メガネは最高 作:息抜きのあんこ
メガネの命はフレームである。少なくともこと可愛さにおいてはそこが外せない。
フレームはあればあるほどいい。ハーフリムやリムレス、ブロウなんかは邪道であると声高にして叫びたい。知的な感じを出したいのならば否定はしないが、やっぱりメガネバフはフレームがあればあるほど効果を発揮するのである。
四角形のスクエアタイプが一般的ではあるものの、個人的には追加点は若干低めになってしまうと思う。確かに自分を賢く見せようとするために四角形のフレームのメガネを装着するというシチュエーションはかなりの大量得点をあげたいところではあるのだが、やはり日常着用しないという点での大幅減点がかなりの痛手になってしまうという印象である。
あとちょっと堅苦しいイメージが強く、可愛さという観点では若干の不利が否めない。無論掛けないよりは掛けた方が百倍良い。当然の話である。
逆台形のウェリントンタイプや逆三角形のボストンタイプはオーソドックスで誰でも可愛く見えるので素晴らしい。基本的に全人類が掛けるべきなのがこのタイプである。楕円形のオーバル型も人によっては最適解になるので検討をお願いしたい。
「えと、私に何か用?
昼休みに悲しい事件があったので、放課後にそさくさと教室を出ていった折ヶ谷さんの後を追いかけていたら、美術室に続く廊下で折ヶ谷さんが足を止めて、こちらを振り返った。
その
丸メガネ。ラウンドタイプとも呼ばれるそのフレームは、物語の中にはよく見るものの現実ではあまりお目にかかれない代物である。しかしその分実物の火力はすさまじく、個人的には丸メガネをかけているというだけで大量加点をしてあげたいような気分である。柔和な雰囲気を与えるだけでなく高度なおしゃれとして成立するので、人を選びはするもののハマれば他の追随を許さないポテンシャルを有しているのである。
「昼休みのこと、謝りたくて」
彼女はこの現実世界で丸メガネをかけてくれている素晴らしい人間だというのに、自分の不用意な発言で彼女を傷つけてしまったことは許されない。
メガネをかけていない底辺の存在たる自分がメガネをかけている上位存在たる彼女に話しかけるだけでも気後れするのに、そこに後ろ髪を引く理由があるのだからなかなか話しかけづらかった。
だから彼女の方から声を掛けてくれて助かった。少なくとも、会話を拒否するほどは嫌われていないようである。
「ごめんなさい。不用意な発言で、折ヶ谷さんを傷つけた」
「それは元はと言えば七瀬さんと比較してきた
「答えない選択肢もあったって、後から気付いた。これは言い訳できない過失だよ」
丸メガネをかけていると性格も良くなるのだろうか。
折ヶ谷さんは阿納さん――あのときスマートフォンを見せてきたクラスメイトーーが悪いと言って気にしないと言ってくれるが、それで引き下がってしまえばメガネについて語れなくなってしまう。自分に非があると判っているのだから、そこから目を逸らしてはいけないのである。
「そこまで言うなら、とりあえず、受け取る」
「こっちの気が済まないから、無茶ぶりの一つや二つぐらいしてくれると助かるんだけど」
「んー、確かに傷ついたのは事実だけど、阿納とかの分まで新井にぶつけるのは違うでしょ」
「そこはじゃあ、折ヶ谷さんのさじ加減で」
それでも折ヶ谷さんは微妙な表情をする。
まあ普通はそんなこと言われても困ることは理解できなくはない。罪滅ぼしのつもりだったがそれを押し付けたらさらに迷惑をかけることになってしまう。
ここは大人しく引き下がることにする。
「ごめん。押し付けるつもりはなかった。無理強いはしないよ。気が変わったら言って」
そう言い残して彼女に背を向け、昇降口へと向かおうとすれば、後ろから折ヶ谷さんの質問が投げられてきた。
「ねえ、何でもいいの?」
「そのつもりだよ」
「無理難題でも?」
「できる限り尽力はする」
振り返れば、何か迷っているような表情の折ヶ谷さんが見えた。
