ハリーポッターと灰色の貴族   作:ヨシフ書記長

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なんとかけました
次はハリーが魔法薬学を受ける場面かなぁ?


神の鎖を振り切ったものたち

アントワーヌ・ド・ポッターが消え去った後、大広間には一瞬の空白が訪れ、直後…!石造りの天井を突き破らんばかりの怒号と喧騒が沸き起こった。

 

「見たか!? 窓を……時間を巻き戻したぞ!」

「マグル学だと? あの人はグリンデルバルドの……」

「かっこいい……あのバイク、なんていう魔法なんだ?」

 

教職員席では、マクゴナガル先生が唇をこれ以上ないほど薄く結び、ダンブルドアに詰め寄っていた。その隣で、スネイプ教授は微動だにせず、アントワーヌが座っていた空席を、まるで呪い殺さんばかりの目で見つめている。その指先は、怒りと屈辱で白く震えていた。

 

「ハリー、行こう! 監督生についていかないと!」

 

ロンに腕を引かれ、ハリーは放心したように立ち上がった。グリフィンドールの監督生、パーシー・ウィーズリーは、いつになく興奮で顔を紅潮させながら、一年生を誘導していた。

 

「さあ、列を乱さないで! 階段は動くから気をつけて。……しかし、信じられない。アントワーヌ教授のあの懐中時計は、おそらく魔法省の法執行部でもお目にかかれない代物だ。ハリー、後で詳しく聞かせてくれないか? 規則上、私的な質問は控えるべきだが……いや、あれは例外だ!」

 

パーシーですら落ち着きを失うほどの衝撃。談話室へ向かう動く階段の踊り場で、ハリーはグリフィンドールのクィディッチ・チームのキャプテン、オリバー・ウッドに呼び止められた。

 

「おい、ポッター! 聞いたぞ、あのおじさんが君を育てたんだってな?」

 

ウッドの目は、箒のことしか考えていないいつもの情熱とは別の…戦慄に近い輝きを放っていた。

 

「あのバイクの加速、そしてコーナリングの滑らかさ……あれを箒に応用できたら、スリザリンなんて一捻りだ。明日、あのおじさんに……いや、教授に挨拶に行かなきゃならんな。マグル学の単位なんて興味なかったが…背に腹は代えられない!」

 

ようやく「太ったレディ」の肖像画を抜け、グリフィンドールの談話室に辿り着くと、そこはすでに蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。暖炉の火が赤々と燃える中、上級生も下級生も入り乱れて、新任の「不遜なる客員教授」の話題でもちきりだ。

 

「…ねえ、ハリー。本当のところ…どうなんだい!?」

 

ソファに座るなり、シェーマスやディーン、そしてネビルまでもがハリーを囲んだ。

 

「あのおじさん、家でもあんな感じなの? スネイプにあんな口を利くなんて、正気じゃないよ!」

「うん…。おじさんなんだ。少し…いや、かなり変わってるけどね」

 

ハリーはおじさんから教わった「余裕のある態度」を崩さないよう、努めて穏やかに答えた。

 

「変わってるどころじゃないわ!」

 

ハーマイオニーが、すでに厚い本を膝に乗せて口を挟んだ。

 

「あの懐中時計……あれはただの修復魔法じゃないわ。私、本で読んだだけだけど…あんな風に壊れた物を直すなんて事何処にも書いてないわ!しかも無言・無杖で実行するなんて……現代魔法学の常識を覆す行為よ。ハリー、あなたのおじ様は、本に載っている以上に……その、恐ろしい人なの?」

「おそろしく格好いいの間違いだろ?」

 

ジョージ・ウィーズリーがどこからか現れ、ハリーの肩を叩いた。

 

「最高だったよ、ハリー。スネイプの鼻先にブリトーの匂いを叩きつけるなんて! 僕たちが七年かかっても思いつかないような粋な演出だ!」

 

「まさに伝説だね」とフレッドが続く。「なあハリー、あのおじさんに頼んで、僕たちの商品開発の顧問になってくれないかな? 『黒の副官』監修の悪戯グッズなんて、売れすぎて魔法省が飛んでくるよ」

「ジョージ!だけど、ハリー…」

 

