一般シャーレ事務員憑依   作:戯け

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お久しぶりです


19話 ストーカーって言われた方がまだマシね

 調月リオは、ほんの一瞬だけ言葉を失った。

 

 それも無理はない。

 自分のボディーガードである飛鳥馬トキですら把握していないはずのアジト。その最奥、簡易ソファの上に――まるで以前からそこに住み着いていたかのように、見知らぬ人物が腰掛けていたのだから。

 

 その存在は、あまりにも自然だった。

 侵入者特有の緊張も、周囲を探るような視線もない。ただ、そこに「いる」。

 意識に引っかからないこと自体が、異常だった。

 

 侵入の痕跡はない。

 警報は沈黙したまま。

 認証を必要とする扉はすべて正常にロックされ、アクセスログにも不審な形跡は残されていない。

 

 それが意味するのは、二つに一つ。

 

――侵入者の技量が、調月リオの想定を遥かに上回っているか。

――あるいは、そもそも彼女の認識体系の外側にいる存在か。

 

 室内の空気が、微かに張りつめる。

 オイルと金属の匂い。稼働中の機材が発する低い振動音。

 本来なら思考を安定させるはずのそれらが、今は逆に現実感を薄め、悪い夢の中にいるかのような錯覚を与えていた。

 

 だが、リオは即座に呼吸を整えた。

 胸の奥を走った驚愕を、理性で上書きする。

 

 感情を表に出すことは、「負け」を意味する。

 

 相手の話に応じる素振りを見せながら、キミヨの視界から外れる角度で端末を操作する。

――緊急時用の位置送信。

 指は迷わなかった。思考より先に身体が動くのは、数え切れない修羅場を潜り抜けてきた証拠だった。

 

「....話すのは構わないわ」

 

 声は静かで、揺らぎはない。

 

「けれど、まず聞かせて。あなたは何者?」

 

「ああ、失礼しました」

 

 キミヨと名乗る人物は、穏やかな微笑みを浮かべ、ゆっくりと両手を上げた。

 敵意を示さないための動作。だが、そこに過剰な演技はない。

 まるで最初から、この場にいることが当然であるかのような自然さだった。

 

「シャーレ所属、燈在キミヨと申します。敵意はありません。少なくとも、今は」

 

「“今は”ね」

 

 リオは即座に言葉を挟む。

 

「ええ」

 

 短い肯定。

 それ以上の説明は、意図的に省かれている。

 

 室内に、薄い沈黙が落ちた。

 リオは視線を逸らさなかった。瞬きの回数すら計算に入れているかのように、相手の呼吸、重心、視線の動きを観察する。

 

 この人物は、恐れていない。

 少なくとも、この場で排除される可能性を想定していない。

 

「噂に名高いシャーレの人間が、どうして私のところに?」

 

 リオは続ける。

 

「それに、この場所は――」

 

「その話も含めて、これからします。ただし」

 

 キミヨは言葉を区切り、わずかに間を置いた。

 

「これから話す内容は、他言無用でお願いします」

 

「.....随分と一方的ね」

 

 リオは肩をすくめる。

 

「守るメリットが見当たらないわ。聞いたあとで、私が誰かに漏らす可能性だってあるでしょう?」

 

「ええ、当然です」

 

 あまりにもあっさりと肯定され、リオの眉が僅かに動いた。

 

「ですから――例えば」

 

 キミヨは、視線だけを横に流す。

 

「セミナーの帳簿。確認しておきたいですね。横領が事実なら、困る方も多いでしょう?」

 

 心臓が、一拍遅れて強く脈打った。

 

 喉の奥が、きゅっと引き攣る。

 視界の端が、わずかに歪む。

 

――知られているはずがない。

帳簿の改竄も、資金の流れも、完璧なはずだった。

 

だが、その動揺は一瞬で押し殺される。

リオはゆっくりと息を吐き、表情を整えた。

 

「.....そこまで把握しているとはね」

 

 鋭い視線を向けたまま、静かに言い切る。

 

「改めて聞くわ。貴方、本当に何者?」

 

「単刀直入に言います」

 

キミヨの声音は、最初から最後まで変わらず穏やかだった。

 

「私には、未来が見えます。確定した未来ではありませんが.....それを頼りに、あなたの情報に辿り着きました」

 

「未来視.....」

 

 リオの脳裏に、一人の少女の姿が浮かぶ。

 百合園セイア。

 彼女だけの特異性だと思っていた力。だが、“未来”という概念を介せば、説明はつく。

 

