。
会いたくて通っていたはずなのに、いざ彼女を目の前にすると、私は何も言えなくなってしまった。
でも、キミヨはぽつりと一言だけ言った。
「入って」
その言葉に従って、私は部屋の中へ。
そして思わず、息をのんだ。
部屋は、長い間誰にも手入れされていないまま、ゴミと空気に埋もれていた。
時間が止まっているように感じた。
「キミヨ、あなたに....何が──」
声をかけようとした私の言葉を、キミヨが遮った。
「リンちゃんって、なんで毎日来てくれるの?」
その真っ直ぐな視線に、私は嘘がつけなかった。
だから、そのまま正直な気持ちを伝えた。
会長に任されたこと。
でもそれだけじゃなくて、キミヨがいないと寂しいこと。
そして、友達として力になりたいと心から思っていること。
言葉にするたび、胸が苦しくなって、気づけば私は泣いていた。
ぽろぽろと、涙がこぼれ落ちていた。
そんな私を見て、キミヨは驚いたように目を見開いた。
そして、何かを決意したような表情になった。
「リンちゃん、友達として....一生のお願いしてもいい?」
待ち望んでいた言葉に私は歓喜した。
「それはね....私を、シャーレの部員にしてほしいの」
もちろん、私はすぐに「いい」と答えた。
でも、その一言のあと、どうしても気になることがあった。
「キミヨ...夢は、大丈夫なんですか?薬をもらっても効かないって、聞きました」
キミヨは、静かにうなずいた。
「うん。夢は....まだ続いてる。でも、解決する方法はあるんだ。ただ...決心がつかなかっただけで」
その言い方に、私は不安を覚えた。
きっと、その“方法”には大きな代償があるんだと、直感で分かった。
「それには...どんなリスクが?」
しばらくの沈黙のあと、キミヨはぽつりとつぶやいた。
「....たぶん、最悪の場合、私の“記憶”がなくなる。完全に、今までの全部が、消えてしまうかもしれない」
そこまで言って、彼女は一瞬、言葉を切った。
けれど、やがて、静かに続けた。
「無事だったとしても...記憶がぐちゃぐちゃに混ざっちゃうことがあるの。夢と現実が、ごちゃまぜになって...本当のことが、分からなくなるかもしれない」
その声は静かで、どこか遠くを見ているようだった。
まるで、自分自身の中にある“なにか”と、向き合っているようで。
そして、真剣な口調でこう言った。
「だけど、二日後の朝――先生が来る日に、私はリンちゃんの隣に居るよ」
「もしかしたら、変なことを言うかもしれない。支離滅裂なことを言ってしまうかもしれない。でも....これだけは約束する。元気な姿で、リンちゃんに会いに行くって」
そのとき、スマホが鳴った。
仕事の連絡だった。至急対応してほしい、という内容。
「....はい、わかりました」
と、返事しかけたとき。ふと横を見ると、キミヨが私を見ていた。
その瞳には、さびしさが浮かんでいた。
少しだけ悩んで、私はスマホに向かって言った。
「今ちょっと外せない事情があって..,.他の方にお願いできますか?」
たぶん、会長代理としての責任を放棄した瞬間だった。
罪悪感は、もちろんあった。
でも、あのとき「行く」と言っていたら――
私は、ずっと後悔していたと思う。
何より、私の言葉を聞いたキミヨの顔が、ふっと明るくなったとき。
ああ、これでよかったんだって、心の底から思えた。
特別なことなんて、なにもしていない。
ただ隣にいて、少しだけ部屋を片付けただけ。
でも、それでも――今日という一日は、本当に大切な時間だった。
気がつけば、夜になっていた。
カーテンの隙間から街灯の光が差し込み、部屋の中の散らかった風景を淡く照らしていた。
私は時計を見て、静かに言った。
「....そろそろ、帰ります」
キミヨはほんの一瞬、目を伏せてから、何かを言いかけたけれど――
結局、その言葉は飲み込まれたままだった。
私は立ち上がって、部屋のドアに向かった。
玄関で靴を履いていると、キミヨもあとからそっとついてきた。