パーシーが監督生らしい厳格な顔を作って割って入ったが、その声は期待に震えていた。

 

「明日の一時間目は、我々五年生もマグル学を選択している。アントワーヌ教授が何を『再起動』させるつもりなのか、しっかり見届けさせてもらうよ。君も、ポッター家の名に恥じぬよう、しっかり予習しておくんだぞ。もっとも、あの方の授業に予習が通用するかは怪しいがね」

 

パーシーの言葉を聞いてハリーは、チラリと窓の外に広がる禁じられた森と、その先にそびえる塔を見つめた。冷静さを欠かさない為におじさんの助言通りそうした。

 

談話室の熱気の中で、ネビルが震える声でハリーに呟いた。

 

「ね、ねぇ…ハリー。お、おじさん、ぼ、僕たちのこと、じろじろ見てたよね? なんだか…自分の体重とか魔法の出力とか、全部数字で見られているみたいで怖かったよ……」

「大丈夫だよ、ネビル。おじさんは『興味のあるサンプル』には、とても親切なんだ」

 

ハリーのその言葉に…談話室は一瞬だけ、何とも言えない静寂に包まれた。

 

 


 

翌朝、大広間には焼き立てのトーストとベーコンの香ばしい匂いが立ち込めていた。しかし、教職員席の中央付近だけは、まるで重力が捻じ曲げられたかの様な、どんよりとした停滞感が漂っている。

 

今話題の客員教授…アントワーヌ・ド・ポッターは、以下にも不機嫌そのものといった様子で眉間に深い皺を刻んでいた。

その手元には、英国の『日刊予言者新聞』だけでなく、フランスの『日刊魔導日報(Le Quotidien Magique)』、さらにはドイツやアメリカの魔法界の新聞が山積みになっている。

 

彼はそれらを、獲物を仕留めるような鋭い目付きで速読しては、次々と脇へ放り投げていた。

 

「相変わらず、どこの国の記者も想像力が欠如している。インクの無駄遣いだね…これでは砂漠化が進む原因が分かるというものだ」

 

低く吐き捨てると、彼は手元にあるデミタスカップを引き寄せた。中身は、もはや飲み物というよりは「液状のコールタール」と呼ぶべき、粘り気すら感じさせる漆黒のエスプレッソだ。

彼はそれを、毒薬を煽るかのような冷徹な所作で喉へ流し込む。

 

そのアントワーヌの頭上では、異様な光景が繰り広げられていた。

朝の郵便を届けるフクロウたちが、彼の一角にだけ次々と舞い降りてくるのだ。

それも、学校のフクロウではない。見たこともないような大型のワシミミズクや、異国の紋章を着けた冷酷な目付きのフクロウたちが、ひっきりなしに彼のもとへ手紙を運んでくる。

 

「……ふん。連中、嗅ぎ付けるのだけは早いな」

 

アントワーヌは新聞から目を離さず、左手だけで虚空をなぞった。すると、魔法の万年筆が勝手に動き出し、羊皮紙に流麗な…しかし刺すような鋭い文字を書き連ねていく。

 

彼はフクロウが差し出した脚に、澱みのない手つきで返信を結びつけると、ポンと軽く叩いて追い返した。

降りては飛び立ち、飛び立ってはまた降りる。

 

その忙しない往復は、まるでアントワーヌがこの席にいながらにして、世界中の闇や権力とチェスを指しているかのようだった。

 

「ねえ、見てよ……。おじさんのところ、まるでフクロウの駅舎みたいだ」

 

ロンがベーコンを口に運ぶのも忘れて呆然と呟いた。

 

「あんなにたくさんの手紙、一体誰から来てるんだろう。魔法省? それとも……もっとヤバい奴らかな?」

「きっと、世界中の研究機関や、彼を監視している組織よ」

「多分、そうだと思うよ。あとはおじさんの会社関係じゃないかな」

 

ハーマイオニーが小声で言った。彼女の視線は、アントワーヌが放り投げたフランスの新聞に向けられている。

 

「見て、ハリー。あのおじ様が読んでいる新聞の片隅に、『失われた魔導具の再起動に成功か?』っていう見出しがあるわ。きっと、昨日の懐中時計のせいよ」

 