(……でも、本当に信じていいのかしら)

 

 思考を切り替え、短く問う。

 

「それで。本題は?」

 

「調月さん。天童アリスと接触してください」

 

「.....無駄よ」

 

 即答だった。

 

「彼女は無名の司祭を崇拝するオーパーツ。いずれ世界を滅ぼす存在。ヒマリのように、害意がないとでも言うつもり?」

 

「いいえ」

 

 キミヨは、静かに首を横に振った。

 

「天童アリスが世界を滅ぼす可能性。それ自体は、私も否定しません」

 

 キミヨの声は静かだった。

 感情の起伏を意図的に削ぎ落としたような、淡々とした響き。

 だが、その言葉が孕む内容はあまりにも重く、室内の空気を一瞬で張り詰めさせた。

 

一拍。

 

 沈黙が落ちる。

 調月リオは、その沈黙の中で相手の真意を探ろうとしたが、キミヨの表情からは何も読み取れない。

 

「ですが」

 

 わずかな間を置いて、キミヨは続ける。

 

「廃棄すると勝手に決めてんじゃねーよ」

 

 その瞬間、空気が軋んだ。

 先ほどまでの穏やかな対話とは明確に異なる、鋭利な感情。

 まるで刃物が静かに抜き放たれたかのような緊張が、部屋全体に走る。

 

 リオは眉をひそめる。

 

「その選択を取るのは、確かに手っ取り早いです。調月さんが傷つくだけで終わりますから」

 

 その言葉は、あまりにも率直だった。

 犠牲が一人で済むなら、それが最適解だと考える人間は少なくない。

 

「私はそれを望───」

 

「未来は二つあります」

 

 リオの言葉を遮るように、キミヨは続けた。

 声は落ち着いている。だが、その奥には揺るがぬ意志があった。

 

「一つは、天童アリスを破壊し、全ての罪を一人で背負っていく未来」

 

 淡々と告げられる選択肢。

 

「もう一つは、先生と共に天童アリスは“問題ない存在だ”と証明し、これからも後輩と仲良く、何事もなかったかのように学園生活を送る未来」

 

「さぁ、どちらを選びますか?」

 

 試すような視線が、リオに向けられる。

 

「......分からないわ」

 

 思わず零れたのは、本音だった。

 

「何故そこまで彼女のために動くの?彼女一人を切り捨てれば、キヴォトスは救われるのよ」

 

 合理性だけを見れば、それは正しい。

 リオ自身も、そうした判断を幾度となく下してきた。

 

「いえ」

 

 キミヨは静かに首を振る。

 

「私は、天童アリスのために動いているわけではありません」

 

「.....は?」

 

「なら、何のために?」

 

 キミヨは一瞬だけ視線を伏せた。

 その僅かな仕草に、これまで見せなかった人間らしさが滲む。

 

「とある未来で、部屋で1人蹲っている人を見ました」

 

 言葉を選ぶように、ゆっくりと。

 

「自分のしたことの重さを、頭では理解していた。でも、その重さに耐えることはできなかった」

 

 それ以上は語られない。

 だが、リオには分かってしまった。

 

 語られているのが、誰の未来なのか。

 

「......そう」

 

 リオは静かに頷いた。

 

「分かったわ」

 

 背筋を伸ばし、決断を口にする。

 

「私は、あなたの言う通り天童アリスに接触する。でも、私たちのタイムリミットまでに証明できなかった場合――その時は廃棄する。それでいい?」

 

 キミヨは即座に頷いた。

 

「はい。それで構いません。これからは協力者としてよろしくお願いします。安心してください。時間はたっぷりありま──」

 

 言葉が途切れる。

 

 キミヨはふと天井へと視線を向けた。

 

「.....想定より、早かったですね」

 

 次の瞬間。

 

 

「リオ様!ご無事ですか!」

 

 天井の排気口が音を立てて開き、飛鳥馬トキが飛び降りてくる。

 着地と同時に、その銃口は一切の迷いなくキミヨへ向けられていた。

 

「トキ.....!?」

 

「安心してください、リオ様。すぐに対象を撃破しますので」

 

 引き金にかかる指。

 一触即発の空気。

 

「大丈夫よ、トキ。武装を解除して」

 

 一瞬の躊躇。

 だが、主の言葉を信じ、トキは深く息を吐いた。

 

「........了解しました。武装を解除します」

 