丸メガネの下の瞳が揺れている。レンズの屈折で若干小さくなっているはずなのに、その感情の変化が容易に読み取れる。口に出さないのは得意でも、隠すのは得意ではないのかもしれない。
七瀬さんと比べて折ヶ谷さんは小さい。同年代の平均身長よりもずっと小さくて、身体的特徴だけなら中学生に成り立てと言われても通用するレベル。そんな彼女が逡巡している姿は、その体躯以上に小さく見えた。
先の質問もあって、どんな無理難題が飛んでくるのか身構える。最悪一生かかるようなことを要求されたのなら、自分で口にした以上果たさなければいけないから。
そんな警戒を他所に、彼女が口にした要望はとても簡単なものだった。
「じゃあ、話し相手になってよ」
ぶっきらぼうな口調は精一杯の強がりなのか、メガネの奥に揺れる黒目が彼女の不安を雄弁に語る。
そんなことを嫌がる人間だと思われていたとするのなら、折ヶ谷さんに思ったよりは嫌われているのかもしれないと評価を改めた。
「それぐらいなら、持ち越しで全然いいよ」
「え……」
「また今度、思いついたら教えて」
「わ、わかった」
困惑する彼女はメガネの向こう側で瞳を右往左往させていて、その内心を如実に物語る。
目は口ほどに物を言うというが、こと彼女に関して言えばガラス一枚を通してもまだその心のうちを隠すことは難しいようだ。曇りないレンズは彼女がマメに手入れをしているが故だろう。教室で度々メガネを拭いている姿を見かけるのは、手持ち無沙汰なだけなのかもしれないが。
さて、話し相手になれと請われたからにはそれに応じる以外の選択肢はないのだが、どういう感じをご希望なのだろうか。教室でなのか、放課後なのか、いまいち彼女のビジョンがわからない。
何も考えていない可能性は大いにあるけれど、とりあえず指示を仰ぐのが吉だろう。
「それで、話し相手ってどんな感じ?」
「あ、えっと、放課後に話したり、とか?」
「折ヶ谷さん、美術部だったよね? 部活の時はどうする?」
その質問に「あ…」と溢したところを見るに、あまり考えずに先の要望を口にしたのだろう。それはつまり、先の言葉が彼女の本心に近しいということ。口をついて出た言葉が全て本心だとは言わないが、少なからずその瞬間の風速としては高いものが出力されていると思う。
こんなきっかけでなくとも、もう少し早く声をかければよかったかなと無意味な仮定をして、すぐさま頭の中で否定する。今回は免罪符があったからその言葉を引き出せただけで、折ヶ谷さんの普段の様子から考えれば警戒されて終わりだろう。よくいる声を掛けてくる男子の一人、で終わりのはずだ。
今回の話にしても、恐らく部活がない日だけか、あるいは部活の間は待っていろと言うか、そのどちらかだろう。結構パーソナルスペースを大事にするタイプだと思うし、必要以上の接触を求めるとは思えなかった。
だからこそ、意を決したように言葉を絞り出した彼女の決断は、全く以って意識の外で。
「美術室で絵を描いてるとき、横にいてくれる?」
「……これは驚いた」
少なかくとも教室で自分のパーソナルスペースに誰かを入れているところを見たことがなかったから、彼女がそれを許したという事実に目を瞬く。
その全ての行動を把握している訳ではないから他のクラスの友人なんかにはそれを許しているのかもしれないけれど、ちゃんと話したことのない人間をその毒牙が届く位置に置く選択をするような人だったのなら、彼女の評価を改めないといけないのかもしれない。
「じゃ、お言葉に甘えて失礼しようかな」
階段へ向けていた足を彼女の方に戻し、すぐそこの美術室に向かって歩き出す。
こちらが動いたのを見て彼女も入り口に向かって歩き出し、すぐに扉まで辿り着いて、到着を待つかのようにこちらを向いた。
早くしろでとも言いたげで、しかし少しばかりの不安と緊張も混じった表情がこちらに向いている。やっぱり折ヶ谷さんはメガネがよく似合っているし、丸メガネなのも相まってとても可愛い。
チンタラと歩くのも無駄なので少しだけ歩を早め、折ヶ谷さんと共に美術室に足を踏み入れた。
着地点は考えましたが、展開は遅いのでいつになるやら。