ハリーは、エスプレッソの苦い香りがこちらまで漂ってくるのを感じながら、一人で「戦場」にいるような叔父の背中を見つめた。

アントワーヌは、隣に座るダンブルドアが「今朝のパフェは一段と美味しいぞ」と話しかけても、聞こえていないかのように新聞のページをめくった。

 

「アルバス、静かにしてくれ。今、ベルリンの愚か者たちが私の特許(パテント)を盗もうとしている報告を読んでいるんだ。……全く、どいつもこいつも『自力で考える』ということを知らんらしい」

 

アントワーヌは新聞を叩きつけるように置くと、最後の一羽のフクロウを追い払い、ようやくハリーの方へ視線を向けた。

モノクルの奥の銀の瞳がハリーを捉えた瞬間、その険しい表情が、ほんのわずかだけ…氷が解けるように―緩んだ。

 

だが、その平穏を破るように、真っ赤な封筒の束を掴んだ数羽のフクロウが、けたたましい鳴き声を上げて急降下してきた。

 

「あ、あれは……『吠えメール』だ!」

 

ロンが悲鳴のような声を上げた。一つだけでも大音量の罵声で広間を震撼させるその封筒が、アントワーヌの周りには十数通も滞空し、今にもはじけ飛んで送り主の怒りをぶちまけようと震えている。さらに、不気味な紫色の煙を吐き出す呪いの手紙までもが混じっていた。

 

教職員席に緊張が走り、生徒たちが慌てて耳を塞ごうとしたその時。

アントワーヌは眉一つ動かさず…億劫そうに杖を一度だけ鋭く振った。

 

「……喧しい」

 

パチン、と空間が爆ぜるような音がした。

次の瞬間、開封されかかった吠えメールも、毒々しい呪いの手紙も、まるで時間が巻き戻ったかのように元の形へ凝縮された。手紙の束はひと塊のつむじ風に巻き込まれ、猛烈な勢いで大広間の出口へと逆噴射していった。

それはゴミを掃き出すような、あまりに事務的な処理だった。

 

「自分の言葉も、封筒に込めなければ届けられん臆病者たちだ。そのまま、本人たちの枕元で存分喚かせておけばいい」

 

アントワーヌは冷淡に言い捨てると、ハリーを見ると短く、しかし「遅れるなよ」と告げるように顎をしゃくってみせた。

 

「さあ、ハリー。行こう」

 

ハリーは飲みかけのオレンジジュースを置いた。

 

「どんな授業かなぁ…?」

()()おじさんの『マグル学』だからね。たぶん、のんびり座って話を聞くような授業にはならないよ」

 

ハリー、ロン、ハーマイオニーが「マグル学」の教室へ足を踏み入れた瞬間、そこにあるはずの「埃っぽいマグル製品の展示会」のような空気は微塵もなかった。キッチリと机と椅子が並べられ、清潔に保たれていた。

 

アントワーヌは教壇に寄りかかり、腕を組んで生徒たちが席に着くのを無言で眺めていた。全員が着席し、数人がおずおずと杖を取り出したその時、彼の冷徹な声が響いた。

 

「……杖を直したまえ。今日は使わん」

 

アントワーヌの声は、低く…しかし驚くほど教室の隅々まで染み渡った。生徒たちが戸惑いながら杖をカバンにしまうと、彼は教壇の縁に腰をかけ、組んだ脚をゆったりと揺らした。その姿は教師というよりは、これから処刑を宣告する裁判官のようでもあった。

 

「さて、ここに集まった諸君の中に、非魔法族(マグル)生まれはどれ程いる?」

 

数人の手が挙がる。ハーマイオニーの手は誰よりも高く、誇らしげだった。アントワーヌはその手を見つめ、それから残りの生徒たち―特にスリザリンの席で退屈そうに鼻を鳴らしている生徒たちを、モノクルの奥の冷淡な瞳で射抜いた。

 

「まず、諸君らに一つ…はっきりと宣言しておこう」

 

アントワーヌは懐から銀のシガレットケースを取り出し、カチリと音を立てて閉じた。取り出した煙草をシガレットパイプに挿すと、それに火をつけ煙を吹かしながらこう呟く。

 