玄関のドアを開けると、涼しい夜風が頬に当たった。
心地よくて、少しだけほっとした。
ドアの外に立った私に、キミヨが言った。
「ありがとね、リンちゃん」
その声はかすかに震えていたけれど、真っ直ぐに心に届いた。
私は振り返って微笑んだ。
「明日は来れませんが...明後日、また会いましょう」
そう言って歩き出すと、キミヨは小さく手を振ってくれた。
そのとき――
「リンちゃん、────。」
何か言っているような声が、かすかに聞こえた。
振り返ろうか迷ったけれど、私はそのまま歩いた。
足は、止まらなかった。
帰り道、今日の出来事を何度も思い返していた。
キミヨが、ようやく心を開いてくれたこと。
そして、自分の足で未来に進もうとしていること。
そのすべてが、ただただ嬉しかった。
……だけど。
どうしてだろう。
胸の奥に、ふとした違和感が残っていた。
なにか引っかかる。
けれど、それが何かは私には分からなかった。
△月▷日◁曜日
ようやく落ち着いた一日ができたので、久しぶりに筆をとることにした。
今日は――ついに、先生がキヴォトスへとやって来た。
ずっと気になっていた、会長が「託した人」。
どんな人物なのだろうと内心では構えていたけれど、実際に会ってみると、驚くほど話しやすい人だった。
物腰は柔らかく、表情も穏やかで、言葉の選び方ひとつとっても、人を緊張させない空気を持っていた。
ほんの数分話しただけの私ですら、「この人なら、会長が信頼を置くのも分かる」と思えた。
それだけではない。
会話の中から見えた“指揮官としての資質”――
冷静さと即断力、そして、相手の考えを自然に引き出す巧みさ。
まるで、こちらが何を言いたいのかを先回りして理解してくれているような、不思議な安心感があった。
きっと、敵に回せば厄介な人。
けれど、味方でいてくれるなら、こんなに心強い存在はいない。
……そんな人物だった。
ただ、ひとつだけ。
今日、心の底から落ち着けなかったことがある。
キミヨが、来なかったのだ。
あの日――彼女は自分の口で言った。「先生が来る日に、ちゃんと会いに行く」って。
それを、私は信じていた。心配だったけれど、信じて、ずっと待っていた。
けれど、いざその日が来ても、彼女は現れなかった。
先生を迎え、シャーレの奪還作戦に加わることになっても……彼女は来なかった。
心配と、期待が裏切られた悲しみ。
その感情がないまぜになって、どうしようもなくなった私は、思わず彼女に電話をかけた。
……すぐに繋がった。
そして、聞こえてきたのは、いつもと変わらない元気そうなキミヨの声だった。
その無邪気ともとれる態度に、私は堪えきれず怒鳴ってしまった。
今までの心配、そして約束を破ったことへの怒りが、溢れてしまったのだ。
けれど――それすらも、すぐに霧散する出来事があった。
キミヨが、私のことを苗字で呼んだのだ。
……その瞬間、理解してしまった。
ああ、キミヨの記憶はリセットされたのだ、と。
その後、キミヨはシャーレにやってきた。
でも、やはり私のことを苗字で呼ぶ。まるで、ただの知人のように。
私は、もう分かっていたはずだった。
それでも、胸の奥がきゅっと締めつけられた。
まるで彼女が、会長と同じように――どこか遠くへ行ってしまったような気がして。
先生の目の前だったのに、私は泣いてしまった。
でも。
そんな私の涙に、彼女はこう言った。
「...リンちゃん」
そのたった一言が、私を救ってくれた。
たとえ忘れてしまっても、また思い出せばいい。
もし全部失ってしまったのなら――また一緒に、作り直していけばいい。
そう思えた。
最近のキミヨは、以前よりもよく笑う。
もちろん、すべてが順風満帆というわけじゃない。
それでも、あの頃のような辛そうな顔をしていた彼女より、今の彼女のほうがずっといいに決まっている。
きっと、大丈夫。
これからまた、新しい毎日を一緒に重ねていける。
そう信じたい。
連邦生徒会長の口調が分からない。