「遅刻してすみませんんんんん!」
それが、私と燈在キミヨが初めて出会った瞬間だった。
キヴォトスに着いて初日、サンクトゥムタワーを奪還し、任務の報告を兼ねてシャーレのオフィスで七神リン――通称リンちゃん――と話していたところだった。勢いよくドアが開かれ、息を切らしたキミヨが駆け込んできた。
「先生も、七神さんも....すみません。遅くなってしまって」
彼女は深く頭を下げ、申し訳なさそうに謝罪の声を上げた。
「いいよいいよ。私も学生の頃、遅刻なんてしょっちゅうだったからさ。リンちゃんも、今回は私の顔に免じて許してあげて?」
その姿に、つい自分の高校時代を思い出してしまい、甘やかすような言葉が口から漏れた。
しかし、リンは無言だった。
「....リンちゃん?」
私が問いかけても、彼女は俯いたまま動かない。微かに嗚咽の音がオフィスに広がり始めた。
「....リンちゃんって、呼んではくれないのですね」
そう絞り出すように呟いた彼女の目には、涙がにじんでいた。
驚いた。先生と出会って数時間の七神リンは、真面目でお堅く、どこか冷たい印象を持つ少女だった。丁寧な口調ではあるが、容赦ない言葉を選ぶタイプだと思っていた。だが、いま彼女は明らかに動揺し、感情を露わにしていた。
それだけ、キミヨという存在が、彼女にとって大切なのだということが伝わってくる。
「は...え、いや嘘でしょ...」
キミヨは、リンの変化に困惑し、ぶつぶつと自分に問いかけるように呟いていた。これは、私の出る幕ではない。そう判断して、静かに様子を見守る。
数秒の沈黙のあと、キミヨが口を開いた。
「リ....リンちゃん。本当に、ごめん」
その声は震え、掠れていた。心からの謝罪だった。
しばらくの間、時間が止まったかのような静寂が流れた。やがて、リンが顔を上げ、ゆっくりと息を吐いた。
「....貴方まで、居なくならないでください」
その言葉に、キミヨは小さく頷いた。
私は、ただそのやり取りを見つめながら、心の中で静かに安堵の息をついた。
「すみません、先生。お見苦しい姿をお見せしてしまって..,そして、ありがとうございます」
頬をほんのり紅潮させながら、リンが私に頭を下げる。感情を抑えようとしながらも、揺れている彼女の声が、まだどこか震えていた。
一度静まった部屋には、また別の静けさが生まれていた。少し居心地が悪くなってしまい、私はなるべく和らげるように言葉を選ぶ。
「全然いいよ。無事に、二人が仲直りしてくれたことが、私にとっては何より嬉しいことだからね」
私の言葉に、キミヨも口を開いた。
「私からもありがとうございます、先...生?」
その瞬間――私は、初めて彼女と正面からしっかりと向き合った。
彼女の髪は、短く切り揃えられた青色に、白いハイライトが入っていた。その姿は、誰がどう見ても目を引くほど美しく、まるで物語から抜け出したような美少女だった。
だが、私がその美しさに驚いたわけではない。
決して忘れられない、忘れたくても忘れられないであろう、あのときの彼女の視線。
初対面のはずなのに、彼女は――まるで幽霊でも見るかのような目で、私を見ていたのだ。
その目に、恐れとも、驚きともつかない、複雑な感情が浮かんでいたことを、私は見逃さなかった。
あの瞳の奥に、彼女が何を見ていたのか。あのときは、まだ知る由もなかった。
幽霊はお前です