「私は非魔法族を、決して差別はしない。ここに誓おう。なぜなら…差別とは『自分より劣るもの』に対して行う行為だからだ」

 

彼はわずかに身を乗り出し、声を一段と低くした。

 

「私が言いたいのは、君たちが『マグル』と呼んで馬鹿にしている存在は、君たちなどよりも、一世紀ほど先に進んでいるということだ」

 

教室内がざわついた。特に純血主義を重んじるスリザリンの生徒たちは、侮辱されたと言わんばかりに顔を真っ赤にしている。ドラコ・マルフォイが何か言いかけようとしたが、アントワーヌが放つ圧倒的な威圧感に喉を詰まらせた。

 

「杖を振れば火が出る、物が浮く、物が修復する。その程度の奇跡に胡坐をかき、君たちは思考を止めた。だが、彼らは違う。火を得るために摩擦を学び、物を浮かせるために空気の理を解き明かした」

 

アントワーヌは立ち上がり、黒板に大きく「1969」という数字を刻みつけた。

彼らは(マグル)既に月面にまで到達してしまっている。そのことは理解しているかな?」

 

沈黙が教室を支配した。

 

「つ、月…に?」

 

ロンが呆気にとられたように声を漏らした。

 

「あ、いや、あ、あの先生。月って、あの空に浮いてる月のこと? 冗談だろう? 箒だってそんなに高くは……」

「冗談だと? ウィーズリーくん、君のその貧困な想像力が、魔法界の現状をよく表している」

 

アントワーヌは冷たく鼻で笑った。

 

「彼らは魔法というショートカットを使わずに、計算機と数式と巨大な燃焼機関だけで、重力という名の神の鎖を振り切った。君たちがこの古臭い城で、羊皮紙に羽根ペンを走らせている間に、彼らは真空の宇宙を旅し、地球を外側から眺めたのだ。さて…これでもまだ彼らを『憐れむべき未開人』だと言い張る勇気のある者はいるかね?」

 

アントワーヌは再び教壇に戻り、今度はマグル生まれの生徒たちに視線を投げた。

 

非魔法族(マグル)生まれの諸君。君たちの故郷(マグル世界)が成し遂げたこの偉業を…この城の連中に正しく説明できる者はいるか? それとも、君たちもこの城の『古き良き停滞』に染まり、かつての誇りを忘れてしまったか?」

 

ハーマイオニーが、今にも席から立ち上がりそうなほど身を乗り出し、興奮で震える声で手を挙げた。ハリーは、隣で価値観を根底から揺さぶられているロンを見ながら、おじさんの「教育」が、この学校にどれほど劇的な毒薬…あるいは特効薬―になるかを確信していた。

 

「魔法というのは、実に甘美な毒だ」

 

アントワーヌは、まるで極上のワインに混じった汚物でも見るような目で、生徒たちが机の下に隠し持っている杖の辺りを一瞥した。

 

「それによって、この国の魔法族は思考を停止させてしまった。杖を一振りすれば望むものが手に入るという幻想が、君たちの脳を退化させたのだ。いいかね、君たちがこの城の壁の中で安穏と過ごし、無意味な純血論争に興じていた間、マグルたちは何をしていたと思う?」

 

彼は一歩、生徒たちの席へと近づいた。その威圧感に…最前列の生徒が椅子を引く。

 

「彼らは血を流して戦争を繰り返し、その惨禍の中から驚異的な技術革新を進めてきた。君たちが何も知ろうとせず…暗闇を恐れて杖を握りしめていた間に、彼らは月面を歩くだけでなく、火星や金星にまでその手を伸ばしてしまったのだ」

 

教室は、もはやざわつくことすら忘れたような、異様な沈静に包まれていた。アントワーヌの声だけが、冷たく、明晰に響き渡る。シガレットパイプの煙草の灰を、カツンと机の上に置かれたクリスタルの灰皿に落ちる。

 

「龍痘の流行による混乱のせいか。あるいは、かつてこの国を騒がせたあの『馬鹿げた集団(ヴォルデモートら)』のせいか。理由は知らんが、君たちは決定的な一世代を失い、外の世界の真実から目を逸らしてしまった」

 