 銃が下ろされる。

 それでも、彼女は一歩もリオの前から離れなかった。

 

「初めまして、飛鳥馬トキさん」

 

 キミヨは何事もなかったかのように微笑む。

 

 

「調月さんとは、たった今協力者となりました。シャーレ所属、燈在キミヨです」

 

 そう言って、懐からガムを一つ取り出す。

 

「お近づきの印として、これを」

 

「.....は?」

 

 戸惑うトキの手に、半ば強引にガムが押し込まれた。

 

「それでは、お暇させていただきます。あ、あと」

 

 

 キミヨは室内の一角に置かれたオブジェクトを指差す。

 

「あれ、カッコいいですね」

 

「持って帰っても良いわよ」

 

「え!本当ですか。ではお言葉に甘えて....よし」

 

 妙に満足げに呟き、キミヨは来た時と同じように、気配を残さず去っていった。

 

 

 

 残されたのは、二人だけ。

 

「リオ様。あの方を信用してもよろしいのでしょうか」

 

「多分だけど、信用はできるわ」

 

「珍しいですね」

 

「でも」

 

 リオは少し考えてから答えた。

 

「信頼できるかは、分からない」

 

「何故でしょうか?」

 

「随分と.....」

 

 

 リオは静かに呟く。

 

 

 

 

 

「都合の良い未来視だと思っただけよ」

 

 

 

 

 

──────────

 

 

 

 

 

「はぁ....疲れた」

 

 シャーレの部室に戻った私は、そのまま椅子に体を預け、天井を見上げた。

 視界の端で、壁掛けの時計が静かに時を刻んでいる。針の位置を確認し、思わずもう一度ため息を吐いた。

 

――とっくに、良い子は寝ている時間帯だ。

 

 昼間は延々と書類仕事。

 夜は現場で指揮を執り、その足でミレニアムのトップと邂逅。

 我ながら、どう考えても過密スケジュールである。

 

「これ、過労死ルート入ってない?」

 

 呟いてから、最後のは完全に自業自得だと思い直す。

 誰に強制されたわけでもない。全部、自分で選んだ行動だ。

 

……とはいえ、そうでもしなければ不安だった。

 

 あの場で介入しなければ、調月リオは先生の敵になる。

 

 結果として、天童アリスは先生に救われる。

 それ自体は、ほぼ確定事項だ。

 

 問題は、その先だった。

 

(調月リオは……救われるのか)

 

 思考が、そこに引っかかる。

 

 いや、待て。

 あの人は、生徒なら全員救う。例外なく。

 だったら調月リオも、結局は救われるはずだ。

 

「.....あれ?」

 

 ふと、嫌な考えが頭をもたげる。

 

 もしかして私、

 ――余計なことをした?

 

うがぁぁぁ.....!

 

 椅子を軋ませながら、体を揺らす。

 自分の行動の軽率さに、今さら頭を抱えたくなった。

 

 いくら“やりたいことをやった”とはいえ、後先を考えずに突っ走るのはやっぱり良くない。

 

でも。

 

 

 

 

 

 

 

 

その罪、私も背負うわ。……何故って言われても、私たちは共犯者だから、としか言いようがないわ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.....先生と敵対するの、やめよ」

 

 

 ぽつりと、独り言が零れた。

 

 黒服にも言った通り、私が先生のもとにいる理由は「大人というものを知るため」だ。

 なのに、先生と敵対するなんて本末転倒にも程がある。

 

 敵としての先生を知れる、という考えが浮かばないわけじゃない。

 でも、それは私が知りたい“大人”じゃない。

 

 これからは――

 敵対せず、近くで、傍観する。

 

 それでいい。

 

 

 仮眠室で寝ようかとも思ったが、どうにも眠れそうになかった。

 仕方なくスマートフォンを取り出し、意味もなく画面をスクロールする。

 

……これ、なんか青春してない?

 

 

 そんなことを考えながら、今日のニュースを適当に流し見して――

 次の瞬間、指が止まった。

 

 

「.,....え?」

 

 表示されている見出しを、もう一度読む。

 

 

 

「エデン条約って.....まだ締結されてなかったのかよ.....」

 

 

 胸の奥に、嫌な予感が静かに広がっていく。

 画面の光だけが、部室の薄暗さを照らしていた。




オブジェクトはもちろん、みんな大好きあのロボットです

これまでの話でキミヨがどう言うキャラか分かりましたか?

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