アントワーヌが「名前を言ってはいけないあの人」の一派を「馬鹿げた集団」と吐き捨てた瞬間、数人の生徒が息を呑んだ。だが、彼は構わずに言葉を畳み掛ける。

 

「今、この瞬間も、諸君の見上げる夜空の向こう……宇宙空間には、マグルが作り上げた巨大な人工物が浮かび、この星の周りを回っている。その上で、マグルたちが生活し、実験を繰り返していることすら、君たちは知らんのだろうな」

 

彼は再び教壇へ戻り、銀のスキットルをゆっくりと取り出した。

 

「マグル学とは、古臭い電話機や奇妙な服を見て笑う時間ではない。彼らが神を恐れず、魔法を頼らず、自らの知性だけで到達した『現在地』を、恐怖と共に自覚してもらうための時間だ」

 

アントワーヌは琥珀色の液体を一口含み、喉を鳴らした。

 

「……さて。これを聞いてもなお、自分たちは選ばれた特別な存在だと思い込める幸福な人間はいるかな? もしいるなら、その者は今日、この場で私の授業を放棄して構わん。思考停止したまま死ぬのも、一つの生き方だとも…私は止めんよ」

 

ハリーは、隣で絶句しているロンを見た。ロンの顔からは、いつもの「マグルなんてよく分からない道具を使っている変な人たち」という余裕は消え失せ、代わりに得体の知れない巨大な存在に睨まれたような、純粋な恐怖が浮かんでいた。

 

一方で、ハーマイオニーは拳を握りしめ、アントワーヌの言葉を一文字も漏らさぬよう、その眼差しを食らいつかせていた。

 

沈黙を破ったのは、スリザリンの席からの、乾いた、しかし怒りに震える声だった。

 

「でっち上げだ!そんなもの、全部マグルの作り話に決まっている!」

 

ドラコ・マルフォイが、椅子を蹴立てるようにして立ち上がった。その顔は青ざめ、しかし瞳には、自分が信じてきた純血のプライドを汚されたことへの激しい拒絶が宿っていた。

 

「父上から聞いたことがある。マグルは自分たちが無能なのを隠すために、ありもしない嘘をついて虚勢を張るんだってね!つ、月に行くだなんて!…魔法だって無理なことを、あんな下品な猿たちが成し遂げられるはずがない!」

 

ドラコの言葉に、数人の純血主義の生徒たちが力なく頷いた。だが、アントワーヌは怒るどころか、気の毒な病人を見るような目でドラコを一瞥した。

 

「ふむ、そうか。ならば、君のその小さな頭で、これを『虚勢』だと笑えるか試してみるといい…」

 

アントワーヌが懐中時計の竜頭を二度、鋭く叩いた。

 

――ドォォォォォォォォォン!!

突如、教室全体が地震のような激しい振動に襲われた。悲鳴を上げて机にしがみつく生徒たちの目の前で、教室の壁が、天井が、まるで溶け落ちるように消失していく。

 

いや、消えたのではない。アントワーヌが魔導具によって投影した「映像」が、空間そのものを上書きしたのだ。

 

生徒たちは、巨大な鉄の塔――サターンVロケットの真下にいた。

鼓膜を震わせる轟音と共に、猛烈な炎が噴射される。白黒の粗い、しかし生々しい映像が、魔法の力で三次元の光景として再現され、ロケットが重力を引き裂いて空へ昇っていく様を映し出した。

 

「な、なんだこれは…火の魔法か!? それとも、ドラゴン!?」

 

ドラコが椅子から転げ落ち、頭を抱えて叫んだ。

 

「いいや、ただの水素と酸素の燃焼だ」

 

アントワーヌの淡々とした声が響く。映像は瞬時に切り替わった。

次は、1970年の大阪万博。太陽の塔がそびえ立ち、色とりどりのパビリオンの間を、見たこともないほど洗練された服を着たマグルの大群が歩いている。

そして、銀色の巨体を持つボーイング747――ジャンボジェットが、雲を割って悠然と空を舞う光景。

高層ビル群のあるニューヨークの下では、沢山の車が行き交ってる光景。

 

「これは……『浮遊呪文』もなしに、こんな鉄の塊が飛んでいるの?」

 

マクグラガンが呆然と呟いた。

 

そして、映像は最後に、静寂に包まれた「月面」へと辿り着いた。

漆黒の空。地平線の向こうに浮かぶ、青く輝く地球。その絶景を背景に、白い宇宙服を着た男が、スローモーションのようにふわふわと月の大地を踏みしめている。

 

一人の人間にとっては小さな一歩だが……(That’s one small step for a man,)

 

スピーカーもないはずの空間から、ザラついたマグルの音声が響く。

 

……人類にとっては、偉大な飛躍である(one giant leap for mankind.)

 

映像がふっと消え、教室に元の静寂が戻った。窓の外の穏やかなホグワーツの風景が、今はひどく退屈で狭い檻のように感じられた。

ドラコは立ち尽くしたまま、声も出せずにいた。彼のプライドを支えていた「マグルは無能だ」という根拠が、たった数分間の、しかし圧倒的な「現実」によって灰燼に帰したのだ。

 

「マルフォイくん。君の父上が何を言おうと、事実は事実だ。彼らは魔法を使わず、知性だけで神の領域を侵した」

 

アントワーヌはデスクに手をつき、生徒たち全員を見渡した。

 

「諸君、これが『現在』だ。これでもまだ、教科書の隅にある埃を被った呪文が、世界のすべてだと言い張るかね?私は教師として、君達に教える権利があるが…」

 

ハリーは、自分の震える手を見つめた。おじさんが見せたのは、魔法よりも遥かに巨大で、冷徹で…そして可能性に満ちたマグルの力だった。

 

「……世界とは広く、時に残酷なものだ」

 

投影された銀色の月面が消え、元の薄暗い石造りの教室に戻った後、アントワーヌはポツリと、しかし断定的にそう言った。

 

「我々よりも彼らの方が進んでいるのは、確かな事だ。認めようと認めまいとな。彼らは失敗を血で購い、不可能を数式でねじ伏せ、ついには神の領域である宇宙をその手に収めた。今に、彼らは生命の複製すらやってのけるだろう。さて…翻って、君たちはどうだ? 十九世紀から変わらぬローブに身を包み、自分たちの狭い庭に閉じこもり、外の世界がどれほど進化して加速しているかを知ろうともしない」

 

アントワーヌは、まだ立ち尽くしているドラコの方を一瞥もせず、教壇の上にあるデミタスカップを手に取った。冷めきったエスプレッソを、彼は苦さなど感じていないかのような無表情で飲み干す。

 

「今日の授業はここまでだ。各自…今見た『現実』が自分の魔法体系にどのような影響を与えるか、せいぜい悩み抜くがいい。魔法は万能ではない。ただのツールだ。そして、ツールに依存し、その背後にある理を理解しようとしない者は、やがてそのツールに殺されることになる」

 

彼はパチンと指を鳴らした。すると、教室の扉が独りでに、重々しく開いた。

 

「レポートは……また次にしようか。諸君らの今の顔を見る限り、紙に何かを書けるような状態ではなさそうだからな」

 

アントワーヌは不敵に…しかしどこか冷たく微笑んだ。

 

「次は、彼らの負の側面……すなわち、魔法よりも効率的に、効果的により多くの同胞を屠るために彼らが磨き上げた『死の工学』について教えよう。……では、以上だ。解散」

 

その声に弾かれたように、生徒たちは逃げるように教室を飛び出していった。ドラコは取り巻きのクラッブとゴイルに抱えられるようにして、魂を抜かれたような足取りで去っていく。ロンはハリーに「……後でね」と震える声で言い残し、ハーマイオニーは何かをノートに殴り書きしながら、憑かれたような表情で最後に出ていった。

 

誰も居なくなり…静まり返った教室で、アントワーヌは窓の外、ホグワーツの のどかな風景を見つめていた。ハリーが叔父の背中を見つめていると、アントワーヌは懐からあの懐中時計を取り出し、カチリと音を立てて閉じた。

 

「さあ、次は昼食だ、ハリー。あんな泥のようなイギリス料理をまた食べなければならないと思うと、今すぐ宇宙へ逃げ出したくなる。宇宙食の方が幾分かマシな部類になるだろうな」

 

ハリーは、おじさんのいつもの不機嫌な独り言に…少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。

 




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